第73話・盗賊の黒幕。
「そのまま真っ直ぐ歩け」
鈴鹿宿に入りしばらく行ったところで、三十郞は通りすがりの男に声を掛けられた。人夫に引かせた荷車には三百貫文の銭を積んでいる。三十郎は大和屋四日市店の番頭で人夫も店の者だ。
「そこに銭を置きな」
宿場を出たところで、中背の遊び人風の男が近寄ってきてそう言った。だがそういう訳にはいかぬ。
「銭は荷と小僧と引き替えだ」
「それはあっちだ」
男が顎をしゃくった路地の向こうに、荷車二台と末吉がいた。今にも泣きそうな末吉の首に刃物を当てた禿げ頭の大男がいやらしい笑いを見せている。
「小僧を離せ、引き替えでしか銭は渡さん」
「ちぇっ。おい小僧を離せ」
離された末吉がこちらに駆けてくる。
「銭を貰うぜ」と男が荷車の引き手に手を出そうとするが、人夫の吉蔵が拒否する。
「小僧を止めろ!」
すぐ傍の路地から小男が飛び出して末吉を捕まえた。
「約束を破るのか、小僧の命が無くなるぞ」
「約束は銭だけだ。荷車まで入っておらん。吉蔵、地面に銭を降ろせ」
「ちぇっ、ったく・・」
三百貫文の銭は、一人二人で運べるものでは無い。頭分の男は途端に嫌な顔をした。
「わかった。二百九十九貫文でいい。一貫文は荷車の代金だ」
「よかろう。だが末吉と引き替えだ。それまでは渡さん」
「聞いたろう、小僧を離せ」
離された末吉が吉蔵の腕の中に抱かれると、一緒に来た禿げ頭の大男が荷車引いて去ろうとする。
「これで取引成立だな。あばよ」
「待て!」
「何だ?」
「人夫らを襲ったのはお前達か?」
「俺らじゃねえ、俺らは小僧と銭を交換しろと頼まれただけだ」
「もう百貫文出そう、その賊と頼んだ者を教えぬか」
「・・ならばあとで関三軒町の白狐の正蔵を訪ねてきな」
やっぱり関か。だがこの正蔵という男、あっさりとおのれの居場所を明かすなんぞ、まだ悪人になりきっていないな。それに事の重大さを分っておらぬ。
「待て、白狐の正蔵」
「何だ、まだあんのかよ」
「今教えろ、今聞かぬと生きたお主にはもう会えぬ気がする」
「・・そういう案件か、これは」
「そうだ。教えておこう、人夫二人が死んで一人が大怪我だ。襲った奴らも二・三人は死んだかもしれぬ。このままで済むと思うか」
「・・・」
「兄貴、獲物の言う事なぞ聞かずに、とっとと戻りましょうぜ。客がお待ちだ」
末吉を止めた目つきの鋭い小男が正蔵を止める。
「待て、こいつらの言う事も一理ある。それに今度の依頼は最初から何かきな臭かったのだ」
「それを分っているのなら、我らに寝返ることだな。今なら命までは取らぬ、だが次に会うときには分らぬぞ」
「おめえら、ただの商人では無いな」
「いや、俺らはただの商人だ。だが裏に恐ろしい虎が付いている」
「・・虎か」
「ああ、ここいらの国人衆など何とも思っておらぬ血まみれの赤虎だ」
「血まみれの赤虎か、どこかで聞いたような・・」
「あ・兄貴、とっとと・・うへぇ!」
白狐を連れてゆこうとした小男の前に、複数の矢が刺さった。そして立ち塞がる男達。斥候隊が他に敵のいない事を確認して、男らを捕えに来たのだ。
「わ・分った。お前らに寝返る、何でも話す」
「そっちのお兄さんらはどうしなさる?」
大男も小男も、口がきけないかのように頭を前後に何度も振っている。
関城下の盗賊たちの隠れ家 賊の頭分の後藤九郎衛門
「どうした、正蔵はまだか」
「へえ、白狐の野郎、なに油売っていやがるんだか・・」
「まさかあ奴、銭を持ってとんづらしたのではないだろうな?」
「まさか、それほどの玉ではあるまいと思いやすが。それにしても後藤様、山口と安中が死にましたぜ、ご城代に何と申し上げるので?」
「それよ、まずいことになったな、二人共、札付きとは言え城の番士・歴とした家中の者だ」
「あっしも人足どもがあれほどの手練れとは思いやせんでした・」
「まさか父上に盗賊働きで怪我をしたとも言えぬしな。ふむ・・ひとつここは正蔵らに死んで貰うか」
「へっ、山口と安中は町のごろつきと喧嘩沙汰で命を落とした。なるほど、白狐らの分け前もいらぬし、口封じも完璧だ。我らにとって一石二鳥ってやつですね」
「ふっふっふ、我ながら良い考えが浮かんだわ」
「白狐ほどの破落戸ならば、他にもいやすしね」
そこへ荷車を引いた正蔵ら三人が家の前に止まった。
「戻ったか・・首尾はどうだったな?」
「上々でさあ、ほれ三百貫の銭だぜ」
「ふむ、たしかに」
菊蔵が銭を確かめて、後藤に頷いてみせると、後藤が抜き打ちで正蔵に切りつけた。
「何しやがんで!」
これを予測していた正蔵は危うく飛び下がって躱す。と同時に中から四人の侍がバラバラと出て来て正蔵らを囲んだ。
「なに、お礼に冥途に送ってやろうと言うのだ。観念しな」
侍らが一斉に抜刀して三人を囲みにじり寄る。
「それまでだ」
いつの間にか後藤の後ろに保豊が立っていた。
「なんだてめえは!」
「お前達が襲った大和屋の者だ。うちの人足を襲った落とし前をつけてもらう」
「人足の落とし前だと、ふざけているのか!」
保豊が手で合図すると、侍たちを矢が襲った。いずれも正確無比で一瞬のうちに四人の侍が射抜かれて倒れた。
「・・てめえら、何者だ!」
「お前達が襲った大和屋の者だと言っただろう。人足を襲えと誰に頼まれたな?」
「・・・」
「うぎゃあ!」
無造作に振った保豊の刀が菊蔵の頬を切り裂いた。その刃先を目の前に突き付けて更に聞く。
「もう一度聞くぞ、誰に頼まれたな?」
「い・伊勢屋だ。桑名の米問屋の伊勢屋が百貫文で大和屋を懲らしめてくれと・」
「その百貫文では足りずに欲をかいて小僧を浚ったか、誰の指図だ」
「そ・そこの九郎衛門様だ。お城の札付きの悪たれを集めてこういう仕事を請け負っている・・」
「九郎衛門の身分は?」
「ご城代のご次男だ、城内では文句を言える者がおらぬ」
「左様か、親の七光りの馬鹿息子か。後藤九郎衛門、この借りは高く付くぞ」
「な・何を、うぐぅぅ・・」
抗おうとした九郎衛門だが、刀の柄を腹に打ち込まれて悶絶した。
「止まれ、何用だ!」
関城大手門の守兵は、人を乗せた荷駄が真っ直ぐに突き進んで来るのを見て慌てて制止した。
「ご城代のご次男の九郎衛門様がにわかに苦しんでいなさるのだ。急いで手当てをしなければならぬのだ」
「何、九郎衛門様だと・・」
守兵が荷車に乗った人を確かめると、確かに目を閉じてぐったりとしているご城代の次男の後藤九郎衛門だった。
「よし、通れ。急いで手当て・うぐぅ・・」
守兵は最後まで言わぬうちに落とされた。すぐにどこからか湧いたように武装した兵士がわらわらと出て来て門内に駆け込んで行った。
彼らは法用砦から派遣されて、町中に潜んでいた佐藤勝造を兵長とする一隊だ。
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