第34話・龍王山城の陥落。
同日 竹之内峠 山中勇三郎
「大将の予想通り、龍王山城の兵は疎らです」
「やはりな・・」
俺は龍王山の北方一里ほどにある峠にいる。
俺の廻りは藤内と元斥候隊長の杉吉と新たに加わった保豊だけだ。山師が座り込んで一服している感じだ。少し離れた所に藤内率いる旗本衆十名がたむろしている。
実は俺・山中勇三郎は、南都に留まり築城の指揮をしていることになっている。実際にそこでは背格好や雰囲気の似た者が指揮を取っている。
いわゆる影武者だ。
近寄ると俺ではないと分るだろうが、敵の細作がそこまで近寄れるものではない。周囲には警護の者もいるからな。
これから山また山が続く大和南部を見据えて、姿を見せずに山間を移動する斥候隊を大幅に増やし新たに探索隊と名付けた。
それを杉吉と保豊が五十ずつ率いている。もっと増やしたいところだが、探索隊は特殊部隊だ。個人の適性が必要で誰にでも出来る訳では無い、訓練も必要で急に増やすことは無理だ。
保豊の姓は藤林と言い、黒蔵の呼びかけで当麻の里に越してきた者の一人だ。黒蔵は伊賀甲賀に勢力を持つ藤林の支流の一人だったのだ。五十人の中にはその一族の者が多く入っている。
山中・柳生・松永隊が町と街道を制する。それを十市は山城で黙って見ているか?
それは否だ。領地を手放す気が無いのなら戦って退けるだろう。
当然だ。だれでもそうするであろう。そうでないと領地は守れぬ。
では、どこに反撃するか?
それは一番大きな兵数の山中隊だ。まずは最大勢力を全力で潰す。
つまり、十市城の周辺に兵を隠して挟撃する。
それしか無い。
だが、興福寺・春日大社の回文に動揺した国人衆の集まりは少ない。様子見に傾いているのだ。既に百ほどの者は俺に内応の意を示して来ている。それ以外の者も十市方として参戦するのに躊躇いがあるだろう。
と言う事は十市に参集する兵が足りない。
どうするか?
ならば、出番の無い龍王山城の兵を回す。
俺はそうみた。そこで調練がてらに探索隊を連れて山に入ったのだ。
龍王山城の兵が少なければ攻撃する。或いは兵糧や建物を燃やしても良い。俺たちの動きは、十市遠勝がどれほどの策をたてたのかによる。城兵が多ければ何もしないかも知れない。
相手次第だから調練がてらだ。
「制圧出来そうなら、火を放たずに乗込め。乗っ取るのだ」
「承知」
両名がムササビのように駆けて行く。
「ならば我らも、城に近付こう」
藤内らと共に山間を獣の様に走る。
皆武芸で鍛えた男達だ。俺も短弓と脇差しを背負っただけの皆と同じ身軽な格好だ。俺がここにいることは秘密なのだ。俺や藤内は探索衆の一人になっている。
耳にゴーッと言う風切り音が響いている。
なんか子供の頃の忍者ごっこを思い出すな。
・・・・ちと楽しいぞ。
龍王山城 十市遠勝
「殿、十市城の合図ですぞ」
《ぽーーーー》という鏑矢の独特の低い音が確かに聞こえた。
この様な事の為に何度も試した進軍の合図の音だ。他に待機と後退の音がある。
十市城が弓矢による攻撃で敵の数を減らし、出撃する頃合いで出す合図だ。合図が出たと言うことは、十市城からみて勝てると思ったという事だ。
「攻撃せよ。結城隊を引き付けるのだ!」
「攻撃だ、弓を放て!」
ふっ、我らが練りに練った策が遂に始まったな。
大手木戸の前に陣取っている結城隊に、弓矢による攻撃が始まった。敵は楯や竹束で防御しているのであまり効果は薄い。だが、目的は結城隊を引き付ける事だ。彼らを山中隊討滅まで足止め出来れば良いのだ。
「天神山の部隊が行きますぞ」
南から土煙を上げながら伏兵四百が山中本隊に迫る。十市城からも突撃した部隊が大手前の敵軍を蹴散らしているようだ。
「わっはっは、三間の竹槍に敵も驚いたでしょうな・・」
「左様、長い方が勝ちよ。赤虎の竹槍隊も逃げるしかあるまいのう」
山中の竹槍隊は向かうところ敵無しと評判を取っている。木津郷では群がる敵を一気に突き崩して制圧したのだ。
だが要は、槍より長いだけ有利と言う事だ。ならば更に長い物を用意すれば良いだけだ。実に簡単な事だ。
「森屋城は落ちましたな、城兵が逃げて来ております・・」
「ちと早かったが、柳生勢を引き付けという役目は果たした。頃合いだろう・・」
「沢勢が見えて来ましたぞ。もう少しで天神山ですな」
「いよいよ山中勢も最後ですな」
「・・ん、柳生勢が西進していますな。沢勢を迎え撃つつもりだな・・」
「うむ、やはり森屋城が落ちるのが早かったか・・・」
「結城隊の攻撃が激しくなってきました」
「ふむ、こちらの意図を感づかれたか・・」
「いや、おそらくはこちらの人数が少ないのを見抜かれたか・・」
「どちらでも良い。総員で防御を固めるのだ」
「木戸を守れ、結城隊を通すな!」
上の郭で待機していた兵が降りてきて、木戸の防衛に付いた。
結城隊は楯や竹束を押したてて木戸に迫る。木戸の前には逆茂木を置いているが敵は五百だ。逆茂木ではそれ程の時は稼げまい・・・
木戸を越えられても次段の郭で防げるが、二百足らずの兵では次第に追い上げられるのは見えている。
十市城を攻めている山中隊が敗走すれば、十市城の兵がこちらに来る。さすれば結城隊も退却するだろう。それまでの辛抱だ。
「天神山勢が押されているようです。城兵も押し返されています!」
「うむ・む・むむむむむ・・」
何故だ?
何が起こっている?
敵に勝る長さの槍、前後からの挟撃、兵数でも勝っている筈だ。
勝てない道理はないのだ・・・
「山中勢が入城しているようです。十市城落城!!」
「何故だ!」
「殿、城に上がりましょう。ここはひとまず籠城です」
「うむ・・」
「大変です!! 旗が・・・山中の旗が・・」
「なんだ? どうした。はっきり言え!」
「山中の別働隊に龍王山城が占拠されています・・」
・・・・・・・・・・・どうしてだ。
一挙に体の力が抜けた。頭の中が真っ白で何も考えられない・・・
同時刻 森屋城 柳生宗厳
「南からの十市の援軍が山中隊に迫っています!」
「よし、我らで当たろう。急行せよ」
「はっ」
「古市殿はここを確保していてくれ」
「承知」
我らに負傷者は少ない。森屋城の兵が少なかったのだ。敵は兵を十市城周辺に集めて最大勢力の山中隊を潰そうとしたのだ。おそらくは龍王山城の兵もそうだ。
天神山城からの伏兵が動いた当初は、山中隊が押されていたようだがそれもすぐに収まった。そして今は押し返している。そこに新たな援兵を加えてはならぬ。
先頭の騎馬隊が敵の援軍に接近した。そして次々と歩兵が騎馬隊に追いついている。
我らにはまだまだ力が余っている。今日は殆ど戦らしい戦をしていないのだ。敵も動きを止めて、こちらに対して陣を組んでいる。
「敵は三百、沢隊です!」
うむ、やはり宇陀三将の一人沢甚右衛門か。式上郡に隣接して十市との関係が深い。秋山に押されて十市に助けて貰った事もあり援兵を断れなかったのだな。
「よし、陣が整い次第攻撃する。騎馬隊は隙を見て攪乱せよ」
「十市城落城!!」
十市城に白い山中の旗が上がった。挟撃を跳ね返して山中隊が城を落としたのだ。さすがだ。我らも負けられぬ。
「進軍!!」
「おお!」
ゆっくりと隊が前進する。兵たちはやる気満々だ。行けるぞ!
ん、敵があさっての方向を向いて、愕然としている。
なんだ?
「殿、龍王山城に山中の旗が上がっています」
「なんだと!!」
確かに龍王山の頂に白い山中の旗が上がっている。
進軍は停止した。兵が皆振り向いているのだ。
なんと、山中どのの別働隊が動いたのか・・・
「沢隊から使者が来ます」
沢隊が割れて騎乗の将がこちらに来る。
「某、沢甚右衛門で御座る。柳生殿にお目通り願いたい」
敵の大将が来たか。思っていたより若いな。良い面構えをしている。
「柳生宗厳で御座る」
「沢は十市に助けて貰った義理があったで援兵を出した。しかし十市城と龍王山城が落ちた今、沢は柳生殿に従いまする」
「承った」
なんと、戦わずして沢が降伏してきたのだ・・・
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