第33話・十市軍の策謀と実戦。
龍王山城 十市遠勝
「山中勢一千は十市城を、柳生勢五百が森屋城を攻撃して、結城勢五百はこの城の抑えに来るようで御座ります」
張り巡らした細作の手によって、敵の策は筒抜けだ。
「ここ龍王山城には抑えの隊を置くだけか?」
「はい、鉄壁の備えのこの城を避けて、先に平野と街道を抑えるつもりです」
「それは不味いな・・」
「左様、それをやられると補給が閉ざされます。山城だけで千余の者が生きては行けませぬ」
「それに間も無く田植えが始まりますぞ。いつまでも籠城している訳にはいきませぬ」
「どちらにせよ我らが生き残るには、戦って敵を退けるしかありませぬ」
田原・太田・新庄の重臣らが籠城策を捨てた。それも当然だ、戦わずして領地は守れぬ。
「援兵はどうだ?」
「沢から援軍を寄越すと言う返事が御座った。他の者からはまだ返事がありませぬ」
「越智はどうだ。同じ国民ではないか」
「越智はどうやら、春日社からの回文に尻込みしている様で御座る」
「春日社の国民は山中に従えと言う回文は、我らの配下の国人衆をも揺さぶっておりますぞ」
「それは聞いた。思ったより兵が集まらないとな」
「はい、五百は集る筈でしたが、まだ三百ほどで・・・」
「最早、来ぬ者はあてには出来ませぬ。今の人数で当たるべきで御座る」
「左様、今の人数でも充分に戦えますぞ」
「我らの今の人数は?」
「ここ龍王山城に五百、十市城に三百、森屋城に二百、集った兵が三百で御座ります」
「それに沢の援軍三百もおる」
「ふむ、一千三百と援軍三百か・・」
「ここはまずは最大勢力の山中を潰すべきです。南都を擁する山中を潰せば勢力は大きく変わります」
「新庄どのに賛同します」
「某も同意で御座る」
ふむ、敵の勢力を削ぐには、何と言っても最大勢力の山中隊を潰すことだ。
だが戦を重ねるにつれこちらの兵も減る。それで大勢力に当たるのは無理だ。つまり緒戦が勝負だ。
緒戦で山中隊を潰すために、持てる最大の力を投入するべきなのだ。
「では、ここの兵二百を夜陰に紛れて十市城に移して隠す。さらに百兵を集った兵三百と共に伏兵として、天神山に入れる。これでどうじゃ」
「・・なるほど、山中勢を隠兵と伏兵にて挟み撃ちですか」
「おそらく山中は十市城の大手・搦手に別れましょう。すると両隊を見通せる本隊は南に置きますな、そこを挟撃する。さすがに殿だ、思い切った策ですな」
「どちらにせよ防御の薄い森屋城は落ちます。ならば森屋城は柳生勢の足止めの人数だけを残して、十市城の西に潜ませて搦手口の山中隊を牽制させれば如何でしょう?」
「沢の援軍も十市城に向かわせましょう」
「よし、それで行こう。新庄は伏兵を率いて天神山へ。太田は十市城に移り指揮を取れ」
「はっ!」
「お任せを!」
これで策は決まった。十市城周辺に山中勢撃退の罠を張りめぐらす。山中勢が壊滅すれば、結城・柳生と取り囲んで潰せば良い。そしてそのまま南都へと兵を向ける。
ふっふっふ、早くその時が来ないか待ち遠しいぞ。
永禄三年三月五日 北村新介
「放て!!」
田中の指揮する弓隊が一斉に空に向かって矢を放つ。三百本の矢は高所から反転して十市城に吸い込まれて城兵の悲鳴が沸き起こる。門には無数の火矢が突き刺さり既に火に包まれている。
山中隊は西の十市城を攻めている。柳生隊五百は守屋城を攻め、結城隊五百は遊軍として龍王山城の牽制に動いている。
小城である森屋城はもう落城寸前の様子で、結城隊は山に向かって対陣したまま動かない。山中隊と結城隊との距離は一里、柳生隊はその中間点だ。
今回の十市城攻めの山中隊の総大将は某だ。一千もの軍を指揮するのは初めてだが、大手と搦手二つに分けて同時攻撃という無難な策をとっている。
十市城西の搦手門は、梅谷どのに山田川どのの木津勢二百に任せた。大手は山田市之丞が相楽・市坂ら三百を指揮して攻めている。本隊五百はその両方と周辺を見渡せる場所にいて、弓隊による攻撃を行なっている。
平野と言っても森や林・丘や河川があり全てを見渡せる訳では無いが、ここからは森屋城を攻めている柳生隊と龍王山城に対峙する結城隊も辛うじて見えている。
陣を敷いた直後は十市城からも矢が飛んできたが、こちらの多数の弓隊の前に沈黙した。今は門前の隊に対する攻撃で精一杯だろう。高櫓には無数の矢が刺さり、こちらを伺う敵の数も疎らだ。
自前で用意できる弓矢を持つ我らは戦で圧倒的に有利なのだ。荷駄隊が配置されていて、槍隊も素早く弓に持ち替えることが出来る。
「もうすぐ門が破れますな」
隣で見ている啓英坊が言う。思慮が深く冷静な彼は傍にいてくれると頼りになる。
「そうだな、門が燃え尽きると敵が出てくるかも知れんな」
「背後も気になりますな」
「うむ、どちらから来るか・・」
敵の軍容が十市城三百・森屋城二百・龍王山城は良く解らぬが約五百という報告を聞いて何処かに伏兵がいると諸将の意見は一致した。十市はもう三・五百程の兵を動員できる筈だ。
斥候隊の探索でまだ伏兵は見つかっていない。進軍して来た北は虱潰しに調べているので、いるとすれば南だ。今はそれに備えるほかに打つ手は無いのだ。
「南から軍が来ます。その数約三百!」
「・・そうか、どのくらいでここに来るな?」
「報告があったのは一里ほど南です。到着まで約半刻!」
おそらく十市への周辺の国人衆の援軍だろう。十市があちこちに援軍要請をしていたことは知っている。十市が落ちれば次はおのれだという危機感があるのは解る。
我らとすれば、その勢力が纏る前に潰しておきたいのだ。
「門が燃え落ちます!」
門が燃え落ちて双方の兵の動きが束の間止まった。
「ぽーー、ぽーーー、ぽーーーー」
城から鏑矢が放たれた。東に西に、それに我らの頭上を飛び越えて南にも放たれた。東は龍王山城への知らせだろうし、西と南は伏兵への合図だろう。
「攻撃態勢を取れ! 半数は背後に備えよ」
焼け落ちた門から城兵が押し出してきた。二百・三百・・・多いな・・・弓による被害は、百名以上は出ているはずだ。それなのに三百の兵か・・
「南方から敵らしき隊が、こちらに向かってきます」
土煙を上げて迫ってくる敵の数は分らない。二百以上はいることは確かだろう。
天神山か・・・、やはりそちらか・・・
五百ほど少なかった敵兵は、十市城二百と天神山に伏兵三百か・・やはり我ら山中隊を狙い撃ちにして来たか。
だがそれでも同数だ、圧倒する弓矢の数と某が鍛え上げた兵なら負けはしない。
うぬ・・城から突撃してきた城兵に山田隊が崩されて後退している・・・
何だ? どうした・・・
・・・竹槍だ!
城兵は竹槍を使っている。それも我らより長い竹槍だ。
長い竹槍に山田隊は一方的に押されて後退。その隙を突いて、城兵の一部がこちらに向かって来た。
・・背後!
背後の伏兵の足が思ったより速い。重い防具を着けずに迅速を第一としたのだろう。もう顔が判別出来る距離まで来ている。
持っているのは・・・竹槍だ。城兵と同じ長い竹槍・・
それを知った兵が響めいている。
しかしまだ弓矢の距離だ、なんて事は無い。
「放て!!!」
一斉に放たれた矢に、突撃して来た先頭がバタバタと倒れる。二射・三射も同じ、しかしもうすぐ接近戦だ。
「弓を置いて、竹槍を持て!」
隊長の合図で竹槍に持ち替える。
「啓英坊、清興、後方の敵を頼む」
「承知!」
二人が三百を率いて後方に出る。
田中は前衛百で向かってくる城兵に対している。搦手も背後から伏兵が現われたようだが数は少ない。城兵の出撃は無いようだし、今の隊二百だけで問題は無いだろう。
彼方の結城隊も龍王山の城兵から攻撃を受けているようだ。
柳生は森屋城を落としたようだ。勝ち鬨の歓声が聞こえる。
城兵に押されて、山田隊はかなり後退してきた。もうすぐ本隊と合流だな。
・・長い槍か・・・
・・南からの敵の援軍ももうすぐ来るな。まずいか・・・
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
ん・・後ろの隊が押しているぞ。伏兵を打ち倒して押している・・
「大隊長、斜めです。斜めに叩き落とす!!」
清興の大声が聞こえる。斜めだと?
・・そうか。
「竹槍隊、前へ。敵の竹槍を上から斜めに叩き落とせ!」
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
前に出た百の竹槍隊が敵を割りこんだ。敵の攻撃は突いてくるのみだ。長い竹槍では重くて上から叩けないのだ。
それによく見れば動きもバラバラで付けいる隙だらけだ。ろくに調練をしていないのだ。
叩き落とした竹槍を踏みつけて前に出れば、敵は竹槍を手放さざるを得ない。軽くするために竹槍しか持っていない敵は、無手となって為す術も無く突き倒されている。
最早、一方的な戦いだ。勝利が見えた。
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