第31話・築城は真っ最中。


永禄三年二月某日 山中砦 黒蔵


 大将が凱旋された。

木津郷を制圧して松永と共に南都に侵攻して、敵味方の眼前で宝蔵院との大試合を行なった。

その結果によって南都を味方に付けた、その直前には木津城を譲渡されているのだ。いやはや、大将には驚かされる事ばかりだ。


 出陣時には四千八百石ほどの領地が、木津六家の一万四千石を加えて、寺社の荘園など四千石を押収した。さらに松永から南都北部三万石を褒美として与えられた。

 この遠征で一挙に五万石を越える大名になったのだ。兵力は千を越えて二千に近付いた筈だ。信じられない大躍進だ。しかも格式が高く扱いが難儀な興福寺と連携したのだ。


こんな結末を誰が予想しえただろうか・・・



「黒蔵、お主の村造りは進んでおるか」

「へえ、一族親類は元より知己の者で来たいと言う者が驚くほど多く、ちっと難儀しておりやす・・」


「皆でどの程度の人数だ?」

「一族十家に知己の家が同程度、総勢で二百にもなろうかと」


「構わぬ。全て連れて来い。他にも信頼出来る者、腕が立つ者がいれば呼べ。二百が二千でも構わぬ」

「二千と・・へぇ・・・・」


 もう断れないな。あの秘密を共用したからには儂と大将は一蓮托生だ。


「お主らの働きで色々と助かったぞ。銭は足りたか?」

「へえ、ご家老様にたっぷりと頂いていやす」


「ならば良い。次は根来・雑賀に人を送ってくれ」

「紀州の根来と雑賀ですかい・・・・」


「そうだ。味方に付けたい、これは時間が掛かっても良い、じっくりと取り組んで欲しい。興福寺の僧にも頼むつもりだ。もし叶わぬのならば、火縄作りの職人だけでも掻っ攫いたい」

「火縄作りの職人・・承知しやした」


 ふむ、大将は雑賀・根来衆の火縄を大いに気にしているのか・・


次は近隣の大大名を探るという儂の想像とは違ったか。浅井・六角・北畠・畠山と有力な勢力が近くにいる。斉藤・織田も遠くない。当然それらの大名を気にすると思っておったが違ったか・・・



 興福寺と連携したからには、その荘園を横領した国人衆などいつでも討てる口実が出来た訳だ。


しかし調略に興福寺を動かすか・・・




永禄三年二月十五日 龍王山城 十市遠勝


 松永勢が南都を制圧してからひと月余り、その間新たな軍事行動は見えなかった。松永得意の果敢で迅速な行動で此方にも侵攻してくるかと固めていた守備も一旦解いた。


 松永隊は筒井城に引き上げて、南都では山中が築城中で多くの兵が働いているらしい。興福寺は武装を解いて山中隊がその守りを担うと言う。

まさかあの傲慢で尊大な興福寺が新興の山中と組むとはとても信じられぬ。虚言・流言の類いだろうと調べさせた。


 だが、手の者の報告では真実らしい。山中から大量の米や銭が寄進され興福寺の僧兵は解き放たれて、その多くは山中隊に吸収されたと。

奈良の町は戦乱の恐れが無くなったことと築城の活気が重なり、僅かの間に急速に発展している雰囲気があると言う。

築城の物資や大勢の人夫に必要なものを運ぶ大和街道や京街道は、人や荷駄の流れが急激に増えて、我が城下も多くのものが通過するようになった。



「殿、油断は禁物ですぞ。松永は必ず攻め込んで来ますぞ」

 宿老の田原が渋柿を食ったような顔で言う。まったくこの男の笑顔を見た事が無い。家のものは大変だろうな・・


「分っておるわ。その為の備えは出来ておろう」

「無論です。この龍王山城の備えは万端、万の兵を持ってしても易々とは落とせませぬ」


「うむ。十市城と森矢城はどうだ?」

「両城は平城なれば防御は弱く、そう長くは持ちますまい。まずは一戦して敵の数を減らす。それで充分で御座ろう」


「そうだな、どれだけ敵の数を減らせるかで今後の情勢が変わるな・・」

「左様。既にその策は何重にも練っております。あとは敵の動きを見て、その虚を突く」


「ふふ、どうなるか楽しみよのう。・・ところで山中とはどう言う男だ?」


「山中は旅の武芸者で、柳生で修業していたと聞きます。清水や北村の危機を救い配下にしたと聞いておりまする。須川の豪槍左近を一撃で倒した凄まじい手並みは、血まみれの赤虎と恐れられています」


「旅の武芸者の赤虎か、出会いたくない男だな。・・・それで柳生に繋がるのか・・」


 このところ派手に動いているのは、松永と山中と柳生だ。柳生の庄に籠って動かなかった柳生が、軍を発して平野に出てきたのは山中と通じるものがあるという事だな・・

 しかし東里の小村から短い間に笠置・賀茂郷に木津郷、さらに南都まで勢力を伸ばして来るとはな。赤虎でなくとも恐るべき男だ。


「念のためだ。沢や芳野・秋山に誼を通じておけ。奴らも解っておろうが、ここが落ちると次に攻められるのはそちらだと言え。越智・楢原にもだ」

「かしこまってござる」


「ところで殿、春日大社が滞納している年貢を納めよと言って来ております。納めぬなら領地を召し上げると」

 勘定方の柳本が不安そうな顔で言う。柳本は小心者で知られているが算用にかけては家中一なのだ。


「放っておけ。それは山中が言わせているのだ」

「しかし殿、国人衆の中には動揺している者もおりますぞ。我らは春日大社の国人であり、大社の言う事には逆らえぬと・・」


「今更何を言う。これまで散々好き勝手して来たくせに・・・」




永禄三年二月末日 多聞城 山中勇三郎


あれよあれよという間に城の石垣が出来上がった。思ったよりかなり早い。石切り場がすぐ近くで割り易い石材だったのも幸いしたし、人夫を組分けして競争にしたのも大きい。


兵士を百の十組に分け、梅谷・小坂・相楽・山田川・小寺の木津勢に清興・切山・啓英坊に元興福寺の僧兵らを任せ、田中と山田も新兵の調練を兼ねてそれに参加。それらが毎日競い合って石を運び積んだのだ。


 上位三組に銭を渡して、一位の者には酒を一杯つけた。

「ご苦労でありましたな。明日も頼みまする」

と酒を酌んだ竹製の盃を渡すのは俺の妻となった百合葉だ。


「姫の酒を貰うのは我らだ!!」

と木津勢が沸き上がり、それが皆に伝染したのだ。まあ、どうせならば賑やかな方がいいと言うノリだろう。


 百合葉との婚姻の儀は敢えて春日大社で執り行った。

俺と興福寺・春日大社との関係を周囲にアピールするためだ。その後五百ほどの兵を引き連れて、法用・木津へと凱旋と婚姻パレードを行なった。

みんなにとても喜んで貰えたぞ。道中で膨らみかけた桜花の蕾が俺たちを祝福してくれているかのようだった。



とにかくこの時代の武力を持った寺社は厄介なのだ。この先俺と関わるところだけでも、多武峰(とうのみね)、大峯山、高野山など強力な所が多い。松永でいえば多武峰を攻めて負けた史実もあるし、敵となって戦った紀州の根来寺や本願寺門徒の雑賀衆なども強烈な兵力を持っている。

他国では、近江の比叡山や大阪や越前加賀の本願寺を筆頭に無数の勢力がある。


 そのような寺社間の関係は複雑で、同じ藤原氏を祀る多武峰と興福寺は犬猿の仲だし、真言宗どうしの高野山と根来寺もそうだ。

一向宗の本願寺と京の法華宗も長年相争っている。どちらかを味方につければ他方は敵となる。

 厄介で難儀だが強力な力を持っているので避けて通ることが出来ない。


 ということで、史実と同じく多武峰は敵に決定。筒井やこれから争う十市も負ければ多武峰に逃げ込んで一緒になって抵抗するのは見えている。なので今の内から徐々に力を削ぐ事にする。


 大峯山へは法用村の山伏を通して寄進をした。

根来寺は誼を通じたいと興福寺の宗全さんに頼んだ。その実は米と銭の寄進だ。一万もの僧兵と数千丁の火縄で武装する根来衆とは出来れば争いたくない。


高野山は放って置けば良い、町から隔絶された山に無理に入る事も無いのだ。


 義弟となった木津寿三郎は、城主は嫌で商人になるというだけあって商売が上手い。

俺の領地の商業を一任すると木津宿と奈良・古市・法用・笠置と商の流れが急激に増えた。

人が動き物が流れると税が増える。商業の座というものの殆どを興福寺から引き継いだせいもあるが、お蔭で銭に不自由することは無くなりそうだ。


 法用の山中砦は、弓矢や武具の生産拠点になりそうだ。鍛冶の人数も増えつつあるので早急に火縄銃も生産したい。松永どのに堺から火縄作りの鍛冶師を引き抜けないか頼んでいるところだ。

 駄目なら強引に浚ってくることも考えて、黒蔵には根来や雑賀の事情を探って貰っている。

 だが出来れば穏便に事を進めたい。無理に浚ってくれば敵となるのが確定するからな。堺・雑賀・根来とは敵対したくないのだ。



 多聞城は今、出来上がった石垣の上に別の場所で刻んでいた木材を組上げている。白い木肌が無数に組み上がり輝いている。


四隅に三層の櫓を作りその間を頑丈な壁の建物で囲む。これが多聞櫓と言われるかどうかは分らないが白い漆喰の壁が石垣の上に鮮やかに出来上がるだろう。

 建物はすべて共通の作りだ。刻みも組立も仕上げも早いことこの上もない。天守は作らず、奈良町側の二つの櫓を城主の居場所とする。


城でよく見かける虎口は作らずに内部に大きな馬出を設けて二重門で防備する。その二重門の上も土塀と建物が連続するのだ

門の上にも建物がある。城好きだった俺も見たことがない、かなり変わった形の城だ。

実はこの城の構造には秘密がある。構造というより使い方にだが、それは敵が城の中まで攻め入ってくれば明らかになるだろう。


まさに必殺の構造だ。


ふへっへっへっへ


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