第26話・木津の巴御前。


木津城目前で軍を止め様子を伺っていた。城方が籠城するなら城を無視して、周辺の制圧を進めるつもりだったのだ。



 そこへ、城門が大きく開き一騎が出て来た。


ただ一騎だ。


 使者か? 


いや、その者は小脇に薙刀をかいこんでいる。胸当てに鉢金を着け長い髪が後ろで束ねて揺れている。


 女だ。


 どう言う事だ・・・・意味が分らない・・


 女武者は真っ直ぐこちらに向かってくる。左右の味方の両隊はそれを阻止しない。黙って見ている。

 見上げれば城の城門前には大勢の兵が出て来ていたが、様子を伺っている雰囲気で攻撃に移る気はないようだ。


「木津重右衛門が一子・百合葉。奥山から出て来た山中勇三郎に馳走致す。いざ、尋常に勝負!!!」


 なんだ・・・、俺と勝負しに来た???


 なんで・・・・


 その口上を聞いた竹槍隊が左右に分かれ、場所を開けた。女武者と俺を遮るものが無くなった。


「やはり出ましたな・・」

「大将・木津の巴御前のお出迎えですぞ」


「・・巴御前?」


「おや、大将は木津の巴御前をご存じありませんでしたか?」


「知らない。儂は何も聞いておらぬぞ・・・・」


「そうでしたな。大将は奥駿河から来られたのだ」


「城主・木津重右衛門の長子・百合葉姫は、商人肌の木津家の中では稀に見る武芸の才があって、薙刀を持てば城中で敵う者無し、木津の巴御前と呼ばれています」


「自分より腕が立つ男でないと嫁に行かぬと言い張り、器量は良いのに婚期を大分過ぎてしまわれた・・」


 ・・・そうか。じゃじゃ馬姫という奴か・・それを俺が相手をするのか。面倒くさいな・・・


「ならば清興、巴御前の相手をせよ」


「某の出る幕では御座らぬ・・」


 ん・・、こんな時に真っ先にしゃしゃり出たがる清興が控えめだな・・・


「では、藤内はどうだ?」


「巴御前は大将をお望みです。諦めてお相手をなされ」


 藤内もか、ではと新介を見るが顔を振っている。


 仕方がないか・・・

 俺は一歩前に出た。


「大将、尻を叩いて追い返しなされ」

「左様、姫武者は兵に好かれております。もし怪我でもさせれば、木津領の兵は全て死兵となって抗いましょう」


「!!」

ってなんだよ、それ・・・面倒くさい事を次々に・・・・もう・・


「・・竹槍を持て」


 兵が差し出した竹槍を一間の長さに切った。相手を傷付けない為である。それに穂先の少し重い十文字槍では、刃速の速い薙刀に有効ではない。


 進むとさらに兵が動いて大きく場所を空けて丸く取り囲み、一騎打ちの見学態勢が出来上がった。


 武者姫の歳は二十半ばに見えた。

たしかに十代半ばで嫁するこの時代としては婚期が遅れているか。細身の体はこの時代の女としては大きい方だろう、スッと延びた鼻筋が凜々しく開いた目に力がある。なかなかに気が強そうな女だ。



「参る!」


 女武者は下段に構えてすり寄ってくると、反転して切り上げてきた。

俺が体を開いて躱すとすかさず下段に切り込んでくる。それを竹槍で受けてそのまま一回転させて反撃しようとすると、もう後退して間合いを外している。


速いな・・なるほど、清興では負けるかも知れぬ・・


「えぃ!、やぁ!」

と高い掛け声と共にあらゆる方向から薙刀が襲ってくる。


俺はそれを全て受けた。

体さばきだけでは躱しきれない。それに速さに慣れると振ってくる攻撃は大して怖くない。やはり怖いのは突きだ。それも顔面を突いてくる突きには本能的に恐怖がある。


「やぁ!」

と薙刀が真っ直ぐに喉元に向かって来た。

一歩踏み込んでの渾身の突きだ。


 だが俺はそれを待っていた。


薙刀の柄に竹槍を掛けるとそのまま踏み込んだ。

通常は踏み込んで敵の喉元を突くのだが、それだと尖っていない竹槍でも最悪相手は死ぬ。死ななくても喉が潰れて喋られなくなる可能性がある。

 俺は咄嗟に槍を外して横にすると、踏み込んだ勢いのまま体ごとぶつかった。




 体の下に女武者がいた。


目の前に上気した顔があった。顔が近い・・


ぶつかった勢いで後倒しになる時に咄嗟に右腕を出して、女武者の頭を守ったせいだ。

 女武者は万歳した格好で倒れているが、右手の薙刀は離していない。俺は反撃を抑えるためにその手首を左手で押えている。


 つまりしっかりと抱き合った格好だ。しかもそのまま身動きが出来ない。


「どうだ女武者、降参するか?」


「・・妾の負けです。女武者では無くて、百合葉と呼んで下され」

 その息が顔に掛かる程近い。


女武者の上気した顔がさらに紅くなった。


「うむ、ならば手を離すが暴れるなよ・・」

「はい、勇三郎様」


 うん、俺の名前を知っているのか。そう言えばさっき口上をした時にもそう言ったな。俺は、あ奴とか山中某と言われるが名前など殆ど知られていないのにな・・


「おおおおおぉぉぉぉぉーーーー」

と俺が立ち上がると、大歓声が起きた。


 勝った。でも、なんか面映ゆい・・・


「山中どの、百合葉を打ち倒した初めてのおのこですぞ。これからも末永うお願い致しますぞ」


 って、おっさん、あんた誰?


 しかし、城の城門開けっ放しで、城兵が出て来て輪を作って並んで見ているし・・


 みんな、武器も持たずに見ていたのね・・・今、戦の途中なんだけど・・・・・・


「大将、実にお見事でした。しかし皆の面前でうら若き女性を押し倒したのです。これは責任を取らなければなりませぬな」


 って、十蔵・嬉しそうに何言ってんの????



「わっはっはっは、大将。木津重右衛門どのは、百合葉様を打ち破った者は婿として木津城を継がすと公言なされているのです。大将は城攻めすること無く木津城を取ったのですぞ」


 甚五郎が凄く愉快そうだ。


 俺が婿・・女武者の・・百合葉姫か・・結構可愛かったけど・・それに良い匂い・・



 でもね、



戦国って、どうなってんだよ、意味解らねえ・・・


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る