第25話・木津郷に侵攻。
永禄三年一月十八日 筒井城 松永久秀
「おお、柳生が筒井の籠もる山城を奪ったか・・」
柳生から届いた報告は、椿尾城背後の田原郷を山中の援軍を受けて落とすと山城にいる筒井は消え失せたとある。
北を攻めている山中より、鹿背山に砦を築いて木津を攻略中という報告はあった。これで南都の南北を抑えることが出来る。
頃合いだな。
「三日後に南都に進出する。準備をせよ!!」
「ははぁ」
それにしても奴らの動きは早いな。ここに年賀の挨拶に来てから僅か十数日だぞ。二十日とは経っていない。それで柳生は三倍、山中に至っては十倍の兵力になったのだ。
真に頼もしき奴らだ。このまま大和の制圧は二人に任せて、儂は河内と堺・紀州に向かっても良いくらいだ・・・
いや、まだ興福寺がある。興福寺を落とさぬとどうにもならぬ。考えるのはその後だ。
一月二十一日午後 鹿背山砦麓 山中勇三郎
ゆっくりと山中砦を出陣した俺は賀茂郷を経由して鹿背山砦に来た。兵数は二百、鹿背山に居た一隊二十も合わしての数だ。木津城を眺める鹿背山中腹に陣を敷くと山中の旗を立て並べ、山伏に法螺貝を吹かせた。
本拠の山中砦に三十の兵と民兵五十を置いている。明日になれば松永勢が出陣してきて大和街道一帯は避難する人々で混雑する筈だ。その治安を新介の親父殿に託してきた。
「木津城は出入りが慌ただしいです」
斥候隊の一報だ。普段は姿を見せない斥候隊は、今回は山に隠れるので無く町に隠れている。それというのも今回は黒蔵の山中忍びは別任務についていていないためだ。斥候隊の頭・杉吉も町に隠れるなど面白いとけっこう乗り気だった。
俺が木津に出陣することは、二日前から流している。今日もことさら人目に付くように山中の旗を立ててゆっくりと進軍して来たのだ。
なのに、今さら慌ただしい出入りって何? 準備が出来ていなかったのか?
有市六郎のように、手元の軍勢を率いて挑んでみたらどうよ・・・・
「予想以上に反応が鈍いな。山間の小領主の山中など眼中に無かったのか?」
「そうでも御座りますまい。おそらくは当主まで情報が伝わっていなかったのでは・・」
十蔵が疑問を投げ掛けると甚五郎が憶測を言う。良いコンビだ。
二人には狭川の統治を中断して木津攻めに来て貰った。木津は京に繋がる重要な土地だ。公方のお傍衆や公家の領地も点在している。ここを攻めるには、この時代の常識を弁える者が絶対に必要だ。
「申し上げます。梅谷柵之丞どの兵五十を連れて参陣」
「山田川正光どの、兵四十五で参陣」
「相楽利右衛門どの、兵百で参陣されました」
調略の成果と言うかなんというか、木津六家のうちの三家が俺に付いた。これで木津郷に侵攻する目処がたったのだ。
少し前の事だ。
築城中の鹿背山砦に、男が見学に来た。話している内に、何故か清興らと馬が合ったようだ。
次の日には酒肴を持って来て、一緒に飲んだ。清興は、山中領の事を聞かれるままに話したという。特に狭川との戦いを詳しく聞かれたようだ。
次の日には、更に二人を連れて上がってきて宴をしたらしい。最初の男は、麓の村を領する梅谷で、連れてきたのは相楽と山田川だった。
彼らは木津郷筆頭の木津氏と特に不仲という事では無いが、日和見感の強い木津氏では、将来にかなりの不安を感じていたらしい。かといって悪評のある松永に付くのも躊躇われて、山中に付く決心をしたと言う。
三氏を合わせれば俺の勢力に匹敵するのに、良く臣従を選んだものだな。
進軍して来た梅谷・山田川・相楽隊が鹿背山を背にして麓に陣を張り、俺に挨拶に来た。みな屈託のない実直な男にみえた。
「これで兵数では互角になりましたな」
「だが勢いは我らが圧倒している」
「打って出ますかな?」
「どうであろうか、まあ城を燃やす事はあるまいな」
「左様ですな」
梅谷・山田川・相楽三氏と俺を合わせた兵力は敵勢力と拮抗している。とにかく人口の多い平野に入れば国人衆の所帯は急激に大きくなるのだ。城主の木津氏だけでも五千石もあり百五十の兵がある。
だが戦は強くないらしい。武器を持つより算盤を持つのが合っていると聞いている。
ん、城を燃やすとは・・・
「どう言う事だ?」
「ああ、木津氏は大勢力の侵略を受けると自分で城を燃やして逃げ散るという伝統があるのです。自焼城主と陰で囁かれているほど有名で・・」
「えっ・・」
「誰も燃えた城などに入りたくも無いですからな。敵は素通りするという訳です。ほとぼりが冷めた頃に出て来て、又城を建てる・・」
「・・・なるほど」
そういう手があるのか。たしかに俺もこの城など欲しくは無いが・・
自分の城を燃やすのが伝統って・・・・・・・・
短い冬の日が暮れようとしている。木津城を越してきた紅い夕日が鹿背山に差している。
「皆小さく纏って夜襲に備えろ。勝負は明日だ」
明日、松永出陣の報告が入れば立場は逆転する。敵が揺らいだところを一気に突く。そして周辺の統治が曖昧な所は全部潰す。それが今回の戦だ。
その夜は美しい月が一晩中・戦に備える兵達を照らしていた。俺はいつの時代も変わらぬそれを見上げながら明日は血に染まる我が身を想っていた。
明けて一月二十二日
木津の平野に霞が立ち昇っている。今朝は冷えた。放射冷却ってやつだ。木津川から盛んに立ち昇る水蒸気が煙のように、川が燃えているようにも見える。
敵の夜襲は無かった。
たっぷりと運んで来た藁で兵も熟睡しただろう。朝餉の支度に動く兵もきびきびしている。
「申し上げます。松永勢、南都に向かって北上中です。その数三千!」
「よし!」
予定通り松永が動いた。俺たちは木津郷を制圧する。だが城攻めなど面倒なことはしない。打って出て来ぬのなら、周囲を制圧して丸裸にしてくれるわ。
それとも燃やすか・・・
「敵陣に動きあり、前方に陣を敷いています」
「市坂隊に小寺隊が加わっています。総勢百二十」
敵の一隊が出て来た。我らの動きを抑えるつもりだ。
「新介、竹槍隊であれを一気に突き崩せ」
「お任せを」
竹槍隊百を縦列にして進軍して、敵前で槍衾を作って突っ込む。今度の槍衾は、人数にものを言わせて側面からの攻撃にも対応している。多数の敵を突き崩すために工夫した構えだ。
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
冴えた冬の朝に我が隊の掛け声が突き抜けると、瞬く間に敵陣に穴が開き、打たれ突き倒された敵が無数転がる。
「第二陣進撃!」
左・山田川隊と梅谷隊、右相楽隊が動く。少し間を置いて本隊も続く。それを見た突き崩された敵の残りは、闘う事無く後退した。
竹槍隊は左右二つに割れて迂回して本隊の両脇に戻って来る。
見事な動きだ。
平野での攻防に備えた二間半竹槍と防具が目立つ山中隊の精鋭・青の軍団だ。
「止まれ!!」
進軍を止めた。木津城はもう目前だ。
矢の射程外で軍を止めて様子を伺う。門前に逃げた市坂隊と小寺隊の残りは四十ほどだ。城内の木津軍は百五十ほどか。
はたして、自焼城主はどうでるかな・・・ここに城なんて要らないし、燃やしても構わないぞ。
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