第21話・狭川本隊との決戦。
永禄三年 一月十四日 狭川城下 山中勇三郎
正面の下狭川勢がほぼ壊滅したとき、新たな衝撃が来た。狭川城の本隊が下狭川勢に合流してきたのだ。
「竹槍隊を交代させよ!」
疲労した前線の竹槍隊と後ろの隊が素早く交代した。敵を付けいらせることなく交代する。調練を何度もした成果だ。
しかしなんと下狭川隊八十を、前線にいた二十の竹槍隊で追い散らしたのだ。もっとも最初の弓矢で三分の一は減り、竹槍隊と激突した時に民兵はほぼ逃げたのだが。
「前進!」
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
再び竹槍隊の攻勢が始まる。狭川本隊には碌な武器を持たぬ民兵はいないようだが、たちまち竹槍に突き倒され叩かれて散る。十合もするうちに敵の前線はほぼ剥がれた。
だがそこからは固かった。
さすがに本隊だ。突き出される竹槍を跳ね返し叩き折る豪の者が何人かいる。
竹槍隊は横からの攻撃に弱い。槍衾に穴が開くと脆いのだ。つまり一人の豪の者がおれば難儀するのだ。
「竹槍隊を下げて槍隊を出せ」
これからは槍隊の出番だ。新介と藤内の槍隊それぞれ十名が前に出る。山中隊最強のメンバーだ。
もちろん俺もでる。既に隘路も出口付近だ。闘う場所は充分にとれる。
ん、何故か清興が横にいる?
「どうした清興、背後の敵は片付いたのか?」
「はい、ご家老と槍隊が負傷した敵を囲んでいます。もはやあそこに某は不要です」
ん、討ったでなく・囲んでいる・・どう言う事だ・・・まあ良いか、十蔵にまかせば。それにしてもこいつは自由な奴だな・・
・・って、藤内隊も北村隊も既に敵に打ち掛かっているし・・
なんかみんな、欲求不満溜まってねえ?
俺の分も残してね。
ここは大将として是非にも一働きをして見せたいのだ。
お、いたいた。先ほど豪槍を振っていた奴だ。傍にいるのは敵の大将・狭川主水か。
「山中家食客・嶋清興である。我こそはと思う者は出て参れ!!」
ありゃ、清興に先を越された・・てっ・食客って・ちょっとな・・
「おう、狭川軍隊長並河左近だ。こざかしいこわっぱめ、この血駆丸の錆にしてくれるわ!」
おう、やっぱりあいつが豪槍で有名な並河か、
しかし並河、槍に名前付けているのね・・・
「狭川の豪槍・並河左近どのか、望むところだ」
いやいや・まて・待て。
勝手に付いてきた清興などに獲物を取られて堪るか。こいつの相手は俺がするぞ。俺は清興の袖を引っ張った。
「並河の相手は儂がする。清興は敵の大将を譲るで、見事討ち取れぃ!」
「ふがぁ!」
清興が何か解らん声を上げたが無視して並河に向かう。
「山中勇三郎だ、参る」
「おう、そこもとが山中殿か。相手に不足無し」
並河も一歩前に出て更に向かって来た。
ちょっと緊張する。奴の大槍は名前を付けるだけ合って穂先が見事だ。体も大きく、受ける圧力はかなりのものだ。
・・・いかん、いかん、胆に力を込めて敵の目を見るのだ。
人の命など一瞬の気まぐれで終わるのだ。例えば足裏の小石ひとつが丸いとかで死ぬのだ。俺は一度死んだ・そう思えば何も恐れることなど無い。
一気に間を詰めた並河が、凄まじい早さで首を薙いで来た。姿勢を落としてそれを躱す。
「ピュー」という乾いた音が頭上の空気を寸断した。
そのまま踏み込んで首元を突く。薙いだ大槍を保持する並河は急には動けない。穂先が立派で重いだけにそれを支える体幹をどっしりと安定させる必要があるからだ。
必殺の一撃だ。
だが並河は槍を振りきった反動で肩ごと頭を振り俺の一撃を間一髪躱した。さすがの体さばきだ。並河の表情が一瞬得意そうに変わるのを俺は見ていた。
だが、まだ甘い!
俺の槍は十文字槍だ。突いたと同時にたぐり寄せる鎌が並河の首を掠める。並河は首から血を噴き出しながらも、腕を畳んで振り切った槍を反転させ突いてきた。
遅い!
俺は余裕を持ってその槍を鎌に掛けて落とすと、そのまま穂先を滑らせて突き込んだ。並河の槍を持った指を切断した槍は、防具を貫いた。
並河が驚きの目で俺を見ている。その目が急速に光を失ってゆく。槍を引き抜くと、並河はゆっくりと倒れてきた。
並河が倒れた途端、敵兵が奇声を上げながらが殺到してきた。
周囲の者が手を止めて俺たちの戦いを見ていたのだ。それは分っていた。
敵の槍を払い突き込む。引き落とし・突き上げ・巻き落とす。出来るだけ無駄な動きはしない、囲まれないように常に移動しながら素早くコンパクトに一人ずつ倒す。
何度も稽古したことだ。考えるでも無く瞬時に体が動く。気が付くと向かってくる敵はいなくなり周囲には五・六人の敵が倒れていた。俺は全身に返り血を浴びて赤く染まっていた。
「敵の大将・狭川主水、討ち取ったり!!」
清興の大声に味方から雄叫びが起こった。そこからは空気が一変した。乱戦から追撃戦になったのだ。
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