第20話・下狭川隊の最後。
上狭川城下 山中勇三郎
須川で一泊して朝から狭川領に侵攻した。兵を籠め待ち受ける上狭川城の目前を横切り、狭川本城を眺められる所で軍を止めた。
大和街道の前方・狭川本城の下に一隊が見えている。おそらくは下狭川の狭川権座衛門の隊であろう。狭川本城には当主・狭川主水の隊が、背後の上狭川城には狭川波佐衛門の兵が詰めている。
山中隊は三方からの挟撃を受ける危険な位置に停止したが軍に動揺は無い。それは昨夜のうちに各隊長に俺の考えた策を告げているからだ。
俺のたてた策は万全だとは思うが、実際にはどうなるかは解らない。なにせ山中軍の総力を挙げた初めての本格的な戦いなのだ。半分以上が調練を受け始めて十日も経たない新兵なのだ。
俺だって相手を殺す戦いなど初めてだ。本当に敵を殺せるのか・・それすらも解らない。だが、殺さなければ殺されるという事は分っている。
それに苦心して積み上げてきた人の生などほんの一瞬で終わる、と言う事を俺は体験した。そこには正義も悪も徳も落度も関係無いのだ。
「上狭川城には兵三十と同程度の民兵がいる模様。志気は高いです」
ふむ、上狭川の狭川波佐衛門は民に慕われている様だからな・・・
「前方の下狭川隊は狭川権座衛門が率いています。兵三十に民兵三十、それに笠置の広岡勢二十が加わっています」
権座衛門はもう六十近い年だぞ。それでも阿呆だと言われる三男の権藤太には兵を任せる事が出来なかったか・・・ちょっと可哀相になってきた・・
「狭川本城の兵は?」
「はっ、狭川本隊の兵は三十、それに民兵五十が居ましたが、半数は城から出されたようです」
うん、本隊は側面からの挟撃だろう。なれば武具も無いのに民兵ばかりいても仕方が無いからな。武器を持たぬ者は帰したな。それでも三隊合わせればうちの倍近いな・・
だがそれもまあ想定内だ。ここは作戦通りで問題無い。
同・清水十蔵
前方の下狭川勢が街道をこちらにまっすぐ進んで来た。
もうすぐ攻撃が始まる。
「ようし、回れ右だ!」
我ら竹槍隊二十・槍隊十は、後ろに出るであろう上狭川勢を相手にする。
大将には「十蔵は留守を頼む」と言われたが、山中軍初の大戦に参陣出来ぬなどご免だと出て来た。大将はそれを笑って許されたがな。
それにしても大将の立てた策は、人をくった様な見事な策だ。上狭川城下を素通りして狭川本城の目前に軍を晒すとは、敵も驚いたであろうな・・・
む、下狭川勢が矢を放ってきたな。
今だ!
「ようし、隘路の入り口まで戻る。駆けろ!!」
山田が指揮する竹槍隊に続いて、二町ほど駆けて隘路の入り口付近に戻る。背後に槍隊が続き、儂の傍には清興がいる。
新介の知り合いの嶋清興は豪快なところがあるようだが、今は人なつっこい若者だ。山中砦であちこちに顔を出して人気者になり、皆が清興と名前で呼び捨てて使っている。
此奴は家臣でもないのに「一宿一飯の恩義」などと言って、戦に勝手に付いてきたのだ。「ならば十蔵の護衛をせよ」と大将が笑って命じたのだ。
まあ新介の後輩だけあって腕はそれなりにあるので期待しているぞ。
大和街道はここで上狭川城と山に鋏まれて隘路となっている。
幅は四間から六間で長さは二町ほどだ。両側は急斜面で俄に逃げることが出来ない。通常はここに追い込まれたら袋の鼠・つまり殲滅される地形だ。
ところが大将は、わざわざそこに入り込むと言うのだ。隘路に入って外に牙を向けて侵入して来る敵を噛み砕く。つまり鼠の袋が虎穴に変わるのだ。虎穴に敵を引きずり込んで殲滅する虎穴作戦だ。
何という発想・まるで聞いたことが無い策だ。儂はそれを聞いた時には身震いしたわい・・・
「止まれ、竹槍を置いて楯を持て!」
うむ、やはり城兵が下りて来たな。かなりの数だ。だが情報通り先頭はろくに武器を持たぬ民兵だ。儂らの出兵が急だったのと大和街道を抑えられて武具が用意できなかったのだ。
パラパラと矢が飛んできた。それを楯の壁で受ける。
二射・三射と楯に突き刺さる乾いた音が霰の様に連続する。だがそれもじきに止んだ。おそらくは矢が尽きたのだろう。
「矢を回収しろ。荷駄隊は弓を渡せ」
二十名の竹槍隊につき予備の竹槍と弓・矢を積んでいる荷駄が一台随伴している。そう、うちの竹槍隊は弓隊でもあるのだ。うちで作った弓は、射程は多少落ちるが短くて扱い易い。殆どの兵がすぐに使えるようになった。矢も自前なので惜しみなく訓練も出来ているのだ。
矢が尽きた敵が、怒号を揚げながら一斉に突撃してくる。なかなかの迫力だ。
「弓隊、放て!!」
と歴戦の隊長である山田の落ち着いた指示が飛ぶ。
矢を受けた敵の前衛がもんどり打って倒れる。楯を持つ者が半数もいないのだ。それでもなお勢いを増して突っ込んでくる。こうなれば弓の攻撃を避けるには突っ込んで乱戦に持ち込むしか無いのだ。
しかし近づくにつれて弓矢の威力は増す。
敵の前衛がバタバタと倒れる。それに足を取られて転倒する者もいる。既に敵の顔が判別出来る間になっている。
「弓を置いて竹槍を取って構えろ、荷駄隊は弓の回収」
弓隊が後ろに弓を投げ出して、地面に置いていた竹槍を取ると半身で構えて槍衾を作った。投げ出された弓は素早く荷駄隊が回収して足元を片付ける。調練通りの見事な動きだ。
「民兵は出来るだけ殺すな。突き倒し追い払うだけで良い」
これは全軍に出された大将の指示だ。
民兵は次には山中の民になるのだ。弓矢の攻撃では仕方が無いが、竹槍では突き倒すだけで良い。叩くなら頭を避けよと言う通達が出ている。
ちなみに、竹槍の先は尖ってはいないのだ。
「前進!」
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
竹槍隊の前進にたちまち敵が崩れてゆく。二間の竹槍の前に、一間半槍や刀や棒では相手にならないのだ。
隘路の幅は四間から六間だ。竹槍隊二十が並べば回り込むことも出来ない。
ん、これでは儂の出番が無いではないか。
清興も物足りなさそうだぞ・・・
同・広岡長道
儂は兵二十を率いて下狭川勢の後ろにいる。
色々悩んだが、結局長年の付き合いを切ることは出来なかった。でもそれで良かった。戦場に来てみると味方は倍もの人数だ。その上敵が陣を敷いている場所は如何にも危うい所だ。こちらが容易に包囲できる位置なのだ。
この陣を見て、山中という敵将は阿呆かと思った程だ。普通は上狭川城を攻めて、それを拠点にするだろうに・・
とは言えそれに備えて八十もの城兵がいるのだ。攻城には三倍以上の兵が必要なのは常識だ。山中隊百では落とせる訳が無い。それを察知して野戦で主力に挑もうしたのだろう。
おう、前進の号令が出た。弓隊を前に出そう。まずは矢で射すくめて、怯んだところを槍にて突撃だ。これが戦の決まり事だ。
「放て!!」
黒い矢が空に舞い上がった。それが一斉に・・・ん・楯だな。敵は楯で防御している。なかなかな防御だな。カツカツと言う楯に刺さる乾いた音がここまで聞こえている。
「前進しながら放て、敵の防御の隙を突くのだ」
ふむ、矢が効かぬとなれば接近するほか無い。それに矢はあまり無いのだ。だが問題無い。いずれにしても戦は槍で決着がつくのだ。弓は前哨戦に過ぎぬ。
それにしても我が方の民兵で槍を持っているのはごく僅かだ。これでは攻撃の邪魔になりかねないぞ。
ん、敵は退いているぞ。構えたままこちらの進軍に合わすかの様に後ずさっている。
さては、三方からの挟み撃ちの策を気付かれたか・・・
「気付かれたようだな・・」
舅・権座衛門どのも同じ考えか。
「如何致しますか?」
「ふむ、下がった所で袋の鼠に過ぎぬ。いや、却って逃げられなくなったのじゃ。このまま追えば良い」
なるほど、確かにそうじゃ。三方からの攻撃を受けても平野ならまだ逃げる余地はある。それが隘路に嵌まってしまえば逃げられぬ。これで山中の命運も尽きたな。儂も早まって寝返らなくて良かったわい。
「弓隊下がれ、槍隊を先頭に突撃!!」
充分に隘路に追い込んだ。矢も尽きたで槍隊による総攻撃だな。儂も行くぞ、・・ああ」
何故か、先頭の槍隊がバタバタと倒れている。
矢だ!! 敵の矢が凄まじい・・た・楯だ
「楯を持てぃ」
間に合った。楯に当たる矢の音が響く。危ないところだった・・・
「突撃しろ、矢を防ぐには接近するしか無い。突撃だ!!」
そうだ、それしか無い。兵が悲鳴を上げながらも突撃する。そう長い間は開いてはいない。駆ければすぐだ。
見込み通り・敵の弓の攻撃が止んだ。もう敵は間近なのだ。よし、これから目にものを見せてくれるわ。
「ガツン」と言うような音がした。
突撃した先頭が雪崩を打って引っ繰り返った。
(何が起きた?)
前方の兵が壁になって、どうなっているか確認出来ない・・
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
と言う掛け声が聞こえる。あっという間に先頭が突き飛ばされ、民兵が逃げ散ってゆく。
丸い物が見えた。
竹だ。竹を切った先端が真っ直ぐ儂に迫ってくる。
「下がれ、下がるのだ!」
駄目だ。背後からの押し出す勢いが強くなった。
おそらく本隊が後方から合流してきたのだ。こんな隘路に押し入ってくると、前にいる儂らが逃げられぬでは無いか・・・・
「お・押すな。下がれ、下がるのだ、うわあーーーー」
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