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Nora
01話.[教えてください]
「あんたうざい」
いつでもにやにやへらへらして軽そうで。
親鳥を見つけた小鳥のようにとてとてとやって来て。
距離が異常に近くて、わたしにはそれがたまらなく嫌だった。
相手は珍しく困ったような表情でこちらを見ていた。
でも、相手の友達がやって来て色々な文句を言ってき始めた。
わたしはそれを全て無視し、あくまで相手を睨みつけていた。
が、全く届いていなかった。
だからわたしは相手に期待するのをやめたのだ。
「うっ……いつの夢を見てるの……」
体を起こすとなんか色々なところが疲れていた。
それでも起きるしかないから起きて、まずはカーテンを開ける、……眩しい。
適当に制服に着替えて一階へ。
「おはよう」
「うん」
久しぶりに会話をした。
いつもなら起きたときにはもう父は家にはいない。
作ってくれた朝ごはんをひとりで食べて、顔を洗ったりなんてことをしてから学校に行くという毎日だった。
「今日は十七時に帰ってくるから」
「そうなんだ」
「うん、最近はそれぐらいに帰れるようになってね」
って、父が早く帰ってきたところでなにかが変わるというわけでもないけど。
父は仕事のためにその後すぐに家を出た。
ごはんを食べ、準備を済まし、外に出る。
「眩しい……」
太陽が苦手だった。
なんかぎらぎらしているし、目が痛いから。
あとは性格というか人間性が影響しているのだと思う。
わたしほど隅っこが似合う人間はいないと思う。
輪に加われず、それを眺めるしかできない人間。
幸い苛めとかはないけど、多分認識もされていない。
まあそれでもいい、相手に期待をするのは違うから。
「おはよー」
「おはよっ」
……でも、ああして楽しそうに歩いている二人組とかを見ると羨ましくなる。
挨拶をして、その後は適当だけど楽しいお喋りをしながら登校ができたらな、なんてことを考える自分もいる。
教室に行くと特にそう感じる。
わたしの席は都合良く廊下側の最後列だけど、同じ空間にいるはずなのに何故かかなり遠くにいるようなそんな感じで。
「おはようございます」
教師もそうだ。
自分が受け持つクラスに所属している生徒でもなければ気にしない。
クラスメイトにすら覚えられていないんだから、担任以外の先生からすれば学校に所属していることすら疑われるかもしれない。
――って、なにを先程から無駄に考えているのだろうかと切り捨てた。
救いはある、真面目にやっていれば怒られるわけではないこと。
苛めがないこと、この教室内の雰囲気が嫌いではないことだ。
「おはようございます」
HRが終わった瞬間に担任の伊東
提出物でも出していなかっただろうかと慌てていたら、
「落ち着いてください」
と、言われてしまい。
話しかけられることが極端に少ないからそれだけで驚く。
なので、できれば目立たない廊下とかで話しかけてほしかった。
「っと、ここでは少し賑やかすぎますね、廊下に出ましょうか」
「ふぅ、はい」
きょどったりしたら気持ち悪がられる。
普通に受け答えをしておけばいいのだ。
相手は大人だけど、同じ人間なんだから。
「守谷さん、ちゃんとクラスの子と話せていますか?」
ああ、こういう……。
勉強をするためだけの場所じゃないと教師が否定してきている感じ、がするのはわたしが斜に構えすぎというかマイナス思考をしているだけなのだろう。
とりあえず、嘘をついたところで双方にとって得なことはないから正直なところを吐いておいた、みんなのところに行ったら空気を壊してしまうということも。
「会話をするのが苦手なんですか?」
自分のことなのに自分がわかっていない。
苦手なのだろうか? 昔からこんな感じだからわからない。
友達もいなくてひとりならそうだろと言う人もいるかもしれないけど、同級生が相手なら慌てたりしないで受け答えができるからなんとも言えない状態で。
色々ごちゃごちゃと考えていたら伊東先生が急に両手を合わせてびくっとした。
「よし、それなら私で練習をしましょう」
「え」
「放課後に少しだけでいいんです。五分だけでもいいですから、一日に一回は必ず会話をしましょう」
え、なんか勝手に決まってしまったぞ、大丈夫なのに。
だって面接時なんかにはちゃんとできたからこそこの高校に通えているわけで。
そうやってやらなければならないことだけをできたらいいのではないだろうか。
けど、伊東先生はもう聞いてはくれなかった。
やっぱり、こっちの言葉になんて価値はないんだ。
届かないならなにも言わない方がいい。
黙って従って、延々に使われる側だとしてもしょうがない。
使う側になれるわけがないんだから、努力をしようともしていないんだから。
あ、ちなみに伊東先生のことは好きだ。
優しいし、明るくて見ていると羨ましくなる。
わたしにもあれぐらいの魅力があったらって考えるときもある。
そうしたら同性だろうが異性だろうがメロメロにして、なんてね。
日陰者にはその一部ですら真似なんかできるわけがないのだ。
とにかく、無視して帰ることは簡単だけど間違いなく後で面倒くさいことになるから放課後は教室に残っていた。
父が十七時に帰るということは大体十七時半ぐらいになるだろうし、そこからごはんを作ったとしたら十八時を過ぎることだろう。
だからあまり急いでも仕方がないというのが正直なところで、こうして残ることは結構多かったから嫌というわけではなかった。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いえ」
伊東先生は長く伸ばした髪を後ろで縛っている。
ポニーテール……ではないのかな、首筋ぐらいのところでまとめているだけで。
なんかきらきらしていて手入れを頑張っているんだなーとか、触ったらさらさらしているんだろうなーとかそんな風に考えていた。
肌は色白で、細くて、出るところはちゃんと出ているという素敵な感じ。
対するわたしはすっとんとん、太ってはいないことが救いだろうか?
「そ、そんなに見つめて、なにかついていましたか?」
「え? いえ、綺麗だなと」
「へ!? あ、ああっ、照明がですよね?」
「え? あ……」
蛍光灯を見て「綺麗だな」なんて言う趣味はないけど……。
否定も肯定もしなかった、わたしになんか言われても嫌だろうし。
「さ、さて、まずは自己紹介をしましょうか。私は伊東和絵です、教師をやっています、よろしくお願いします」
「あ……わたしは守谷
なんだこれ、というのが正直なところだった。
自己紹介は春にした、終わった後は大ダメージだったけど。
伊東先生の名前だってそのときに黒板に書かれたから知っている。
言わないけど憧れの人の名字や名前を忘れるわけがない。
「そうですね、あなたの好きなことを教えてください」
なんか面接を受けているような気分になった。
好きなこと? 急に好きなことと言われても特にないぞ。
読書もしないし、ゲームもやらないし、その他趣味もあるわけじゃないし。
帰宅してもやるのは出された課題とかそれぐらい。
夜ごはんを食べたら入浴をしてすぐに寝ているから、うん、やっぱり特にないなと。
「守谷さん?」
「ありません、なんにも」
「ひとつもないんですか?」
「はい、ありません」
生きている理由だって「死んだらお父さんが悲しむかもしれないから」というだけだし。
いやまあ……いらないかもしれないけどさ。
学校も学費を払ってもらっているから通っているだけ。
食事も入浴も睡眠も、最低限必要だからしているだけ。
そこに自分の意思はない、生きるためには仕方がないことなんだ。
入浴に関してはいらないかもしれないけど、あくまで平和な人生を過ごすためには必要なことだった。
「ありがとうございました、でも、他の人を見てあげてください。わたしはわたしなりに生きていますから、それでは、あ……、失礼します」
憧れ、理想の人の時間をこんなものに関わることで使ってほしくない。
わたしみたいな人間は他人といては駄目なのだ。
必ず引っ張ってしまうことになる、その気はなくても絶対にそうなる。
中学生のときのわたしがソースだ、明るかったあの子を暗く染めてしまった。
もちろん、意図してやっていたわけじゃないけども。
「ただいま」
「おかえり」
父のことも好きだ。
だからこの家に帰ってこられると安心できる。
他になんにもなくてもこういう小さな幸せがあることを考えると、わたしはこれからも生きていけるという気分になれる。
それだけでいいのではないだろうか。
大きななにかがなくてもいい、友達と楽しくできなくてもいい、彼氏や彼女がいなくたってなんだかんだで前に進めるんだから。
「裕子、ちょっといいかな?」
「うん」
こうして改めるときはなにかがあるということ。
ごはんを食べることをやめ、同じように手を止めている父を見る。
柔らかい表情を引っ込め、今日はやけに真剣な顔だった。
たまに頬を掻いたり、短めに揃えている髪を掻いたりとどこか落ち着かない様子で、珍しいこともあるんだなってそんな風に感じた。
「父さん、再婚しようと思うんだ」
「そうなの?」
「うん、ある人と知り合ってね」
どうやら旦那さんから暴力を振るわれていた人のようだ、娘さんがいるらしい。
ちなみに父の場合は母が他の男の人を選んで出ていったという……。
だから暴力というわけではないものの、暴言をぶつけられていた身としては似ているのではないだろうか。
「よく知ってるの?」
「去年からちょっとずつ一緒にいる時間を増やしてね」
「お父さんがいいならいいと思うよ」
「……もうあんな思いにはさせないから」
って、グズとか馬鹿とかアホとか使えないとかって言われていただけだけど。
事実、その通りだったから言い訳する気にもなれなかった。
痛いのを我慢して生んで、頑張って育てた結果がこれじゃあ文句も言いたくなるよね、と。
他の子にできることがわたしにはできなくて、なんでなの? ってなったことだろう。
わたしにとってはそれが普通だったから違和感も感じてなかったけどさ。
「あ、そうそう、娘さんは裕子より一歳年上なんだよ」
「そうなんだ」
「うん、だから仲良くなれると思う」
学校でのことをなにも言っていないからしょうがない。
わたしはあくまで少人数ではあっても友達といられているということにしてあるから。
事実、中学時代はちゃんと話せる相手がいたわけだしね。
高校に入ってからはまだ学校に来るようなことがないからばれていない。
「あ、それなら引っ越しするの?」
「いや、向こうが来てくれるって」
「え、それは……」
「うん、大変だろうけどさ」
高校二年生の中途半端な時期に転校をすることになった娘さんは微妙じゃないだろうか?
その納得いかない気持ちをぶつけられるんじゃないかと不安になった。
というか、落ち着く場所がそうじゃなくなるかもしれないという考えと、父にも幸せになってほしいからその人と上手くいってほしいという考えがごちゃ混ぜになって駄目だった。
駄目だったから、ごはんをささっと食べて浴室に引きこもる。
「なにもないといいけど」
小さな幸せすらなくなってしまったらどうすればいいのかわからなくなるから。
ただそれだけを守りたいと考えていた。
五月二十五日、女性が家にやって来た。
色々と買い足したい物があるらしく、ふたりで出ていった。
まあ、娘同士で会話をしてほしいという意図があるのだろう。
「私は
「あ、は、はい……」
「ん? なんか硬いなっ、緊張なんかしなくていいんだよっ」
可愛らしい見た目をしているのに意外な話し方だった。
でも、短い髪が逆にそれによく合っている気がする。
身長はわたしが百五十五センチで、この人は多分百六十ぐらいかなという感じ。
「あの……転校するの、嫌でしたよね」
「え? 嫌じゃないぞっ、色々な人と関われることはいいことだからなっ」
「でも、途中で環境が変わるんですよっ?」
「まあそうだけど、母ちゃんが苦労してきていたのは知っているからなっ。わがままなんか言いたくないし、裕子の父ちゃんと結婚することで楽になれるのなら結構だ! って、もう結婚しておるんだけどな!」
わたしだったら直接は言わなくても内で文句を言いまくるかもしれない。
わたしみたいな人間にとって環境ががらっと変わるというのは問題なのだ。
仮に向こうに行っていた場合、苛められるようなこともあったかもしれない。
だから空気になれているここのままでいられた方が良かった。
「んー」
「ど、どうしたんですか?」
「髪がうざいっ、いまから切るぞっ」
わたしは伊東先生に憧れている。
だからというわけではないけど、髪を伸ばしていた。
でも、多分だけどこの髪ともここでおさらばかな。
それぐらい燐さんの勢いはすごかった。
うぅ、いきなり切ったりしたら目立ってしまう。
「ほら、これでいいだろ?」
「え、あ、後ろを切るわけじゃ……」
「そっちは切る必要ないだろ」
うーん、これなら目立つこともなさそうで良さそうだ。
良かった、学校に行きづらくなったら嫌だし。
「うーん、これからは縛るべきだな」
「そ、そうですかね?」
「ああ、というか敬語はやめろっ」
「あいたっ!? 叩かないで……」
敬語はやめろと言われても年上だし全く知らない人だしで困る。
鵜呑みにしてタメ口なんかでいたら絶対に怒られるんだ。
それに敬語は最強だ、少なくともタメ口時よりはマシだし。
「裕子、色々と案内してくれよっ」
「わかりました」
「敬語……はまあしょうがないな、行こうっ」
基本的なところをを案内してわたしは達成感を得ていた。
やはり基本的な受け答えはできるのだ、なんにも焦る必要はない。
「いい場所だな、静かで落ち着く」
「あ、燐さんはどこから来たんですか?」
「ふっ、内緒だ」
まあ、教えてもらってもなにかに活かせるというわけじゃないからいいか。
ある程度のところで切り上げて自宅に戻ってきた。
「ふぅ、慣れない土地っていうのは結構疲れるな」
「そうですね」
「裕子、ちょっと来い」
「はい」
燐さんの隣に行くと頭を撫でられた。
困惑しているわたしに笑って「今日からよろしくなっ」と言ってくれて。
わたしは嬉しかったけど、逆の感情もあった。
……またあの子みたいになってしまうんじゃないかって不安が。
明るい人が暗くなってしまうのは嫌だから気をつけないと。
「裕子、返事ぐらいしろよ」
「あ、よろしくお願いします」
なるべく一緒にいないようにしないと。
大丈夫、そもそも相手が勝手にそうしてくれるだろう。
「ただいま」
「お邪魔――た、ただいま」
聞き慣れた父の声とどこか上ずった感じの女性の声。
目の前にやって来たけど、この人はもう母なんだなって。
「ひ、裕子ちゃん」
「あ……はい」
「私は
「よろしくお願いします」
しばらくの間は敬語が抜けなさそうだ。
やっぱり他人って感じが強いし、多分向こうも求めてない。
菜帆さんはお父さんと再婚してお互いに支え合いたいと思っただけ。
たまたまそこに
だからいいんだ、関われば関わるほど相手を嫌な気持ちにさせるだけだし。
その後は早速とばかりにごはんを作ってくれて、四人で食べた。
最低限の常識があり、一応空気の読める人間であるつもりだから逃げたりはしなかった。
「布団セットを買ってきたんだ、悪いんだけど燐には裕子の部屋で一緒に寝てもらうことになるかな、部屋が余っていないからね」
「大丈夫だぞ、私と裕子はもう仲良しだからな!」
「はは、そうか、それなら良かった」
わたしもそれで構わなかった。
家でやることなんて食事と入浴と睡眠だけ。
部屋でこそこそとイケないことをする人間でもないし、それで十分。
なんならリビングのソファでいいぐらいだ、こんな人間にはね。
「なあ、裕子」
「どうしました?」
荷物の整理をしていたときのこと、燐さんが話しかけてきて手を止める。
「顔を合わせたときから言おうとしていたんだけどさ、なんか暗くないか?」
「そうですか? これがわたしの普通なのでよくわからないですけど」
「なんか纏っている雰囲気がさ」
「すみません、慣れてもらうしかないですね、無理なら慣れようとすることすらしなくていいと思います」
目標ができた。
燐さんと菜帆さんの気分を悪くさせないこと。
この場所が落ち着かない場所にならないよう、嫌われない程度にはしっかり接しておこうと決めたのだった。
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