第2話 豚の花嫁は公爵令嬢


「ぶほほ」


 豚伯爵は廊下を歩く。周りに取り巻きの姿は見えない。廊下にいる者は何か囁きあっているが、今の彼はそれに気を割いている余力はない。


 ある教室に着くと、バンディーダは大きく息を吐いて扉を開けた。


「あ、バン...」


 真っ先に反応したのはバンディーダの婚約者であるナティナ公爵令嬢。ナティナはライン公爵の三女であり、バンディーダとは一つ年上で16歳だ。なので、バンディーダが通っている中等科ではなく高等科に属しているのだ。高等科と中等科は棟が異なっているため、ナティナと会うにはかなり歩かなければならない。しかし、愛する者に会うためにバンディーダはそれを苦に思わない。


「ぶふ、ナティナ、お茶でもしよう」


「え、えぇ、構いませんわ」


 脂ぎった手でナティナの手を握ると、バンディーダはサロン棟へと向かっていった。



「ぶひひ、ナティナ、これは隣国のジャッポンから取り寄せたお菓子なんだ。ジャッポン特有のお茶ととても合うから一緒に食べてくれよ」


 バンディーダはサロン棟の一室を貸し切り、ナティナと二人でお茶会をしていた。二人の従者は鉄のような表情で奉仕を続けている。


「美味しいですわ。でも少し甘過ぎるような」


「ぶひほほ、そうだろ?この甘さがあの苦いお茶ととても合うんだ。ほら、ナティナの早くマッティーを出すんだ」


 バンディーダに促されると、従者は瞬く間にお茶を用意した。


「へぇ、変わったカップですわね」


「そうなんだ。ジャッポンではこれを湯呑みといって音を鳴らして茶を飲むらしい。なんとも下品なことだ、ぶひ。でも、ここでは僕らだけだから、音を鳴らして飲んでも何にも言われないからそうやって飲んでもいいんだ、ぶほ」


「では、そのようにして」


 ズズ、とナティナは茶を啜った。


「あちっ」


 茶が熱かったのか、ナティナは舌を出した。


「おい、貴様。ナティナに何てもの飲ませてんだ」


「ひっ」


 バンディーダが睨むと、先ほどまで無表情であった従者の顔が恐怖に歪む。 


「バン!私は大丈夫でしてよ!それに、このマッティーというものとても爽やかな薫りで美味しいですわ!」


 ナティナが遮るように喋ると、バンディーダは表情を一変させ、笑顔になった。


「ぶふぅ、そうだろう!僕はこの薫りが気に入ったんだ!だから、ぜひ君にも味わって欲しくてね」


「あ、ありがとう」


「ぶひひ、そんなに畏まらなくていいよ」


 そのまま、茶会は一時間ほど続けられた。


「そろそろ寮に帰らなければいけない時間ですわ」


「ぶふ、もうそんな時間か」


 バンディーダが懐中時計を取り出すと確かに時計の短針は5を指していた。女子寮の門限は日没まで。日が短くなりつつあるこの時期は門限も早い。


「では失礼いたしますわ。楽しかったですわ、バン」


「ぶひひ、僕もだよ。また美味しい菓子が手に入ったら誘うよ」


 ナティナはそそくさとサロン室を出ていった。


「ぶほほほ、今日も可愛かったな」


 バンディーダは満足げに声を鳴らす。ナティナとの結婚は両者が学園を卒業後に行われる。後、3年。バンディーダはその日を涎を垂らしながら待ち望んでいる。


 








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