世界の時が止まったので、とりあえず全裸になって走ってみた

青水

世界の時が止まったので、とりあえず全裸になって走ってみた

 ある日の朝。

 ベッドから起き上がって壁にかかった時計を見ると、時刻は6時59分だった。目覚ましが鳴るのが7時なので、1分ほど早く起きてしまったというわけだ。

 とりあえず、布団をかぶって1分間温まることにした。しかし、いつまでたっても目覚ましがやかましい音をたてない。

 おかしいな。もう1分以上経っているはずなんだが……。多分、電池切れか故障してしまったのだろう。


 俺は制服に着替えると、階段を下りた。

 リビングには両親がいた。しかし、どうも様子がおかしい。というのも、二人とも石像のように固まっていたからだ。


「どうしたんだよ、二人とも」


 声をかけてみるが、反応はない。

 父はトーストを食べようと口を開けた状態で、母は椅子から立ち上がろうとした状態で固まっていた。そんな状態で、一ミリたりとも動かずに、10秒以上静止しているなんて、普通の人間には無理だ。


「おーい」


 母を揺すってみるが、びくともしない。本当に石像みたいだ。

 なんだ、これは……? 俺は夢でも見ているのだろうか……?

 鈍い俺でも、両親に何か起きていることくらいわかる。この石像化は我が家だけなのか、それとも外でも起きているものなのか。


 とりあえず俺は一通りの準備を済ませると、高校へと向かった。


 ◇


 外に出て歩いていると、固まったままの人に出くわした。いや、むしろ動いている人に誰一人として出くわさない、と言ったほうが正しいだろうか。

 不思議な光景だった。

 これは世界の時が止まっているのか、それとも彼らの体感時間だけが止まっているのか。あと何時間かすればわかることだ。


 いや――。

 すぐにわかるじゃないか。

 カバンの中に入れっぱなしにしていたスマートフォンを取り出す。アナログな時計と違って、スマホの時計はよほどのことがない限りずれないはずだ。

 6:59

 めまいがした。


「ああ、どうなってるんだ……?」


 最寄りの駅に向かうまでに、学校に向かうために自転車をこいでいる女子高生、会社に向かうために歩いているサラリーマン、信号待ちをしているドライバー……様々な人が固まっていた。

 とりあえず俺は屈んで、女子高生のスカートの中を覗いてみた。明らかな犯罪行為だというのに、誰からも責められない。

 しようと思えば、それ以上のことだってできるのだが、それは良心の呵責というか――人として超えてはならぬ一線みたいなものだと思う。

 たたその代わりに――代わりになってなどいないが――俺は全裸になって、両手を広げて、裸になって街を走り回った。


 圧倒的解放感。

 俺は今まで露出狂というやつらの気持ちがこれっぽっちもわからなかったが、今になって――実際に露出してみて、ようやくわかるようになった。

 なるほど。これははまりかねない。


 一通り露出を堪能したところで、ふと思った。

 もし今、時の凍結が解除されたら、俺は露出狂の変態高校生として、全国紙を賑やかせることになるのではないか、と。

 目に黒の目線が入り、股間部をモザイク処理された俺の全裸写真が、ネット上に出回るところを想像する。

 近隣住民に通報され、現行犯で逮捕される俺。その知らせを聞き、あまりの衝撃で倒れる両親。容易に想像できた。

 それはまずい。そう思いながらも、だからといってこのまま永遠に時が止まったままだったらどうしよう、という不安もある。


「うわああああああああああっ!!!」


 叫びながら、俺は全裸で高校まで走った。いつもは電車を使うのだが、止まっているのだから歩くしかないのだ。


 ◇


 高校についた。

 6時59分ということで生徒も教師もほとんどいない。人気のない高校というのは、どこかホラーな感じだ。


 下駄箱で靴から上履きに履き替える。

 校内を靴で歩くのは、よろしくないからな。ただし服は全部カバンの中にしまったままだ。裸なのに上履きだけはいているというのは、特殊性癖保有者のように見える。上履きフェチのように思われるのは心外である。

 全裸でスキップしながら廊下を進み、股間を揺らすように激しいダンスをしながら、階段を一段一段丁寧に上っていく。


 2年2組の教室についた。

 誰もいないことなどわかっている。それでも「おはよう!」と元気よく挨拶をして、教室のドアを開けた。開けた。あけ――ん? どうしてドアが開いているんだ? まだだれも来ていないはずなのだが……?


「おはよう」

「……」

「……」

「ぎゃあああああっ!」


 中に人がいたことに驚いて、俺は思わず叫び声をあげてしまった。


 え、ええっ!? 時、止まってたよな!? なんで人の声がするんだ!? しかもこの声聞き覚えがあるぞ……。


「どうしたの、叫び声なんてあげて。いつも通り騒々しいわね、相田くん」

「あ、赤沢……。どうして……」


 どうして、動いているんだ……?

 赤沢の視線が、驚く俺の顔から股間へと移動する。


「自らのイチモツを見せびらかすのも結構だけど、私としてはできれば服を着てほしいわ。どうしても裸のままでいたいと相田くんが言うのなら、その姿でも我慢するけれど」

「着ます」


 俺はカバンから取り出した制服を、着衣世界記録並みの速さで着た。そしてとりあえず、赤沢の隣の席に座った。俺の席ではないが、それを咎める奴は誰もいない。


「どうして、動いてるんだ……?」

「それはこっちのセリフよ。あなたこそどうして石像になってないの? そして……どうして全裸だったの?」

「最初の質問の答えは『わからない』だ。で、次の質問の答えは『やってみたかったから』だ」

「露出願望があったの?」


 汚物を見るような目を向けられた。


「そういうわけじゃないっ! ただ、俺以外の人が動かなくなってたから、出来心でつい……」

「ふうん。まあ、相田くんのことだから、どうせもっとやらしいことしたんでしょ?」

「やらしいって?」

「とてもじゃないけど、口には出せないわ」


 赤沢は顔を赤らめて首を振った。


「そんなことしてないわっ! まあ、強いて言うなら、女子高生のパンツを見たくらいだ」

「変態」


 ストレートな罵倒。


「出来心だったんだ」

「まあいいわ。私も女子高生のパンツ見まくったし」

「……え?」


 私もって、女子が女子のパンツを見てどうするというんだ? まあ、それを言ったら、俺が女子高生のパンツを見たところで、何の意味もないのだが。


「で、この現象は一体何なのよ?」

「さあな。赤沢、お前、俺以外にこの世界で動いてるやつ見たか?」

「いいえ。あなたしか見てないわ」

「でも、お前という例があるくらいだし、もしかしたら他にもいるかもしれないな」

「そうね……。探してみる?」

「ああ。でも、根本的な解決には何一つ関係ないよな」

「それは、そうだけど……でも、誰か世界が止まった原因を、そして元に戻す方法を知っている人がいるかもしれないわ」


 それは希望的観測、楽観視だった。しかし、ネガティブでいるよりかポジティブでいるほうが、よっぽどマシだろう。


「もしも危ない奴がいたら、私のこと守ってね、相田くん」

「もちろん」


 ほとんどの人が物言わぬ石像化した世界。だから、そこに法律や倫理なんてものはない。それを破ったところで罰せられはしないし、罰する人もいない。


「あ。そもそも相田くん自体、全裸になってた危ない奴だったわね。私に劣情を抱いて襲い掛かってきたら返り討ちにしてやるから、そのつもりでね」

「お前なんぞタイプじゃないわ」

「へえ。じゃあ、私が全裸になって迫ってきても平気でいられるかしら?」

「それは、まあ……」


 俺は目を逸らした。

 多分、大丈夫なはずだ。俺にも理性というものがあるのだ。


「まあいいわ。それじゃ、行くわよ」

「どこに?」

「そうね……手始めに日本一周するわよ」

「歩いてか?」

「そうよ、歩いてよ。時間ならたっぷりあるからね」

「やれやれ」

「それじゃ、出発」


 こうして、俺と赤沢の果てしない旅が始まった。終わりが見えない旅だが、きっといつかは終わるはずだ。いつかは世界を元に戻せると信じて、俺と赤沢は今日も時が止まった世界で生きていく――。


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