→【当日まで何事もなく過ごした。 】→当然、でかけようとは言わない。


→当然、でかけようとは言わない




 かといって、流されるわけにはいかなかった。

 唐突に起こるから人は事故に巻き込まれるのだ。

 何かに気を取られてぼーっと突っ立ているところに車が突っ込んでくる、なんてこともあるうるのが現実というものだろう。ゲームだけど。


「やっぱりやめようよ。芽依ちゃんだって、母さんが無理――はしてないかもしんないけど、具合悪いのに言っても心配して楽しめないって。もちろん、俺もだけどさ」

「あー、まぁ、あの子はそうか……啓も気にしいだもんな」

「そういうところ貴方に似てると思うの! やったね似た者親子ウレシイヤッター! ということで元気もらえたからいけるいけるよ私はいけるよ?」

「妙なノリと頑固なところは君に似ているから、考えは変えないと思うよ。今日はもうやめておいた方がいい」


 記憶はさすがに幼少期だとうっすらとしていた部分も多かったから、こうして家族と過ごしていて初めて気づいたことも多い。

 性格についてもそうだ。

 なんとなくだが、今父が言った通り、俺は母に似ているようなところも多いらしい。


「夫が敵に回った。実家に帰――りません――」

「深刻風のボケも息子がよくするよ。知ってた?」

「ココガワタシノイエ、ダカラー!」

「母さんよ、さすがにうっせぇつかしつけぇ」

「あなた気を付けて……! 言葉が悪くなってるゾ! 息子も面倒くさくなると言葉が雑になるのよ、知ってた?」


 ちょっと強引なところとか、変に頑固なところとか、ボケかたまでそうなのは自覚がなかったけど。


 こうして考えると、性格が変わる前の俺は父に近いような気がしてくるのがなんとなくおもしろいところだ。

 ずっと引きずるようなところとか、現実逃避しているようで、できていないところなんかも。


「……んー。でも、芽依ちゃんはお家には呼んだほうがいいんじゃないかしら。やっぱり」


 妙におせっかいっというか、心配しすぎるような部分は事故前の俺の方が近い気もするから、結局どっちにも元から似ていたという事なのだろう。


 なんとなく。

 本当に、どうしようもないことなのだが。


 なんとなく、どうしてか、いま改めてそんなことを思って、何故だか泣きたくなった。

 嬉しい事のはずなのに、うれし涙ではなく。


 それは、俺に未だ残る残滓だろうか。

 それは、現実の家族を思い返してしまったからだろうか。

 父と、母と、現実の俺。


 明るくなったような俺は、恨むことは止めないが相手をするのは面倒になって、疎遠にしたし気にしなくなった。

 それでいいと思っていた。だって、気にしたってどうにもならないし。恨むエネルギーがないと倒れそうだから放置はしていたが、繰り返すがそれが気持ちいいわけもない。戸惑い、心配をしそうな雰囲気を出しつつ、距離感を見失った父はそれに便乗した。


 互いにとってそれでいいだろって思ってた。

 ウィンウィンじゃん、って。

 理解はできても恨まれるのって疲れるしストレスだし、それで心配している複雑さまで見せられても正直鬱陶しいし、って。


 もうずっと、目を覚まさない母を見に行って起きるわけでもないし、と。


「お母さんは気にしすぎだけど、別に遊びはするよ。え? なんでやる気だしてるの? なんでお母さんが遊ぶ気満々なんですかねぇ……俺とだけだったら別に外でもいいんですけど?」

「そんな、お母さんだって若い子と遊びたい……お父さんも若い子好きだし! 凄く!」

「酷い冤罪を妻からかけられた気がする」

「男って大体そう!」

「啓、自分を棚に上げた上に酷い話の飛躍しかただけは――似るんじゃないぞ」

「今年一くらいの真面目な顔するのやめてよ……さっきのやり取り思い出そうよ……」


 間違っていたんだろうか。なんて。

 俺は俺になってから、そういう後悔は馬鹿にしていたつもりだったけれど。


 もしかしたら、間違っていたのだろうか?

 とか、思ってしまう。


 ――わかってはいる。わかっているのだ。

 こんなものは、気の迷いのようなものだと。前の俺がお得意だった奴だと。


 現実、どうしようもないのだということくらい、わかってる。


 都合よくいくなんてのは幻想だ。

 これは、いくらリアルでも現実ではない。最初から知っているという、ずるをしているからできただけのことなんだ。

 わかっている。大丈夫だ。


 ただ、あまりに、現実に近い現実ではありえない光景が、寒い日の焚火のように思えてしまっただけだ。


 ふらふらと虫のように、ちょっと引き寄せられ過ぎて。

 冬の寒さには温かすぎたという、それだけの話だ。


「――ま、気分転換くらいにはなるだろうしいいけどね。俺も、別に嫌じゃないしね。好きでやってることだし」


 ……気分良くやってるんだ。

 思い悩みすぎるのは馬鹿らしい事。


 楽しくいこう。

 これがゲームだろうが、作り上げていっていることに違いはない。

 これをやったことで、後悔するなんてことだけは馬鹿らしいしと思うから。


「好きだって。最近の子供はやっぱりませてる! 早いと思います!」

「母さん、少し前に恋にスピード違反がどうとかいってたことを思い出せ。息子がさすがに呆れているというかちょっと本格的にめんどくさがってる」

「私のドライブレコーダーには何の記録ものこってないから……」

「俺もう迎えにいっていい? まだ茶番しなきゃダメ? もうお母さん寝たら?」






 未だ絡んでくる母になれない芽依が、それでも嫌ではなさそうに照れながら対応しているのを少し離れて父と眺めている。

 なんだこの光景は、と思わなくもないが、まぁ、必要なことなんじゃないだろうか。


「芽依ちゃんお昼何食べたい?」

「あの、もう三時です」

「芽依ちゃん。そこはもうさっき食べただろババァ! ってつっこんでもいいよー」

「いいよー」


 母が自分でいっといてかわい子ぶりながら俺の言葉に重ねるように同意する。

 肉親のぶりっこはきつい。


「母さん。本人に言われてもさすがに困ってるよ芽依ちゃん」

「男の子ももちろん可愛いけど、女の子も可愛いよね!」

「聞いてねぇよあんたの奥さん」

「申し訳ないと思っている」

「わわわ」


 茶番とはいえ、両親もわかってやっている。

 本来、子供の友達にこうまで親が絡むことなどないというかその必要はないし、場合によっては子供がとても嫌がる可能性があるし自分子供との関係も悪くなる危険もある。空気が死ぬだけなこともあるから避けるべき等々なことは多分親も俺も共通の思考のはずだからわかってやっている。

 あまりに芽依という存在が遠慮気味というか自信喪失気味であり、不安定な故に最終的にこういう形に落ち着いたのだ。

 『こういう子供』は、友達だとか関係なく近寄れそうな大人にすり寄りがちな傾向があるらしいが、芽依はそうでもないようにふるまっていた点も大きい。


「あの、具合悪いって……」

「心配してくれるの? ありがとう芽依ちゃん……」

「耳くすぐったい、です」

「おたくの奥さん、ホストかなんかやってた?」

「お前の母さんはホストもなんもやってはいないはずだ」


 お前具合悪かったんと違うんか。

 というと今度はこっちがうざがらみされそうで口を紡ぐ。

 一応考えてはいるんだろうが、鬱陶しいムーブしている時は調子に乗りがちでもある。


「具合悪くなりすぎたらお山のお社にでも夫とか息子くんがいってくれるだろうから大丈夫よ! それかお百度参りとか!」

「山? それ前いっちゃダメって言われる山?」

「あぁ、知らないか。そうだよ。あの山は色々話が合って、それだけじゃないけど、都市伝説的に色々言われているお社があるって話がこの辺の大人世代には有名でな。そのお社は色々言われている中で有名なのに、祈れば回復するみたいな奴があるんだ。母さんがいってるのはそいつだね。たどり着くまでに危ないし、野犬とか野生動物も良く出るから言っちゃダメってよく言われるまでがセット」

「へぇー」

「後、単純に私有地だから危なくなくても勝手に入ったらダメなんだけどね。その辺はあえて危ないって注意されている部分もあるよ。入っちゃダメ! ってだけだと興味を逆に持ちかねないし。強めに行っとかないといかにも子供は探検したがるような場所だしね」

「あー……」


 一歩引きがちというか。

 芽依は割と頭が悪くないし、察しも悪い方ではないと思う。子供にしては。

 だから、多分気を使ったような対応をしている事には気付いている。

 それでも、与えられると嬉しくて受け取ってしまうのだ。積極的にはいけなくても。


 そういうところを見ると、きっとそういう部分も悲劇を招いたところなんだろうなとか、おぼろげに思った。

 足りていないんだろうな。


「あ! そうだ。あのね、なんか、マラソン延期になるんだって聞いたよ! やったね!」


 恥ずかしさが限界になったのか、するする猫のように逃げて俺の隣までやってきた芽依がそんなことを言った。

 両親はそれを見てひっこんでいったようだ。後は若いお二人で……みたいな口パクは余計だが。


「誰に?」

「くるみちゃん……が先生がいってるの聞いたって」


 ぶいぶいとピースを繰り返している芽依を見つつ考える。

 くるみ。

 くるみちゃん? は誰ちゃんだっけか? と。


 しばらく考えて思い出す。

 確かあれだ。


 中心人物の一人で男女平等拳を俺からくらったやつじゃないか。

 くるみ割り人形。なんとなく、そんな言葉がふと浮かんだ。鼻血くらいで頭がぱかーんと割れたわけでもないから言い過ぎ表現なのだが。

 それはともかく。

 え? 主犯といっていいやつといつの間に話すようになったんだろうか?


「何? はなじぶーちゃんがどーしたって?」

「製造者がいっちゃだめでしょ……ドン引きだよぉ」

「出ーたなぁードン引きマシーン……は今はともかくとしても、君らいつの間に和解したんよ?」


 俺なんかドン引きというか、一歩引かれたままの存在だぞ。

 というか一年もたってないわけで。


 俺は快適で仕方がないくらいだけども。

 いや、基本流される奴だらけのはずなのに例えば暴れた次の日にでも『おはよー! 昨日はすごかったなぁ! それは今日のマンガジィン読んだ? あれさぁ』とか当の本人にニコニコ笑顔で愉快に話しかけるやつがいたら心配するけども。心配するっていうかそこまで愉快に豹変するならさすがに友達になるかはともかく興味深いすぎて関わってしまうそうだが。


 正直、今のクラスメイトで友達付き合いしたい奴もいなかったし、芽依と話せない状態でも寂しいともならない。困ることはない。

 二人組作ってください!

 と言われるような場面も『よぉ……組もうぜ……俺と……なぁ……?』という無駄に威圧的ウザがらみムーブして適当に組んでるし、それもぶっちゃけちょっと楽しめるくらいの精神。

 そういうところで開き直れるとお得である証拠だ。

 クラスメイトは愛想笑いスキルの経験値を着実に重ねているぞ。将来の役に立つことだろう。俺のおかげだな。


 しかし、それは俺の話で、芽依はまた感情的に許せないんじゃないかと考えていた。


「和解はしてないんよー? 許してないもん。ただ、輪っかから弾いて同じよトコロにいきたくなかっただけなの」

「戯言を!」

「最近すぐ逆切れ? みたいなつっこみすぐするー。流行ってるの? びっくりするよ」


 和解とまではいってないが、弾きもせず、弾かれもせず戻ったというか話せるレベルまで、知り合いみたいなレベルまで戻した、ということか。それでもマジか! といいたくなるレベルの対処であることは変わりない。

 そのほうがうまく回りそうだというのもわかるし、俺みたいなムーブするよりは賢いというのもわかるけれども……よく感情が許したな、という意味で。


 いや、そこまで進んではなかったからこそだろうか?

 俺は先まで記憶から知っているから何しても悪びれられない、というか好き勝手できるようなところもないとはいえないし。

 それにしたって、年齢の割に自制が効いているというか、寛容……とは方向が違うかもしれないが。そっちの方が都合がいいから、というのが強そうではあるし。

 ともかく、感情を制御できているというべきか。


「流行ってる、俺の中で」

「流行ってるんだ……じゃあ仕方ないかな……早めに終わらせてくださいって、啓くんの中のりゅーこー大臣にいっといてください」

「そんな大臣ねぇよ何言ってんの」

「いきなり凄い冷たい……のってあげたのに。知ってるよ、こういうのはしごを外されたっていうんだよ……」


 余裕ができた、ということかもしれない。

 追い打ちに追い打ちを重ねられたような状況から脱せた証明ならそれは良い事だろう。

 それにしても最近、性格というか傾向は加速度的にかわりがちではあるように見える。ここまで一気に前向きとかになるのはさすがに。

 しかしそもそも元をそこまで知らないといえばそうだし、気にするほどでもないはずだ。

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