身近な不老さん

O.F.Touki

名も無き博打うちと名も無き女性

1話 名も無き博打うちと名も無き女性

 世は戦もなく、平穏ながらも必死に生きる江戸の現代。

 仕事をしている者は当然忙しいが、慣れてくると余裕が出てくる。余裕が生まれれば、暇が出てくる。

仕事をしていないものもそれなりに忙しいが、やはりやることは限られ、暇が出てくる。


 少し前の時代と違って、暇や余裕があれば少しの噂にも楽しみや恐怖を感じて『狐や狸の怪』『妖怪』『隣人の悪い噂』『幕府の裏』『博打』なんてものにきびんに反応してしまう。

 この名も無き男は周りから『お前』『おい』『そこの』なんて、名前がわからないから皆にそう呼ばれている。この男は仕事はしていないが、物を盗んでは暇を持て余して博打をして暮らしている。


「四・六の丁! 」

「おっし! へへ、悪いなスケ」


 男は右に1つ飛んだスケという男にそういいながら笑って、四文を13枚かき取った。


「おい! お前今日調子ついてるな。勝負はここからだぜ」


 スケはそう言ってすごむと、ツボフリに目線を向けて2回まばたきをして見せた。

すごまれた男は薄ら笑いながらスケの顔を見もせずに、儲けた金を数えている。


「ツボいくぜ! はいツボかぶった! 」


 鉄火場に集う人達は、ツボが畳に着いたと同時に賭け金を張る者もいれば熟考する者もいて様々なのだが、連勝で調子ついている男は速攻だった。


「半! 」


 男は半に賭け、4連戦しているその賭けに乗った客達も数人続いて半にかけた。

それをみているスケは鼻で笑って数少ない丁賭けをして掛け金を合わせた。


「ふん、俺は丁だ! 」

「スケさんは丁! 揃ったか! 揃ったか?揃ったな! 勝負! 」


 ツボフリが壺を開けて見えた賽の目は1・1の丁。この結果を見たスケは当然のように笑みを浮かべ、数少ない丁賭けの者は安堵した。


「ピンゾロの丁だ! 」


 調子ついていた男は悔しくて歯をギリギリさせて、金を前へ出した。同じく期待の半に賭けた者も苦々しい顔をしており、中には男を睨むものもいる。


「なあお前。俺とサシでやらねぇか? 」

「あぁ? てやんでぇやってやるか! 」


 スケと男は群集の掛け金から別れて2人だけで丁半博打をするとツボフリに申し出て、ツボフリは二度返事で了承した。


「さぁいくぜ」


 ツボフリは自分の顔の前でツボを回し振って賽をコロコロと転がし、皆を見回していつもの決まり言葉を言う。


「さぁ、ツボいくぜ! かぶった! 張った張ったァ! 」


 群衆はいつものように掛け金を丁半いいながら賭けている。群衆は群衆で賭け金が揃ったところで、スケが一朱金相当の252枚の四文銭をジャラジャラと男の前に出した。


「俺は丁だ。お前ぇもさっさと賭けな」

「おい、待ってくれ! 俺そんな銭持ってねぇぜ! 」


 男とスケの問答に、ツボフリも群衆も2人と金を交互に見つめた。

群集の唾を呑む音に気づかされて、ツボフリは2人を無視して群集の賭け金が揃っているか確認する。


「こっちは揃ってるぜ。 スケさんとやってるソコの! 早く賭けねぇと冷めちまうぜ」

「ああいってることだし早くしろよ。銭がねぇんなら身ぐるみ全部と、痛めつけさせてもらえれば、あとは貸し金でいいぜ」


 スケはそう言って笑ったが、男といえば気が気じゃない。持っている金は四文銭42枚古い1文銭が32枚なのだ。

一朱金に比べればみじめなほどに足りない金額。


 しかし男は、こんな金で一朱金を賭けてくれるならと勝負に乗るためにボロの着物を脱いで、ふんどし一丁でアグラをかいてドッカリ座った。そしてスケを見ながらふんどしをめくって見せてこう言う。


「見ての通りこれしかねぇ。これでいいなら乗った」

「あぁいいぜ。へへ」

「俺は半!」


 サイコロなんていうのは所詮は運だ。運次第では大金が手に入る。……なんて考えている男の見た出目は--。


「ピンゾロの丁! サシの2人は三倍づけ! 」


 それを聞いて見た男は自分の金と着物を持って一目散に逃げ出した。


「てめぇまて! 今日は場じめだ! おいイチさっさとしめてあいつを追え! 」


 ふんどし姿の男が、中で金の鳴るボロ頭巾とボロ着物を抱えて夜の静かな江戸を駆け走る。


「連続でピンゾなんてあっか! ちくしょうめ! 」

「待てやぁああ! 」


 静かな江戸の外れに時速15kmの喧騒が走るなか、1人の色の白い若く美しく、長い黒髪を風にふかせる女性が男の走る方向にみえた。

男はそのあまりにも美しい女性を見つめていたせいで、足がもつれて地面に顔を墜落させた。


「とろい野郎だぜ! オラっ」

「ぐぅッ……ぅ」


 倒れ込んだ男の腹にスケの蹴りが強くはいり、男は低いうめきをあげる。

スケのとなりにいるさっきまでツボフリだった者は、男の手を踏んづけてにじり、着物と金をぶんどった。

 しばらく蹴り続けて、男はとうとう血を吐いたころ、男がつまづくきっかけとなった美しい女性が話しかけてきた。


「もし。そのへんにしといたらどうだい」

「あぁ?! 」


 スケは勢いで声の主を殴ろうとしたが、あまりの美しさと女性ということもあって手を引く。


「誰だい、ここらじゃみかけぇな」

「私は通りすがりのただのアマさね。そんなことより、もうそのへんにしとけ」


 ツボフリはいやらしい目つきで女性を見たが、それに気がついたスケはツボフリの頭を小突いた。


「そういう訳にはいかねぇんだアマさんよ。こいつには博打の貸しがあるんだ」


 そういうスケに対して、女性はうめく男とスケを見比べて1つため息をつくと口を開いた。


「いくらの貸しがあんたにあんだい? 」

「三朱と六文貸しだ」


 そう言われた女性はふところから巾着財布を出して、もう一度男とスケを見比べてから一分金を差し出した。


「あんたらそれじゃ納まりそうもないから、これでどうだい」


 そう言われて金を見せられたスケは、次に女性の目をしばらくみた後に女性の手から一分金を受け取った。


「本当になにもんかは気になるが聞かないことにする。面倒かけたなアマさん」

「私はいいけど、あんたらも大変ねぇ」


 そう言いながら女性は倒れた男の血を手ぬぐいで拭いてやり、道端に引きずって介抱をはじめた。

そんな姿をみて、スケはツボフリの方を振り返って帰ることを伝えると、もと来た道を戻っていく。

しかし少し気になるのか、再び女性の方に振り返って口を利く。


「アマさんよぉ。わりぃことはいわねぇから、もっとマシな男にしときなよ。じゃぁな」


 そう言って去っていくスケをみて女性は首を振って思わず笑みがこぼれた。


「愛さないよ。誰もね」

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