共通の敵
「これが最も現実的で有効な手段であると私は考えています。それは人類共通の敵を設定することです」
エクセルキトゥス中佐は拳を握りながら天を仰ぎ、震えた声でそう宣った。俺を置き去りにして彼は続けざまに持論を展開していく。
「古めかしいSF作品などに登場する宇宙人のように、我ら人類の敵と成り得る存在はいつだって団結を招く鍵になっていた。その源にあるのは利害の一致に他なりません。誰だって未知の侵略者に自らの既得権益を奪われたくはないでしょうから。実に単純明快です」
彼の言わんとすることは分かる。しかし、これは何を隠そういじめっ子の心理そのものなのだ。特定の個人・集団を敵と見做すことで短期的には求心力を得られるが長期的には続かない。その敵を倒してしまったならば組織は空中分解の危機になるし、そもそも倒す途中で本当に敵なのかと疑問視する声も上がるものだ。中佐は気づいていないかも知れないが、彼自身が挙げた二つ目の方法と根本は同じということになる。俺は彼を刺激しないように口を挟みたい気持ちをぐっと堪えた。
「以上を踏まえ、停戦中の両国には共通の敵が必要だった。しょうもない小競り合いに端を発したこの戦いに
更に読めてきた。どうやらこの中佐は俺を悪者に仕立て上げることで国同士の和平を結ぼうとしていたらしい。確かにそれなら俺の無茶な停戦要求だって簡単に飲むはずだ。何故ならそれは皮肉にも俺の存在そのもので既に達成されていたのだから。相手にしてみれば実質無料で設計書も手に入るし、一石二鳥ということになる。
「あのスパイの襲撃もあんたらの計画だったのか」
「その通り。まぁ、あちらのお国のレベルではしくじってしまうのもしょうがないんですがね」
不機嫌そうな中佐の態度からして、本来はあの時点で俺は今と同じようにここへ担ぎ込まれていたということになる。だがそれでも疑問は残る。
「だったらどうして俺を殺さなかった? 幾らでも機会はあったし、設計図だって手に入るだろうに」
ずっと引っかかっていたのだ。もし仮に俺が共通の敵というのならば打ち倒すのが目的であるはず。別に俺を殺したことで設計図が失われることはない。強いて言うならば正当な場で処刑することで世間へのアピールに使えるぐらいか。
「ああ、その件なんですがね」
彼は良くぞ聞いてくれたとばかりに眉を上げ、勿体振った言い方をした。
「我が軍に入りませんか? ヘルメス・シュレイヤーという人間はここで死にますが、貴方は新しい人生をここから歩める。勿論、それなりの立場はお約束しますよ。悪い話ではないと思いますが」
要は俺の腕が欲しかったということか。一旦ここで書類上は俺は殺され、存在しないはずの人間となった俺は軍人として生まれ変わるという提案。まだまだ新しい武器のアイデアは豊富にあるし、それを使えばこの軍を世界最強とまではいかずとも列強の一つぐらいには出来るだろう。それぐらいの自信が今の俺にはある。
「確かにそれはいい。実に面白そうだ」
だけれども。
「でしょう? でしたらば、今すぐにでも……」
だとしても。
「残念ながらお断りさせてもらうことにするよ」
俺は彼の言葉を遮った。もとい、遮らずにはいられなかった。
「俺は俺自身の使命のために生きている。それを捨ててまで生きようとするのは死よりも耐え難いたいことなんだ」
俺はあの日を境に生まれ変わることを決意した。言うなれば既にヘルメス・シュレイヤーは死んでいるも同義なのだ。それ故、俺は
「それは残念です。ええ、非常に」
彼はそれを半分悟っていたかのような顔を見せた。向いている方向は違えど、使命に生きる者同士だからだろうか。彼にも思う所がありそうだった。
「処置は追って知らせます」
彼はそれだけ言い残して立ち去ってしまった。彼の軍靴の音は随分と小さくなったように感じた。
◆
馬車を追いかけて裏手へと回り込んだ。馬車は無造作にそこに止められて、荷台の中身と二人の不届き者は忽然と姿を消していた。だがこんな所で踵を返すほど私は諦めの良い性格ではない。必死にそこら中を嗅ぎ回り、土埃に紛れたあの男の残滓を見つける。すると鼻先が地面にある何かにぶつかった。最初は石かと思ったが、この硬さと特有の血生臭さは鉄だ。中止するとそこには小さいながら取手が雑草のように生えていた。すると何やらその下から話し声が聞こえ、段々とそれは大きくなっていく。私は急いで近くにあった草陰に身を隠す。
「……案外、呆気なく捕まったな」
「何いってんだ、俺が居なかったら危なかったくせに」
「かかか、それもそうだな。よし、今日は俺の奢りで一緒に飲もうじゃないか」
「賛成だ!」
下卑た笑い声と共にあの取手が合った周囲の地面がそのまま持ち上がり、中から二人の男が出てきた。覆面を手に持ちながら呑気に歓談しており、やはりこちらには気づいていない。何時飛び出そうか機会を伺っていると今度は私の元来た方向から人影が近づいてきていた。二人はその影を認めるや否や姿勢を正して敬礼の姿勢になった。
「お疲れ様です! エクセルキトゥス中佐!」
先程までの会話が嘘のように、彼らからはだらしなさというものが消え去っていた。
「二人ともご苦労。慣れない任務で大変だったろう。明日は特別に有給休暇とするから存分に飲んできたまえ」
「は、はっ!」
どうやら会話は丸聞こえだったらしい。あれだけ大きな声で話していれば無理もないとは思うが、二人は焦りと喜びが混じった声で帰っていった。入れ替わりで中佐と呼ばれていた男が地面に開けられた扉の中に入っていく。ドアは開けっ放しになったままになっており、私は中佐についていく形でそっと入っていく。振り向かれたら終わりだ。
階段を降りていくと、そのまま真っ直ぐ続く通路とそれに沿って牢たちが並んでいた。外からは想像もできないほど広かったが、広いと言っても牢の数が膨大にあるだけなので閉塞感を感じざるを得ない。出来ることなら一秒でも早くここから抜け出したかったが、ここ一帯にあの男の匂いが漂っているのだ。中佐は迷いなく先を進んでいたが私は階段を降りてすぐ脇に小部屋が作られているのを見つけた。そこには看守が椅子に座りながら一人で居眠りをしていた。ここの職員はどうやらあまり勤務態度が良くないらしい。奥からは何やら話し声が聞こえてくるが、その内容までは聞き取れない。
私は怠惰を貪っている警備員の背後がちょうど通路の死角になっていることに気が付き、急ぎながらも音を立てないよう慎重に隠れた。ちょうど会話が終わったらしく、かつかつとした音を立てながら戻って来る。彼はこちらの方をまるで見向きをせずに階段を登っていった。息を出すのを束の間、頭上からがさごそと草木を揺らす音が聞こえた。
「おかしいですね、ここから視線を感じたんですが」
その独り言は私を戦慄させる。やはり先程の二人とは一線を画すものが、中佐とやらにはあるらしい。そして扉は閉められていくのだった。
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