第8話 ①お風呂、食事、ベッドは最強コンボでした

 お腹を鳴らし顔を赤らめて食べ物をねだるエリカおねぇさんは、どう見ても子供だった。

 これで天使様より年上を言いはるって、どうなの?


 テーブルについてからの姿勢や作法はきれいだったから、幼いのにすでに身につくほどの教育を受けていることになる。

 でも感心していたら、カトラリーを持ったまま半分寝始めた。やっぱり子供だ。


「っくく。お嬢ちゃんは腹がくちたら、もう眠くてたまらんようだな」


「エリカさんは今日、異能をたくさん使いましたから。疲れたのかもしれませんね」


「僕ももう休むから部屋に下がるよ。ついでにエリカおねぇさんを送って行くね」


「おう。(胸の確認も)頼んだぞ、サンクトス」


「うん(任せといてよ)」


 アロールおじさんと言葉以上の会話を交わすと、僕はかろうじて頭を上げているエリカおねぇさんをなんとか立たせて歩かせた。


「んんー。サンクトス君、もう横になっていいかな?」


「まだダメ。部屋まであと少しだから頑張って歩いてよ」


「うう。サンクトス君がつめたいー」


 ふにゃふにゃ言うので手を繋ぐと、にへっと笑った。子供だ。


「ねぇ、エリカおねぇさん、その服どうしたの?」


 客室へと歩きながら、さっきは「とにかく先に食べさせて」と言われて聞けなかったことをたずねる。


「ふくー? メイドさんが円盤で作ってくれたの。円盤万能過ぎる」


 素直に答えてくれたのはいいけど、わけわかんないし。

 メイドは服を作れない。つくろったりはできるけど、服の型を作るのは服飾師だ。


 まぁ明日にはちゃんとした服を買うから、もうこの服を着ることはないだろう。

 薄い水色で、どこかソール神の泉を思わせるこの服は、淡い色彩のエリカに似合っていたので、ちょっと惜しい。


「そうだ。サンクトス君、シャツありがとね。助かったよ」


「いいよ。僕の着替えはまだあるから気にしないで。なんだったら明日は僕とおそろいにする?」


「おそろい、いいね。楽しみー」


 にまにまするエリカおねぇさんは、どう見ても子供だ。

 至近距離からじっくり観察したところ、白黒服の時にあった凹凸がまったく感じられない。

 アロールおじさんに、あれはやっぱりニセモノだったって言おう。

 なんとなく勝った気分で客室にエリカを案内する。


「ここで寝てね……って、エリカおねぇさん、床で寝ちゃダメだよ。もうっ」


 どんな酔っ払いだよ。エリカに手早く身ぎれいにする術をかけてベッドに転がした。


「うわぁ。すごく大きいベッドだね。サンクトス君も一緒に眠れそう」


「一緒に寝る?」


「うん」


 素直に頷いてくれて助かった。目を離している間に逃げられたくなかったから、なにか理由をつけて一緒にいようと考える手間が省けた。


 エリカの靴を脱がし、自分にも身ぎれいにする術をかけて靴と靴下を脱いでベッドに乗った。エリカに上掛けをかぶせて自分もそこに潜り込む。


「サンクトス君はそのまま眠れるの?」


「これ、寝間着でもあるから」


「私もそれが良かった」


「アロールおじさんは、エリカおねぇさんが女の子だからって気を遣ったみたいだよ」


「……普段の行いが気になるところだけど、聞かない方が良さそうだね」


 へぇ。あの夜着がどういう服かわかったんだ。確かにエリカはただの子供じゃなさそうだ。他国の高位貴族の妾腹なのかもしれない。


「うぅ。靴下脱ぎたいなぁ。やっぱり寝るときは素足だよね」


 エリカはしばらくもぞもぞしていたけれど、うまく脱げないらしい。


「あーもー、これ、どうすればいいんだっけ? あ、そうだ。円盤あずかってたんだった」


「なにを」


「そんで、外す種類を指定して、置く場所も指定するんだっけ?」


「エリ……」


「あー、スッキリした。これでやっと眠れるよ~」


 さっきまでつけていた水色のリボンと泉を思わせた水色のワンピースが消え去り、僕の目の前にはシャツだけになったエリカの胸元があった。


 胸元のボタンの一番上は止まっているのに、2つめと3つめが外れている。理由は明白、シャツの隙間からあふれそうな胸の谷間がのぞいている。


「あ、今もサンクトス君とおそろいだね」


 嬉しそうに笑いながら、エリカは僕を抱きしめて足を絡めてきた。

 するりとした感触にぞくりとする。


「ちょっ、エリカおねぇさん。ドロワーズは?」


「あんなのはいてたら眠れないでしょ?」


 そうかもしれないけど! 実際、貴婦人の多くはなにも身に着けないで寝るけれども!


「はぁー。サンクトス君の湯上がり姿を見た時から触りたかったんだよねー」


 うっとりとした表情で、エリカは全身で僕をなでくりまわす。


「や。待って、エリカおねぇさんんっ」


「かーわーいーいー」


 アロールおじさんっ。ほんとにエリカは間者じゃないんだよね? 間者じゃなかったら痴女なの? むしろ娼妓だと言われた方がそれなりの対応できるんだけど、この場合はどうすればいいの?


 ひとしきり楽しまれて、ぎゅうっと抱きしめられたところで、エリカの動きが止まった。

 良かった。もう寝たかな? 寝たよね? さっきあれだけ眠たそうだったもんね?

 僕の希望に反してエリカはポツリとつぶやいた。


「……ちーちゃんもこんな感じだったのかな」


「ちーちゃんて、誰?」


 思っていたよりも冷たい声になったんで、僕は慌てて声音を意識して続ける。


「エリカおねぇさんの友達?」


「そう。いっつも一緒に寝るときはこんな風にぎゅってしてくれたんだ。こうしたら早く眠れるからって」    


「そっか」


「いつもそうだったからわかってなかったけど、今はわかる、よ……」


 もうエリカはすぅすぅ寝息を立てていた。


 エリカは不安だったんだな、と僕は今更ながら気がついた。

 そりゃそうだ。いきなり見知らぬ土地にいて、牢屋に入れられたら訳のわからないことに巻き込まれて。


「色々片付いたら、ちゃんと帰してあげるからね」


 頭を撫でると、エリカは目を閉じたままにへっと笑った。

 ほんと子供にしか見えないのに、なんでこんな体つきしてるんだろう。

 とりあえず、アロールおじさんの魔の手からは死守しよう。


 決意した僕は、疲れもあって、エリカの腕の中で眠ってしまった。


   ※


 朝、エリカと一緒だったことをすっかり忘れて、いつも通り上掛けをよけたときに出てきたのは、白いシーツの上、横向きでまどろむエリカだった。


 上半身は僕の方を向いていて、シャツの上から3つ外れたボタンからのぞく白い膨らみが、腕とシーツに挟まれて、まろい形を崩している。艶めかしく伸びた白い素足の、片足は伸ばされ、もう片足が曲げられているからか、長いはずのシャツの裾がかろうじて臀部にひっかかっているだけだ。


「うぅん」


 上掛けがなくなって寒くなったのか、エリカが身じろいで……。


「~~~~ッ」

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