第9話 勝手に板挾み系男子



パーーンと乾いた音が教室に反響、左頰に鋭い痛み。


苦痛の叫びが出そうになるのを堪える、ジンジンとした痛みから体が若干痙攣しているようにすら思える。

…これがラッキースケベに対する対価ですか。二度と御免です。


「…ごめん、普通に力加減間違えた。」


急いで素直に謝罪するが、鋭い視線がもはや物理的干渉をしているかの如くブッ刺さってくる。

潤みながらも鋭さを保つ切れ長の瞳と頬は真っ赤に染まっている。やっぱり相当恥ずかしかったのだろうか、若干息も上がっていた。


…俺のほっぺたも多分別の意味で真っ赤になっているとは思うが、ヒリヒリするし。


「危なかったわね、普段だったらぶっ殺してたわ」

「さりげなく命の危機!?

…いや、ほんとごめん。でも今は怒りは抑えていただけると…」


…すっげえ気まずい。

急がないとかなりまずいんだけど、動こうにも動けない。負い目的な感じで。

全面的に俺が悪いので変に勘繰られても仕方ないけど、この状況で仲間割れは本当にやばい、割と真面目に死に直結しそうで。


こちらがオロオロしていると電波女が深くため息をつき、その後再び目があう。

ゆっくりと右手を持ち上げ、こちらから良く見える位置に手を広げる。


「…わかったわよ、今回限り許してあげる。でも次は……潰すわ。」

「ヒェ…イエスマム」


先ほどとは打って変わって、満開の笑顔と共にナニかを勢いよく握りつぶすジェスチャー。やはりサドである。


無意識に俺の身体はごく自然と敬礼のポースを取っていた。

ついでに変に情けない声も漏れた。別の意味で恐ろしい…!下腹部に自然と力が入ると共に全身が薄ら寒くなる。


「じゃあこれで話は終わり!で、どこに移動するの?」

「火葬場…は流石に不謹慎か、焼却炉だよ」

「焼却炉…?放送室じゃなくて?」


電波女が首を傾げた、確かに守りから攻めに転じた今なら確実に鎌鼬と遭遇できる放送室に移動するのもありっちゃありだろう。


ただ、この状況なら敵がやってくるとわかっている場所で待っている方が基本的に有利なことは確実だ、現に鎌鼬はこいつを人質に学校に潜伏しているかもしれない俺を釣り出そうとしていた。

それに曲がり角などでの不意のエンカウントは極力避けたいというのも大きな理由だ。

これらを大まかに説明してがどうしてか電波女はイマイチ釈然としない顔をしている。


「でもなんで焼却炉なんて選んだのよ?別に校庭のど真ん中とかでもサシでやるなら私負けないんですけど?」


脳筋かよ、属性のバーゲンセールか?

若干呆れながらも扉に手をかけ、音を立てないように慎重に開けたのちに顔半分を廊下側に出す。

廊下は真っ暗に閑散としている。初夏はセミの鳴き声もなく代わりに名前も知らないような虫や鳥の囀りだけが静かな夜の廊下を唯一賑やかせていた。


突如、遠くの方でぎゃあ!!という嗄れた悲鳴とともに、何か重いものが硬いものに衝突するような音が閑散とした廊下にとてもよく響いてくる。


俺たち以外に人っ子一人いないこの学校で悲鳴をあげる奴は、つまり一匹しかいない。


「ふふ、バカめ。血が頭に昇ったまま急いで移動なんかするから罠に引っ掛かるのだ。」


お相手様が完全に罠に引っかかったのがわかって自然と口元が緩む、こちとら散々殺しかけられてんだから今の悲鳴を聞いてかなりスカッとした。


「おかめみたいな顔でニヤつくのも勝手だけどさっさと移動しなくていいの?」

「し、辛辣……まあ、確実に遠くにいるだろうしさっさと移動するか。

ただちょっと滑るかもしれないから俺の後ろを歩いてくれ。」


今いるのは北校舎3階の一室で、焼却炉は学校の南側の外にある。

ただ、移動するのに通っていい安全なルートは現在この学校に1ルートしかないので絶対に俺の後についてくるように釘をさす。

廊下に出る。初夏なのにうすら寒く感じたのは昔のこと。思わぬハプニングで肝以外はあったまってる、特にほっぺたとか。


最寄りの階段から急いで焼却炉へ向かう、どうせかなり距離も離れているだろうし音は気にしない。ただ唯一心がけないといけないのは急がば回れ、だ。


「罠のうちの1つは放送室なのはわかったけど、もう一つは階段にでも設置してるの?さっきの悲鳴から考えるにそんな気はするけど」


「ああ、そこらへんも含めて移動しながら大雑把に説明するわ。

えっと…倉庫に向かう前まで話したんだっけか?」



———————————

<7時50分>



腕時計を確認すると現在時刻は7時50分、3階の教室から脱兎のごとく逃走し、すでに校庭端の防災倉庫前である。


とりあえず初志貫徹だ、倉庫で使えそうなものを拝借させてもらおう。

人命がかかってるから…と心の中で言い訳しつつ倉庫の思い引き戸を引く。

外にあるからか、沓摺りに砂や石が溜まっているのと金属の扉であることが災いして扉がめっちゃ重い…!

ガガッと下のレーンで引っかかりながらも全体重をかけながら引いていく。


「っふ……っはぁ……っ!」


人一人通れるくらいの隙間を開けるだけで息も絶え絶えになる。防災用なんだから整備くらいしとけよ…


息を整えて中に入る。防災用とは銘打っているが半分以上は防災に関係ないような雑多なものが放り込まれていて、使われてないであろう多くのものには埃が積もっていた。実際ここら辺では10年以上大した災害も起こってないしこうなるのもわかるけども…鍵かかってないし防犯意識とか諸々、緩くない?


さて、でっかい鎖切断用カッター、カッターは…っと、おっ、あんじゃん!


某国民的ロボットでぺしゃん公をやってのけた悪魔が持ってたやつをイメージするが、これを武器にするには鎌鼬は素早すぎるかな。


他にも大雑把に探せるだけ探した結果、なんであるかわからないがボロい大きめのリュックサックと今年の大掃除で使う用だろうか、床用ワックスがダンボールにダースで入ってるのを発見。食用油を取りに家庭科室も行く予定だったけど、これなら予定短縮できるのでかなりラッキーだ。


早速リュックサックにワックスを数本とカッターを詰め込む…カッターデカくて入り切らねえな。

持ち手の部分が少しはみだしていてチャックが閉まらないが…まいっか。


なんで食用油を取りに行くつもりだったのかだが、先ほど逃げながら思った事として、鎌鼬の鋭い鎌ばっかりに目がいっていたけど、高速で移動できる点が最も厄介じゃないかと思い始めた。

早く動かれちゃ逃げようにも逃げられないからだ。


逃げるにしたって高速で移動されて追いつかれ、追撃されたら元も子もない。

じゃあなんで早く動けるか、よくわからないけど風かなんかを操っているんじゃないかという結論に至った。だって毎回現れたり移動するたびに台風並みの強風が吹いてるわけだし、カマイタチ自体、風が吹いている時に起こる現象とされているしな。


やたら硬くて重い扉を閉めるなんて労力したくないので申し訳なさを感じつつも扉は半開きのまま、なるべく建物から影になるような位置取りで1回の窓の開いた教室へ踵を返す。


ただ、観察するにどうやらただ単に追い風を受けて移動しているだけではないようで、その証拠として畑の前の地面が不自然にえぐれているのを確認した。


教室の手前、園芸部の育てている植物の茂みの中から再三遠くの地面を見る。

やっぱり不自然に陥没してんな…


地面に縦長のU字型の凹み、クラウチングスタートする時にできるような、進行方向に向かって前方に対して斜めに面がある、深い所では5センチ以上は陥没しているだろうか。


俺が外で鎌鼬とエンカウントした後、あいつは教室に向かって風のように消えた。その時に台風張りの強風に煽られたのは記憶に新しいが、多分だが地面がえぐれてた場所は鎌鼬が立っていた場所だった思う、つまり高速で移動するにはかなり踏ん張っていないといけないんじゃないかと俺は推測しているわけだ。


コンクリじゃわからなかったので頑張ってフカフカな土を作ってくれた園芸部にマジで足を向けて眠れない。


先ほどと同様、窓枠に足をかけて中に飛び込む。

靴もさっきと同じように教室の端の見えにくいところに隠した。


予想だけど、ロケットスタートで姿勢が崩れないよう移動を始める瞬間にめっちゃ踏ん張ってるんじゃないかと予想してる。

姿勢制御の大切さは陸上とかやってる人ならよくわかるんじゃないだろうか、正直俺は詳しくないけどフォームが大切とかと同じ理屈で鎌鼬についても考えてる。


そりゃだって、遠距離から一瞬で距離を詰められるくらいの勢いで移動してるんだから、うっかりミスして制御不可になったら大事故だろう。


つまり最大の長所に大きな欠陥ありってわけだ…あくまで予想の域を出ないけど。


その仮説に基づいた賭けではあるが、ならば学校の中で踏ん張れなくしてやればいいという発想だ。最初は廊下を油まみれにしてやろうと思った、そうすれば脅威である機動力は半減するし。

でもワックスも滑るし、最悪後始末しなくていいし、こっちのほうがいいんじゃんとなったってわけだ。


ただ学校中の廊下にワックスをばらまくには手間も量もかかってしまうので確実におびき出さないといけないか…


移動しながら大まかにだが他の教室に影がないか調べたが影はなかった、こっからは時間とも勝負しないといけないのでいちいちクリアリングしている暇もない。


教室から出て一番近場の階段を1段飛ばしで駆け上がる、靴を履いていないので足音は最小限だが滑らないようにしないと危ねえな。


急いで向かう先は2階南校舎奥、放送室。


———だったらこっちも下衆になってやろう。


あっちが最初に不意打ちやら人質やら使ってきたのだ、それに命がけなんだから卑怯もへったくれもあったもんじゃないだろ。


挑発してやろう。奴らが持ち合わせている家族愛を存分に利用して、移動するルートをこっちで操作してやる。


脳みそがかつてないほどに活動している気すらする。作戦、それに必要なもの、それによってできる罠。

次第に明確な計画が組み上がっていく。


楽しくなってきた、俺はゲームでは環境のメタを主軸にするタイプなんだ。


わざわざ1階から3階の図画工作室に人質を移動しているってことはあいつは学校内部を把握している、だからこそわざと移動先さえ絞り込めるようにすれば絶対最短ルートで移動するんじゃないだろうか。


…ここまでの1から10、全部仮説だし正しいかなんて知らないが


そもそも、ど素人が超能力持ち殺人鬼から逃げてるようなもんなんだから、推測に推測を重ねでもしないと屁理屈にもならない。


放送室に関しては…頑張るしかない。規定の時間にチャイムが鳴らせるなら時間設定してその時間に特定の放送を流すくらいどうにかなるだろ。


もちろん素直に放送室で待っててやる義理はない、とっととトンズラするか、もしくは電波女に封印してもらうかの2択になる。

ほぼ不意打ちの状況での敗北、札が残ってるかはわからないが恐らくあんまし残ってないだろうから可能性が高いのは逃亡だろうか。


ただでさえワックスまみれになってる状況で狭い校内を高速移動はしないだろう。

鎌鼬の図画工作室から放送室までの移動時間とそこからの低速移動にかかる時間が俺たちが逃げや移動に使える時間になる。


二階の北側校舎に足を踏み入れる。さすがに廊下の角からごっつんこだけは勘弁なので軽いクリアリングの後、右回りで放送室へ向かう。


ドーナツ状である校舎で、どっちでもいいのにあえて右回りに移動するのは別にレッドアイの一族理論ではない、保健室があるからだ。


一応保健室に寄っていくか、いくら暴力的で顔面モザイクな鬼巫女であっても一応女子だし。

ポケットに常備しているヘアピン2本を取り出して両手で1本ずつ、古びた木製のドアの鍵穴に挿入する。

鍵の構造自体がかなり古いものなのでピッキングは割とちょろいのだ…ちなみにヘアピンは前髪が邪魔になった時用に持ち歩いているのであって決して、決っっっしていつでも鍵開けできるように持ち歩いてるからとかではないからな?


厨二的な考えで赤面しつつもこれくらいなら10秒せずに開く、悪いことしている気分ではあるが人命救助のための致し方ない犠牲なのでコラテラルである。


夜の保健室はやはり暗いだけあって不気味ではあるが、内装だけは綺麗にリフォームされているためかそこまでである。

諸刃の剣になりかねないので使用を渋っていたがさすがに見分けがつかないので、教室に入った時に回収しておいたスマホのライトを付け、薬棚を漁る。


目についた痛み止めっぽいものや包帯、絆創膏をリュックに片っ端から放り込み、急いで急ぎ足で部屋を後にする。


鍵は…時間ないし閉めなくていっか。


さて、と。あとはどうやって教室から鎌鼬を誘き寄せるかだな…


俺がまだ学校に残っていることを鎌鼬が認識していないと電波女が別の意味でバラされるかもしれない。俺がもう一体の鎌鼬を封印したキューブを持っている以上は俺が逃げたと思われ、かつ電波女がキューブを持っていないとバレた場合、少なくとも絶対に無事では済まないだろう。


放送室へ再度向かう。ふと教室ごとの入り口上部に取り付けられているプレート、ある教室名が目に止まった。


…演劇部の部室か。

血糊とか使えば色々偽装できるんじゃね…?


俺が生きてることをわざと知らせるというのは必要最低条件、それに加えて電波女自体が余計に傷つけられるのは絶対まずい、逃げるにしても戦うにしても不利になる。


鎌鼬も馬鹿じゃないだろう。

もしかして俺がキューブを持っていることを勘付いている頃じゃないだろうか、なら尚更さっさとしないと人質が殺される危険性が高まっていく。


脳裏に先ほど想像してしまった凄惨な光景が回帰し嫌な汗が全身から吹き出した。

反骨精神で保っていた理性が再び逃げろと警鐘を鳴してくる。


ここまで作戦立てといて一か八か…適当に騒音を立てる?


なんとか隔離の札?が機能しているなら見つかってバレはしないだろうが、見えてないだけでいることはバレる。

範囲攻撃とかできそうだし、迂闊なことをしたらこっちも危険になる、そしたら巡り巡って人質になってる電波女も死ぬ。


板挟み、か。思考が空回ってるのはわかるけど現状動かないと何も変わらねえよな。


考えれば考えるほど思考が絡まって心もモヤモヤとして晴れずに苛立ちだけが積もる。


『急げ!!』との本能からのワーニングを無視し、気付けば完全に棒立ちになっていたことに自己嫌悪の苛立ちを覚えながらも、ポケットからヘアピン2本を取り出し演劇部の部室の鍵穴に突っ込む。

すると二本のピンが鍵穴に入らずつっかえた、というより鍵穴の向きが違うのか…?


というか…そもそも扉が開いてる?


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