第74話 エピローグ(1)帰国

「あー! この布積の打込接の石垣! クワントの文化圏に帰ってきたーって感じよね!」


 馬車を降りたエリカは、しみじみと城壁を見上げる。


 ──出立から三年。


 彼女が全権特務大使を務める使節団は、大陸南側の様々な国を巡り、本日、ようやく国境を越えクワント王国シンクレア領に戻ってきた。

 当初二年の予定があらゆる要因から一年延びてしまったものの、他国の文化を学び交流を深めるという任務は恙無く達成された。


「どう? 久し振りの自国の感想は?」


 振り返って訊く王従妹に、


「ええ」


 サラリと長い金の髪を揺らし、一人の女性が馬車から顔を出す。

 フルール・ブランジェ公爵令嬢。彼女は少し日に焼けた頬を華のように綻ばせた。


「懐かしいわ……!」


 目に映る風景の色や、空気の香りさえ胸が熱くなる。

 世界を巡ってきた今だからこそ、自国の尊さを再確認できる。

 フルールははやる気持ちで馬車を降り──


「あっ」


 ──ようとして、タラップに躓いた。


「おっと」


 バランスを崩した彼女の身体を支えたのは、眼鏡を掛けた整った顔立ちの男性だった。


「お怪我はありませんか? フルール嬢」


「……ネイト様!」


 この城の主、シンクレア辺境伯ネイサンだ。

 今日から数日、使節団は国境から一番近い辺境伯の居城に滞在することになっている。


「お久し振りです、ネイト様。お変わりなくて嬉しいですわ」


「貴女は益々お美しくなられましたよ、フルール嬢」


 フルールは「お上手ですね」とコロコロ笑うが、ネイトの言うことは本当で、二十一歳になった彼女は艶やかな色気を増して輝くほどに美しい。


「長旅お疲れ様でした。湯殿とお部屋の用意が出来ています。まずは体を休めて、それから旅の話を聞かせてください」


 自ら先頭に立って城の中を案内するネイトに、使節団の面々がついていく。


「ありがとう、ネイト卿。お土産もお土産話もたくさんあるわよ」


 シンクレア辺境伯とは先代からの旧知の王従妹殿下が軽口を言う。


「フルールがセン国の王に見初められて、使節団を帰らせない為に国境を封鎖した時は大変だったんだから! ね、エリック?」


 エリカに水を向けられ、フルールの傍らに控えていた執事がしげしげと頷く。


「私はフルールお嬢様を巡って南東地域で部族間抗争寸前まで行ったことも印象的でした」


「い、いえ、大したことじゃありませんのよ! ちょっとした行き違いで……」


 慌てて取り繕うフルールに、ネイトは苦笑するしかない。

 ……フルールの傾国伝説は、国外でも留まることを知らなかった。

 国境防衛の要、シンクレア辺境伯の居城は強固で広大だ。百人強の使節団を余裕で受け入れる部屋数がある。


「では、滞在中ご不便がありましたら何なりとお申し付けください」


「ありがとうございます」


 清潔な個室に通され、フルール達は長旅の疲れを癒した。

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