第63話 兄妹の語らい(1)
翌日、フルールとヴィンセントは王都の市街地に来ていた。
話がしたいと言っていたのに、ブランジェ屋敷ではなく人の多い場所に連れ出したのは、昨夜の件もあって密室で二人きりにならないようヴィンセントが配慮した結果だ。
平時のフルールの兄は、完璧な
「ここでいいか?」
ヴィンセントが対話の場所に選んだのは、大通りに面したガラス張りの明るいフルーツパーラーだった。
「ええ」
店内は木の家具とチェック柄のテーブルクロスで統一されたカントリー調で、いかにも女子ウケの良さげな雰囲気だ。
「お兄様、こういうところによく来ますの?」
「一度。ギイに連れて来られた」
……同僚に勝手にセッティングされた
席に着いて給仕に注文をすませると、微妙な沈黙が訪れる。
昨日の今日だと、やっぱり気まずい。
「あの、おに……」
何か話さなければ、とフルールが口を開いた、瞬間。
「おまたせしましたー!」
チェックのワンピースに白エプロンの愛らしい給仕が、飲料を運んできた。
「こちら、ピーチパイとミルクティーです!」
そのまま口を閉じたフルールの前にケーキセットが並べられる。そして、
「こちらはスペシャルフルーツジャンボパフェでっす☆」
どーんとヴィンセントの前に置かれた甘味の山に、フルールはぎょっと目を見張る。洗面器サイズの脚付きグラスの中には、数種類のフルーツに加え、アイスクリームやチョコやケーキまでもがぎっしり詰め込まれている。
「ご注文は以上ですか?」
「ああ」
「では、ごゆっくりどうぞー!」
去っていく給仕を尻目に、フルールは立ち上がった。パフェが横にも縦にも巨大過ぎて、座っていると正面のヴィンセントが見えないのだ。
「お、お兄様? これは一体……?」
「行儀が悪いぞ、フルール。座りなさい」
兄に無表情で窘められて、妹はすごすご腰を下ろす。
フルールがピーチパイをフォークで一口大に切り分ける間にも、ヴィンセントは黙々とパフェの山を崩していく。
「……お兄様が甘い物お好きだなんて知りませんでしたわ」
屋敷では、晩餐のデザート以外の甘味を口にするところなど見たことがなかったのに。
顔色一つ変えずにスプーンを口に運ぶ兄に、妹は感心してしまう。
「家では隠してたんだ」
パフェに刺さったビスケットを齧りながら、ヴィンセントは拗ねたように、
「男が甘味好きなんて恥ずかしいだろ」
「そんなことありませんわ!」
フルールは力説する。
「もっと早く言ってくだされば良かったのに。わたくし、いくらでもスイーツ巡りにお付き合いしましたわよ?」
「そうだな」
ふっと笑うヴィンセントが嬉しくて、フルールは続ける。
「他にも何か秘密はありますの?」
兄は上目遣いに考えて、
「動物が好きだ」
ぽつりと吐露する。
「子供の頃は猫が飼いたかったんだ。でも父上に欲しいと言い出せなくて……」
プリンを一口頬張り、
「騎士になって、馬を手に入れた」
「え!?」
そんな理由で職業を選んでいたのか!
「ブランジェ家の馬は、父母とフルールの専用馬車の馬だったからな。私も不自由なく使わせてもらえたが……。私のではなかった」
それは仕方がない。フルールの馬車は彼女の誕生祝いに購入した物で、当時はまだヴィンセントがブランジェ家の養子になる前だ。
「言ってくださればよかったのに。お兄様のためなら、猫も馬もお父様は喜んで飼う許可をくれたはずです」
「だろうな」
妹の言葉に、兄は淋しげに笑う。
「だから……言えなかった」
フルールと同様、いや、それ以上に、ヴィンセントも自己主張をしない子供だった。
……だが、主張しないからといって、何も考えていないわけではなかった。
ヴィンセントはスプーンを止め、顔を上げた。
「私の生家の話をしたことがなかったな」
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