第41話 それぞれの思惑(2)

 ゴウッ! と唸りを上げて叩きつけられる寸前の木剣と木剣の隙間にひょっこり現れた闖入者に、


「ぐっ」


「げっ!」


 二人の騎士は咄嗟に振り上げる――または振り下ろす――剣身の軌道を逸らし、寸でのところで回避する。

 ヴィンセントの木剣の切っ先が闖入者の前髪を掠め、薄茶色の細い毛が数本宙に舞う。それでも構わず、彼は緑色の瞳で背の高い騎士を瞬きもせず睨んだ。


「どーゆーことなの、ヴィンセント卿!」


 王国騎士の訓練場に乱入し、彼らの修練を邪魔したのは……、


「セ……セドリック殿下……」


 言わずとしれた第二王子だ。


「おい! 危ないだろう。頭が潰れたメロンになるとこだったぞ!」


 未だ正体に気づかず、少年の後ろ姿に怒鳴りつけるギイに、セドリックは煩わしげに顔だけ振り返った。


「はぁ? 騎士なんだから避けれて当たり前でしょ? 僕に傷一つでもつけてみなよ、反逆罪で絞首台送りだからね」


「な……」


 あまりの言い草にかくんと顎を落とすギイの代わりに、


「セドリック殿下、さすがにそれは国家権力の乱用です」


 後から走ってきたマティアスがツッコむ。発想が当たり屋だ。


「訓練場に勝手に入っては危ないと申し上げたでしょう」


 どうやらマティアスが騎士団本部の受付で見学の許可を貰っている間に、セドリックが侵入してしまったらしい。


「修練の邪魔をしてすまない。ギイ、ヴィンセント」


 騎士二人に頭を下げる秘書官を、第二王子は「あれ?」と見上げる。


「マティアス、ヴィンセント卿達と仲いいの?」


「騎士学校時代の同期ですよ」


 事も無げに返すマティアスに、ヴィンセントとギイも頷く。


「え? マティアスって騎士なの?」


 てっきり文官だと思っていたのに。


「王族の秘書官はボディーガードも兼ねていますので、武官と文官の両方の資格を持っています。私は騎士の称号を叙勲されてますから、マティアス卿サー・マティアスと呼んで頂いて結構ですよ?」


「呼ばない」


 秘書官の提案は、第二王子に秒で却下された。


「で、私にどのようなご用でしょう? 殿下」


 ヴィンセントに尋ねられて、セドリックは「それだよ!」と頬を膨らませる。


「昨日、フルールがシンクレア辺境伯家に縁談を持ちかけられたそうじゃないか! 僕がくだらない挨拶回りをマティアスにさせられている間に!」


「私のせいではなく、セドリック殿下のご公務ですからね。挨拶回りは」


 第二王子の物言いを、秘書官が律儀に訂正する。


「ブランジェ家は当然断ったんだろうね!?」


 噛みつかんばかりに詰め寄ってくるセドリックに、


「回答は保留になっております」


 ヴィンセントは困ったように答える。


「あー、もー! なんで辺境伯が出てくるんだよ!」


 少年はふわふわの巻毛を容赦なく掻きむしる。

 辺境伯は、クワント王国の国境警備の要。中央王国府に匹敵する軍事力を持っている。迂闊につつけば地方貴族を巻き込みクーデターなんて事態もありえるのだ。


「僕が王太子になったらすぐにフルールと婚約しようと思ってたのに」


 セドリックは悔しそうに親指の爪を噛む。

 辺境伯は、王家にとって一番敵対したくない相手だ。先に家長を通して求婚されてしまった以上、縁談が流れるまでは横槍を入れることができない。


「ブランジェ公爵は? フルールはどう考えてるの?」


「父も妹も、まだなんとも……」


 それはヴィンセントだって知りたいところだ。


「……ムカつく。他の貴族との縁談なら王家の権限で破談にするのに。他の奴との結婚が成立したって、初夜権を行使してでもフルールを奪うのに」


「我が国は立憲君主制なので初夜権はありません」


 不穏なことを呟く王族に秘書官がツッコむと、


「僕が王様になって専制君主制にするから大丈夫!」


 まだ王太子にもなっていないセドリックが大それたことをのたまった。

 ……第二王子に国家権力を持たせるのは危険かもしれない……。


「たくっ、まだブランジェ公爵が正式な返答を決めてないならいいや。マティアス、帰るよ!」


 用事は済んだとばかりに、セドリックは騎士達に背を向ける。それから二・三歩進んでから振り返り、


「ヴィンセント卿はどうするの?」


「……は?」


 不思議顔の公爵家嫡男に、口角を上げる。


「僕はもう、グレゴリー兄上の時みたいに傍観しないよ。君にだって負けないから」


 言い捨てて、セドリックは去って行く。


「お騒がせして申し訳ない」


 一礼して主を追おうとした秘書官に、ギイは呆れたため息をつく。


「お前も大変な部署に配属されたな、マティアス」


 言われた彼は上目遣いにちょっと考えてから、


「毎日、楽しいよ」


 屈託なく笑った。


「……マティアスも変わった奴だなぁ」


 ぼやく同僚の横で、ヴィンセントは茫然と立ち尽くしていた。

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