第33話 運命の夜会(2)

 シャンデリアに灯る無数の蝋燭が、集まった紳士淑女の影を幻想的に揺らめかせる。

 美術館の展示物のような調度品が並ぶバークマン公爵邸の大ホール。高い天井にオーケストラの音が響き、ボールルームにもバンケットルームにも人が溢れ、楽しく踊り語らい、料理に舌鼓を打つ。


「フルール嬢、踊っていただけますか?」


「次は私と」


 挨拶回りを始めた家族と少し離れただけで、フルールの周りには独身男性が押し寄せる。本来、社交界というのはお見合いの場でもあるのだから、この行動は正当だ。


「ええ、喜んで」


 公爵令嬢は断る無礼はせずに、順に踊っていく。

 しかし、いくら若いフルールでも、何曲も続けて踊れば疲れてしまう。次の方はお断りしようかしら、と思った矢先。


「やっと捕まえた」


 曲が終わってダンスパートナーと離れた瞬間に、手を取られる。驚いて見上げると、そこには、


「ユージーン様……!」


 背の高い黒髪の同窓生、セロー侯爵が優しい目で見下ろしていた。

 彼はフルールの背に手を回しホールドを作ると、一小節だけ曲に合わせてステップを踏み、そのまま彼女の手を引いてバンケットルームへと導いた。

 空いているテーブルの椅子を引いてフルールを座らせると、給仕から飲み物を受け取る。


「強引に連れ出して申し訳ない。貴女が少し疲れているように見えたから」


 ユージーンに差し出されたフルートグラスのドリンクに口をつけながら、フルールは笑うしかない。


「あら、ユージーン様ったら、なんでもお見通しなのね」


「勿論、貴女のことですから」


 嘯く彼に、また笑みが零れる。まだ数日置きに手紙や贈り物は来るものの、あのデート以来、ユージーンとは直接会っていなかった。気まずくなったらどうしようと思っていたが……。自然にお喋りできたことが嬉しい。

 ……当然、それはユージーンの努力の賜物なのだが。

 軽くつまめるフィンガーフードを数品テーブルに並べて談笑していると、


「フルール!」


 黄色いドレスの女性が手を振ってこちらにやってきた。オーケルマン伯爵令嬢ベルタだ。隣には穏やかな印象の青年がついてきている。


「セロー侯爵閣下、ごきげんよう」


「こんばんは、ベルタ嬢」


 フルールと同じく同窓生の二人は挨拶を交わす。


「紹介するわ。わたくしの婚約者のヨゼフよ」


 ベルタの婚約者は、確か大臣であるクーパー伯爵の令息だ。フルールとユージーンはヨゼフとも挨拶と自己紹介をする。


「ベルタ、僕、ちょっと父のところへ行ってくる」


「ええ」


 ヨゼフが席を離れると、ユージーンも立ち上がる。


「私も挨拶回りが残っているので。ではまた」


 踵を返す背の高い後ろ姿に、ベルタはむむっと唸った。


「しばらく見ない間に、ユージーン様ってばすっかり侯爵の貫禄出てきたわね。学生の頃よりも一回り大きくなったって感じ」


「そうね」


 同い年の彼は立派に家督を継いで自分の役割をこなしていて、純粋に尊敬する。

 ベルタはカナッペを齧りながら、


「彼、在学中は社交ダンスの授業以外では誰とも踊らなかったでしょ? あれって結構女子の間で話題になっていたのよね。どんな理由があるのかしらって。でも……卒業パーティーの時に、みんな解っちゃったのよね」


 ドキンッとフルールの心臓が跳ねる。


「フルールって、無自覚傾国属性だから、次はどんな大物釣り上げるか楽しみだわ」


 頬杖をついてニヤニヤ見つめる親友に、


「……わたくしは平穏に暮らしたいのだけれど」


 フルールはため息混じりにドリンクを飲み干した。

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