第7話 ただの幼馴染だったら……
「…………んぁあ」
結衣が家に来てから初めての休日。
休日の優志は最低でも九時まで起きない。
しかしその日、優志はラジオ体操の音で目を覚ました。
「ふん……ふん……!」
「…………」
目を開けると、結衣が元気に体操中だった。
「……何やってんだ、馬鹿」
「あ、起きた? いい朝だねぇ!」
「お前のせいで台無しだよ」
せっかくいつもよりよく眠れてたのに……とベッドから下りると、床には布団。
部屋で結衣が寝ている時にもよく眠れるようになってしまったらしい。
「……止めろ、それ」
「途中参加受付中だよ」
「参加はいいから通過させろ」
部屋の入り口でラジオ体操する結衣。
その隣を通過しながら、スマホから流れている音声を消す。
「ああん」
「……家に来てから一番不可解な行動選手権でもしてたのか」
「いい朝はラジオ体操したくなるからさ」
「嘘つけ」
なんかあったんだろ、と呟きながら、優志は朝七時に休日のリビングに下りた。
◇◆◇◆◇
結衣の意味不明な行動について、優志は大体の理由がわかる。
朝のラジオ体操に引き続き、朝のよさこいと称して激しく踊っている結衣の行動についても、優志はある程度わかっていたりする。
意味不明ではあるものの。
子供の頃から、結衣にはピンチになるほど明るく振る舞う癖があった。
明るくを超えておかしく振る舞う時もあった。
中学生の頃、家にやってきた結衣が急にブレイクダンスをし始めた時がある。
その時は、結衣が家を離れるか、一人で残るかという決断を迫られていた時だった。
結衣が誤魔化そうとすればするほど、優志はそれを察してしまう。
その度に、優志は不器用な幼馴染に同情する。
「ふー……いい運動だったぁ」
「運動したいなら外で遊んでこいよ」
「小学生に混ざって?」
「違和感ないんじゃね」
「面白い冗談言うじゃーん」
ふんふふん、と上機嫌に振る舞う結衣は、ソファに座ってスマホを持つ。
しかし画面を見てすぐにソファに置く。
今の些細な動きだけでも、優志はスマホに何かあると察せてしまう。
「よし! トイレに行こう」
「いらないんだよ宣言が」
「行ってきていい?」
「許可もいらないんだよ」
はよ行け、とぶっきらぼうに言うと、結衣はトイレに走っていく。
ソファの上には、無防備に置かれたスマホが見える。
「……見てくださいと言わんばかりだな」
呟いた後、勝手にスマホを見た後の結衣の反応を予想する。
……まあ、怒られても大して怖くはないな、という感じ。
「……自分のわかりやすさを恨めよ」
◇◆◇◆◇
結衣がトイレから帰ってくると、優志が結衣の座っていた位置に座っていた。
「場所取られた」
「離れる奴が悪い」
「言い返せない」
特に気にせずに隣に座ると、不意に優志と目が合う。
最近顔立ちが大人っぽくなってきたせいか、急に見られると少しびっくりすることがある。
「……私に文句でも?」
「いや、何も」
「なにさなにさ」
いつもと違う優志の態度を不審に思う結衣。
ただ、その理由までは掴めないまま、あることに気づく。
「……あれ、私、スマホどこやったっけ」
持ってたはずのスマホがなかった。
ポケットの中にもない。
「トイレ行ってたろ」
「あ、そっか」
そうだった、とトイレに向かう結衣。
しかしトイレを見てもスマホはなかった。
「えー、なかったー」
「そこにあったぞ」
「え? どこ?」
「俺の隣」
「そこ私座ってなかった!?」
優志の隣に戻ると、なかったはずのスマホが出現していた。
明らかに優志か霊の仕業。
ただ、優志がこんなイタズラするだろうか、という疑問もある。
「自分で踏んでたんだろ」
「……そっかぁ」
腑に落ちないままスマホを開く。
連絡のために携帯料金だけはまだ支払われているのか、一応外でも使える。
「……んん?」
スマホを開くと、何かが違うことに気づく。
母親からのメッセージの画面。
自分は、数分前に返信なんてしただろうか。
「ゆーし」
「どした」
「私のスマホ触った?」
「触ってない」
「そっか」
画面を見ると、メッセージアプリには『お久しぶりです。近所に住んでいた木船優志です。』から始まるメッセージを自分が送ったことになっていた。
「じゃあメッセージ送った?」
「送ってない」
「そっか」
じゃあなんだろう、と結衣はメッセージを読み進めていく。
最近の母親からのメッセージは『家賃払うの忘れてた』『ごめんね』『こっち来てもいいよ』。
旅人のような生活を送っている母親の『こっち』がどこかすら結衣は知らないし、行きたくもない。
だけど、母親の元じゃなく幼馴染の家にいる選択をするのも、世間的にはおかしい。
納得できる答えは一日じゃ出さそうにない。
だから、まだ読んでいないフリをして、返信はしていなかったのに。
「『お久しぶりです。近所に住んでいた木船優志です。急ですが話をさせてください。今、結衣は俺の家に居候していて、今はうちから高校に通っています。うちと高校は近いので問題ありませんが、結衣にここを離れさせるということは、高校は退学させるということでしょうか』」
「…………」
何も言わない優志。
「『あ、優志君久しぶりー! 元気ー? あー、確かにそうなると高校は退学になっちゃうねー』」
「お前の母さん軽すぎだろ」
気まずそうに呟く優志。
母親のメッセージがつい三分前。
しかし、メッセージにはさらに返信があった。
「『高校を退学させるつもりじゃなかったなら、結衣を元の家に住めるようにしてもらえませんか。もしくは、どうしても結衣が元の家に戻れないなら、俺の家で結衣を預かる許可をください』」
メッセージが送られた時間は前のメッセージの一分後。
急いで書いたであろうメッセージには、たった今返信が届いていた。
「……『ありがとー、よろしくねー』……だって」
「お前の母さん軽すぎだろ」
同じ台詞を言う優志は、ほっとしたような顔をしているように見えた。
しかし、すぐに後悔したような顔をして、
「……昼寝してくるわ」
「朝なのに!? っていうか今のについて何もなし!?」
慌てて、立ち上がろうとした優志を捕まえる。
逃げられなかった優志はそっぽを向いた。
「……悪かった。介入しすぎた」
「え?」
「若気の至りだった。若さゆえの過ちだった。今は後悔してる」
「あれ、私が責めてると思ってる?」
感謝しようと思ったら、優志に先に謝られた。
「勢いでやったんだよ。だから許せ。もう何も話すな。一生喋るな」
「え、優志照れてる?」
「今はムシャクシャしてる」
「どういう意味で……?」
今日は優志とよく会話が噛み合わない。
とにかくその場を離れたそうな優志は結衣の手を無視して立ち上がる。
「えと、私、住んでていいの?」
「出てけ」
「でも今預かる許可もらってたから」
「それは預かると見せかけて捨てることでお前の居場所をなくすための嘘だ」
「極悪非道だ!」
立ち止まった優志は、すぐに自分の部屋には戻らない。
優志の方も、結衣に何か言おうか迷っている気がした。
「……まあ」
「うん」
「お前、困ってただろ」
「……うん」
「だからやった。じゃあな」
「またすぐ立ち去ろうとする!」
リビングから出ようとする優志の背中をまた捕まえる。
結衣にも言いたいことがあった。
「えー、あー……ありがとね! 人のスマホは見ちゃダメだけど」
「ダメなら感謝するな」
「ダメを感謝が上回ってるだけだよ」
普通、他人のために人はここまでしてくれない。
普通はしないことをしたから優志が申し訳無さそうなのもわかっていた。
ただ、それをしてくれたから、結衣は助かっていた。
優志でなければ、ここで暮らすとはっきり言うことはできなかった。
「えー、そのー、ゆーしがいなかったら、私はどっか行ってたかもしれないし……高校もダメだったかもしれないし……あ、もしかしたら、死んでたかもしれないし、家族でもないただの幼馴染にそういうことできるゆーしは人間として――」
「そういうのはいい」
それを何とか伝えようとしたが、優志は言葉を遮って。
「……ってか」
「ん?」
一瞬だけ結衣の方を見ると、
「――ただの幼馴染だったら……こんなことするわけないだろ」
そう独り言のように呟き、二階へ上がっていく。
「……へ?」
その場で硬直する結衣。
数秒間経っても、それがどういう意味だったのか確信を持つことはできない。
しかし、長く過ごしてきた幼馴染の表情から、優志が何か、特別なことを言おうとしたことだけは、わかる。
「…………へ?」
優志に抱いていた結衣の思いは、その時から少しずつ、変わり始めていった。
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