九蓮宝燈を和了ったら本当に死んだけど異世界に転生したので麻雀でダンジョンを攻略するぞ

いのけん

第1話 九蓮宝燈を和了ったら

『九蓮宝燈を和了ったら死ぬ』


 まことしやかに語られる迷信だが、麻雀を打っている人でこんなものを本気で信じている人は居ない。俺だってそうだった。自分で九蓮宝燈を実際に和了ったことは無かったし、フリー雀荘でも仲間とのセット麻雀でも見たことは無いので、「実際に九蓮宝燈を和了った知人がその後も元気に生きている」という証明をもって信じているわけではないが、そんなの誰だってそうだろう。自分が体験したものしか信じられないようでは、世界中のほとんどのことが信じられなくなる。


 だいたい、九蓮宝燈はそこまで過剰に珍しがる手役ではない。人並以上に麻雀を打っていればそれくらい知っている。天和や四槓子の方がよっぽど珍しいだろう。あ、そういえば「天牌」では影村遼が2度ほど四槓子と不幸がセットで訪れていたな。ほら、四槓子の方がよっぽど不吉だ。


 そんな俺が九蓮宝燈を和了ったのは、昨日のことだ。正確に言うなら、昨日のことのはずだ。たしか、大学のセット仲間がつかまらず、行きつけのフリー雀荘で打っていたのだった。


 その日の俺は異常にツイていた。卓に座ってから一気に7連勝。常連客2人がもう勘弁とばかりに抜けて、割れた卓を埋めるためにメンバーが入ったけど、それでも2連勝。その雀荘でも前人未到だという10連勝をかけて打っていた半荘だった。


 東一局、起親が回ってきた俺は、役牌を軽く仕掛けて1000オールを和了る。

 メンバー達も「早えな」とこぼしながらも、「まだ安くて助かった」と安堵する。

 東一局1本場、2000は2100オール。「またか」とうんざりした声が漏れる。

 東一局2本場、2600は2800オール。「本当止まらねえな…」と愚痴りだす。

 東一局3本場、4000は4300オール。「ダメだもう…」と諦め気味の声がする。

 東一局4本場。これが、俺がこの雀荘で打った最後の一局になった。


【一一二三四六八九九九⑤29西】 ドラ【⑦】


 配牌から匂い立つ、あまりにも強烈な役満の香り。10連勝への王手には「まぁそんなこともあるか」くらいにしか思っていなかったが、こっちの予感には手にわずかに汗が浮かぶ。もっとも、この配牌が実らないことなんて普通にある。配牌に【白白發發中】とあったところで、1巡目で【中】が2枚切られることなんてザラだ。この配牌だって、【一】が2枚切られた時点でもう九蓮宝燈の可能性は無くなる。なんなら、1枚目の【一】だって迷わず仕掛けるつもりだ。それが麻雀で勝つということだ。


 平静を装ってスッと【9】から切り出す。2巡目、急所中の急所である【一】を、あまりにもあっさりとツモる。客が抜けてメンバー3入りになっていて良かった。さすがに後ろ見をしているメンバーが声や表情に出していることは無いと思いたいが、どうしても「ざわつき」を隠しきれなかった可能性はある。そっと【2】を切り出す。


 リャンシャンテンになったが、それでもまだ分からない。カンチャンの【七】だって仕掛けるつもりだ。3巡目、ツモってきた場に1枚切れの中をそのままツモ切り、4巡目も【⑧】をツモ切る。場に動きはない。


 5巡目、またもやあっさりと、【七】をツモってくる。


【一一一二三四六七八九九九⑤西】


 ここまで来たらさすがに、ドラへのくっつきは考えない。【⑤】を切り出す。場に2枚切れの【西】の単騎待ちになっているが、さすがに倒すつもりは無い。萬子なら何をツモっても九蓮宝燈テンパイなのだ。あとは萬子のどこをツモってくるかだ。どこをツモっても多面待ちになり、待ちの形も分かりやすい。【一】と【四】なら【一四五】待ち。【二】と【三】なら【二三五】待ち。【六七八九】はその左右対称形だ。そして・・・・・


 そんなことを考えながら6巡目に【7】をツモ切りした後の7巡目だ。


【一一一二三四六七八九九九西】 ツモ【五】


(純正九蓮宝燈テンパイ!!!)


 あまりにも順調にうまく行き過ぎて、緊張している暇も無いのは助かる。リーチを掛けて他家を抑え込んでもいいのだが、この巡目なら余計なことはしない方が良いだろう。スッと【西】を切り出した。さて、誰かから出るだろうか。


 捨て牌【92中⑧⑤7西】


 河も薄すぎる。この捨て牌に対して、どの萬子を切っても失敗になるというのは、ちと酷すぎる。よもやよもやだろう。国士無双の十三面待ちだってもう少し特徴があるというものだ。当然誰からだって和了るが、7巡目は3人とも萬子を切らなかった。8巡目、ツモ山に手を伸ばす。俺は盲牌をしない。いつもしているのと同じように、手に取った牌を自分だけに見えるように開いた。他の牌よりもほんの少しだけ強い、赤い光が網膜へ差し込む。


「ツモ」


 手牌より少し右側に、他の3人にも見えるように上向きで【赤五】を置く。他家3人のうんざりした表情がハッキリと現れる。気が早い者は一番左の点箱に入っている1万点棒に手を伸ばしている。まだ動作は終わりではない。これからするのは、これまで何千回もしてきた世界で一番気持ちの良い動作だが、今からするのはその中でもさらに最上級のものなのだ。だからと言って手を震わせたりせず、いつもと同じように手牌を開くことが大事だ。


【一一一二三四五六七八九九九】 ツモ【赤五】


「16000は16400オールと6枚」


「「「何!????」」」


 メンバー3人の声が重なる。


「マジかよ!」

「純正九蓮、初めて見たぞ!」

「おいおい、3人飛びじゃねーか!」

「すげー!!!」

 メンバー達から驚きの声が口々に出てくるが、不思議と耳に入ってこない。いや、耳に入ってきてはいるのだが、脳に入ってこない。なぜだ。そんなに俺は興奮していたのか。違う。それらの声を受け取るべき俺の身体が動きを止めているのだ。心臓が止まっている。九蓮宝燈を和了った瞬間に死んでしまうとか、そんな冗談みたいなことがあってたまるか。必死に声を絞り出そうとするが、声が出てこない。必死に身体を動かそうとするが、全く動かない。俺はそのまま、椅子から横へ滑り落ちた。遠くからメンバー達の声が響いてくる気がするが、何を言っているかも分からない。目も身体もそっちを向かない。意識が遠くなる。俺は死んでしまうのか。本当に。


 次の瞬間、俺は目を覚ました。意識を失っていたのか。倒れた後にどうなったのか。そんな疑問を挟む余地もなく、見慣れぬ街の雑踏が目に飛び込んできた。街!?


「おい兄ちゃん、こんな往来の真ん中でどうした? さっきまでそこに居たか? いきなり現れなかったか?」


 知らないおっさんが話し掛けてきたが、何も耳に入らない。おっさんは甲冑を装備して、兜を被っている。周りを見回す。見事なまでに中世ヨーロッパ風の街並みだ。甲冑を装備して武器を携えた冒険者風の男が何人も居る。長い槍を携えているのは城の衛兵だろうか。果物らしきものを売っている市場。使っている貨幣は明らかに日本円とは異なる。人々も「いかにも」といった服装だ。しかし、先程話し掛けてきたおっさんの言葉も、行き交う人々の話している言語もなぜか理解できる。値札や看板や張り紙などもなぜか読むことができる。これはまさか・・・


「俺、異世界転生したのか!!!?????」


 そこへ、都合良くチラシが風で飛ばされてきて俺の顔に引っ掛かる。このチラシに書いてある内容もなぜか俺には読むことができる。


「新ダンジョンの冒険者大募集! 新種モンスターには武器も魔法も一切通用せず、『麻雀』という特殊競技でしか討伐できないため、麻雀による冒険者適正試験を行います。」


 着の身着のままでこの世界に飛び込んだので無一文の俺に、なんて都合の良い展開だ。


「よし、なんだか分からんけど九蓮宝燈を和了ったら本当に死んで異世界に転生したみたいなんで、麻雀でダンジョンを攻略するか!!!!!」

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