59 Q:IC【闘技大会出場召集】

 乙3Dを攻略した翌日


 「これください」


 まずやって来たのは工房設備建造業者だ。

 鍛冶に必要な工場の設備一式を取り揃えるためにやって来た訳だがこちらはマリス・メリサ兄妹も含め年若い四人組。恐らく冷やかしとでも思われたのだろう、最初こそ不愛想な態度で応対してきた店員だが、予め決めていた高価な設備一式をキャッシュで買い付けようとお金を取り出したところで面白いように腰が低くなった。


 「できるだけ急ぎでお願いしたいんですけど」


 「は、ただいま工期を概算して参ります」


 あなどった相手からの厳選設備大人買いという奇襲に内心狼狽えているであろう相手に押しで行くカツゾウの交渉手腕はさすがのものだった。

 結果、さすがに一挙に買い付けただけあって好条件での予約を取りつけ、マルトに構えた一軒家の工房スペースは早くもそれなりの鍛冶施設への改装が確定した。

 一先ず当面の鍛冶に必要な設備が取り揃えられたので、あとはマリスとメリサの修行だ。


 カツゾウはついでに、そううまく事が運ぶかは分からないが工事が完了するまでの間いずこかの工房で丁稚奉公でっちぼうこうをさせられないかと、得意先の鍛冶屋で弟子を受け付けてくれそうなところをいくつか紹介してもらった。

 鍛冶スキル育成に必要な按分経験値は丙3Dと乙3Dの周回ですでにそれなりに集まっているので、勝手さえ分かれば上達はすぐだろう。


 その足で兄妹の弟子入りを打診しに、マルトで一番評判のいいドワーフの鍛冶師を訪ねた。

 鍛冶師と言えば気難しいドワーフが多いのだが、ドワーフは人情が厚く大の酒好きということで、手土産に買った酒を脇に兄妹の境遇も説明に交えつつ丁稚奉公を申し出た。

 棟梁は険しい顔で「勝手にしやがれ」と鼻をすすりながらそっぽを向いた。まぁうまく取り入ることができたようだ。

 修行は甘くないだろうが懸命に学ぶよう兄妹の背中を押すと、緊張した面持ちながらも二人揃って綺麗に頭を下げた。棟梁は「フン」とぶっきらぼうに鼻を鳴らしたが帰り際二人に塩飴をくれたのでまんざらでも無さげである。

 ついでに棟梁にはストックしておいた丙のボス魔石で通信石の作成を依頼しておいた。近々で武器や装備の作成依頼をするかもしれない旨伝え、それなりの前金をキャッシュでポンと出したのを見て棟梁は「腕は立つようだな」とワクワクがにじみ出たような不敵な笑みを浮かべた。気難しそうではあるが中々愉快な人のようだ。



 次いでやってきたのは正規奴隷商だ。

 初めての奴隷商ということもあり何故か兄妹よりも俺とカツゾウの方が身構えてしまったが、思いの外明るい人材紹介所のような雰囲気だ。一応は商品である奴隷と買い手との直接的なコンタクトも可能であり、思いがけず熱中することになった。

 各奴隷の中から、本来の目的である料理に明るい家政婦目当てで訊ねて回ることしばらく


 「料理は……家庭料理程度であれば、人並みには。家事も一通りはそれなりに……」


 そう答えたのは、先立った身内の負債を背負いつい先日借金奴隷になったと云う三十代半ばほどの未亡人だった。


 「本人以外の負債で借金奴隷はルール的にアリなんですか?」


 「契約次第で場合にっては」


 カツゾウは境遇について気になったのか奴隷商にアレコレ聞き込んでいる。

 

 名はカトレア。

 彼女の祖父の代から営んでいたという料亭を彼女と夫とで切り盛りしていたが立ち行かなくなり閉店、料亭時代の負債返済に追われている内に夫が亡くなり、彼女一人の稼ぎでは返済が追いつかず借金奴隷として身柄を拘束されたらしい。

 何とも不憫な境遇だ。これがゲーム的な感覚なら同情して彼女を奴隷として購入するところだが、ここはリアルだ。さすがにもうちょっと吟味して……


 「彼女にしましょう」


 カツゾウの鶴の一声で彼女の登用が決まった。


 その後カツゾウは人材奴隷として買い付けるにあたり試用期間を設けることはできるか、期間やその間の費用をアレコレやり取りしてあっという間に契約にこぎつけた。


 「一月の試用期間の後、正式に登用する場合は残債一括払いで彼女を購入します」


 「かしこまりました」


 奴隷商とてやり手だっただろうに、カツゾウは交渉の主導権を常に握らせずうまく話を纏めた。

 影が差すような雰囲気こそあるものの、土台柔和な面持ちのカトレアにマリス・メリサ兄妹も好印象を抱いたようで、帰りの道中で三人はすっかり打ち解けたようだった。




 ………




 居宅兼工房に帰るとカトレアは申し訳程度の庭に待機させていた金山キンザンに腰を抜かした。まぁカツゾウの前では犬っぽさ全開とは言え乙等級中ボスクラスの威圧感は健在だから仕方ない。

 帰りがけ、「こんなに使うのですか……」と不安そうなカトレアを余所に買い込んだ大量の食材の内、人間の食用と百段・金山の餌用との区別を説明し、一先ず試用期間中の家庭料理の出来を見るべく簡単な指示を出してからカツゾウと金山と家を出た。


 行先は昨日乙3Dの素材を提出した冒険者ギルドだ。




>Quest : Imperial Command




 「……以上が昨晩提出分の依頼報酬と素材買取分、乙等級攻略の報奨金となります」


 依頼内容、提出した素材に齟齬が無いようにとわざわざ作ってくれたらしい長たらしい目録を一から読み上げられ、まぁ予想はしていたが莫大な額の金員きんいんを受け取った。ついでに個人・パーティーランクともいわく冒険者ギルド最速でのAランク昇格にこぎつけたらしく何やら報奨が与えられた。


 「それから、乙3D攻略の報を受けてクアドウェッジ王国政府より指名依頼……とは建前で、【勅命】が入っています」


 はい出た。冒険者ランクが上がると必ず付いて回る厄介事。二人して一瞬ゲンナリしたが、続く受付嬢の一言で俺とカツゾウのテンションはそれなりに持ち直した。


 「「ミツカ=ミサキ、チヒロ=モリ両名は来月開催される秋季闘技大会に出場せよ」とのことです」





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