48 Q:S【契約決闘 vs. 王国騎士アリア】
「……第三騎士団マルト支団副団長、アリア・ベル・シュバリエ」
「『オウル』、ミツカ・ミサキ」
名乗られてしまったので釣られて名乗り返す。
契約決闘のコマンドを遂行し、決闘状態の小窓が表示される。
アリアと名乗った女騎士は長剣とヒータータイプの軽量盾をそれぞれの手に装備したオーソドックスな剣士スタイルなので、俺も彼女を真似てオーソドックス剣士スタイルを取る。
「始め!」
合図がかかったが、女騎士は盾を前面に据えて構えたままだ。
カツゾウの一戦を見て先制奇襲を警戒したのだろうか、対人で有利とされる後手を取ろうという算段のようだ。
騎士の横暴な物言いには腹が立ったが、カツゾウのおかげで熱は冷めるどころか既に気持ちは冷え切ってしまった。
だが騎士と冒険者の確執は街々の防衛戦力の練度向上において足枷となるかもしれない。騎士には騎士なりに統率の取れた部隊として冒険者より優位にあるという矜持があるのかもしれないが、見た限り個々の練度からそもそも問題外なレベルで足りていない。
ここは一パーティーとして、冒険者という流浪の者としてこの場の全員が気圧される程の圧倒を見せつける。騎士だろうが冒険者だろうが関係ない。彼らが人間同士で争っていることなど
後手狙いなら後手で動かせない。
「【
実丁参【絡み付く蔦】……魔法を発動すると、女騎士の足元から突如蔦が生え、彼女の両足を絡め捕る。
「なっ……!」
人間は使えないとされている【実】の魔法に観客がざわつく。
だが女騎士にしても観客にしてもその程度に気を取られているようでは話にならない。
足元に気を取られた女騎士に間合いを詰め対応を見る。
PvPの本当の苛烈さを知らないこの世界の人間にしては教科書的で悪くない流れと言える。だが人間にしても魔物にしてもダンジョンにしても、真なる強さとは得てして理不尽なものだ。
理不尽とは、相手が期待した手を打ってはくれない。
「ぐっ……」
と、女騎士は突如両足に走った激痛に呻く。
彼女が据えた盾の死角に潜り込むように身を
女騎士は依然盾を構えたまま姿勢を低くし、あくまでこの接触への対応を優先するようだ。
もはや正解などない場面に陥ってはいるが、こちらは盾の守備範囲を外して高速で射る手段も、盾ごと打ち砕く手段もある。その守りは明確に不正解だ。
若干興醒めだがまだ見足りない。すぐさま雷丁参【瞬雷】を発動し、さらに深く潜り込むように低空を迂回して瞬時に女騎士の背後へと回り込む。
想像を絶したスピードに女騎士は息が詰まった。
両足は位置取りが変えられず、盾は背後に向けるには最も遠く難しい位置にある。現状敵に最も近い位置にある剣は間合いが悪くてかえって難しい。対し、相手は雷属性のバフを纏って隙だらけの背後からどうとでも攻められる。
詰んだ。
誰もがそう思った。女騎士本人でさえも。
だがこの場で最も諦めていなかったのは詰めにかかったミツカの方だった。
足掻け!
心の中で強く叫んだ。「このどうしようもない場面からせめて一矢報いるべく足掻け!」と。
実戦なら女騎士は最早どんな手を打とうと自分の命は助からない極限状態。では諦めるのか?俺が彼女を討った後、彼女の家族や友人や仲間を皆殺しに行くとして、それに一矢報いず諦めてしまうのか?
たかだか決闘、どれだけ負傷してもそれは仮初で命を落とすことはない。決闘の後、俺に彼女とその周囲を害する意図などない。だが成す術無く一方的に蹂躙されて騎士の矜持が、意地が、勝負心がそれを許すのか。圧倒的な実力差を前にカツゾウに挑もうとした騎士がこれだけで終わるのか。
終わって
投げやりではなく死に物狂いの爆発力を見せてみろ!
「うっ……あぁああああああああ!!」
瞬間、彼女はそれまでの凛とした様子からは想像もつかないようなしゃがれた叫びと共に対象小範囲に火の柱を立ち上がらせる魔法 炎丁参【火柱撃】を発動し、自身ごと背後の俺を炎で呑み込もうとした。
まさかの自爆に騎士たちがどよめく。
火柱撃は自爆ダメージとしては割が高いが今回は残った蔦と矢を焼き切れるので悪くない。展開の早い丁と言っても何かやるぞと息んだ一撃、こちらは当然躱す。
拘束が解けた女騎士はその場に屈むように姿勢を低くする。
さぁ、今こそ剣術に最適な間合い、何で来る!
直後、彼女は水の小範囲攻撃魔法水丁弐【波打ち】と初剣弐【爪薙ぎ】を同時に展開し打ち付ける波状の斬撃 魔剣術【
間合い、タイミング、技のチョイスとしては悪くない。しかもこの世界に来て初めて見るプレイヤー以外による複合。決死の一撃が期待以上で先より俄然興味深いが、それでもまだ届かない。届かせない。
斬撃が立ち上がる刹那【受太刀】の上位互換スキル、PvPでは専ら武器破壊で用いる強力な受け 中剣漆【
「がっ……!」
さらにクリティカルによる余波を受けて女騎士はそのまま地面に叩きつけられた。
「そ、そこまでっ!!」
と、今度は食い気味に合図が掛かり決着がついた。
すぐに回復魔法で穴が開いた両足と焼けただれた皮膚を綺麗な状態に復元させる。
「ありがとうございました」
「…………ありがとう……ございました」
女騎士はこの短時間で絶え絶えになった息を整えながら立ち上がるとこちらに礼をする。
「上には上が居ます。俺から言えることはそれだけです」
中には嫌味と受け取った者も居たが、最早その場の誰も声を発することはできなかった。相手に何一つ許さずに打ち負かした様は、傍からは一見簡単そうなこなしに見えた。だがこの街の冒険者は、騎士は、今オウルの二人に打ち負かされた騎士二人がそれなりの実力者であることを知っていたがために、それを簡単そうに打ち負かす異常さを受け入れられなかった。
途方もなく遠く、途方もなく理不尽。その場に居た皆が底の見えない深淵を覗いたような恐怖を感じていた。
だが彼らは知らない。長らく二位であり続けた男の苦悩を。全身全霊を賭して遂に届かなかった頂点を。それでも真なる高みを目指して戦った者たちの無念を一身に背負ってきた男の言葉の重みを。この場に於いてカツゾウだけがそれを分かっていた。
そうして当初のいざこざが跡形もなく、冒険者も騎士も両者無言という異様な空気の中で決闘は幕を閉じた。
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