休3 ゲーマー、真面目な話をする

 カツゾウが口にした『地獄門』とは、時折不意にもたらされるNSVでは名物でもあった「地獄の門が開く」という不吉な予言を皮切りに世界各地で同時多発的に発生するスタンピードの通称である。


 通常のスタンピード溢出とは違い、地獄系のイベントでは変異種が通常のスタンピードよりも強力になる上にボス級の魔物までフィールドに溢れ返る。見かけは大惨事だが、NSVではさながらボーナスステージのごとく魔物の奪い合いだった。


 恐らくカツゾウは、状態異常【聖痕】のきっかけとなった聖書の一文について何かしら思うところがあったのだろう。

 NSVの予言とは文言が違うが明らかに不吉なそれは、聖痕を刻まれた俺たちだけでなく世界に波及する事態を指していそうに思えた。


 俺もカツゾウも現状のステータスは心許ないが、個々の技術は成熟しているので順当にステータスを育て直し、装備が揃えばそれなりのものにはなる。だが所詮個は個であり、個人で振るえる技巧、手数、体力……何から何まで限界がある。結局今のままでは有事の際に数で押し切られて滅びる可能性が高い。


 ザインやリズを始めルイーゼの冒険者育成に前向きだったのは俺もカツゾウと同様の想像をしたからだ。

 今回は一先ずは思惑通りの成果が得られた。実力が上がったことで何人かはルイーゼから外に飛び出すかもしれないが、駐留するザインやリズが居る限り一定のペースで初級者も育つだろう。


 と、人の心配もそうだが、自分の旅路についても考えなければいけない。

 「神託を授ける」ということだが、タイミングも規模も内容も何もかも分からない。今はとにかく自分自身の育成にも余念がないようにしなければならない。


 「御崎さん」


 考えていると、カツゾウが真面目な声色でこちらを呼ぶ。


 「突然こんな話をして、私のこと頭おかしいとか思わずに聞いてほしいんですけど」


 大げさに前置きして


 「今後もし、人を殺すことになったとしたら、どうします?」


 そう続けた。


 彼女の表情は真剣そのものだ。

 余りにド直球な問いに答えにきゅうすが、それは俺も微かには考えていたことだ。


 これからの冒険ではフィールド散策で野盗と出会う可能性が高くなる。NSVではそれらを敵モンスターと割り切って戦えたが、やっていることはどうあれこの世界では向こうも生身の人間だ。それを必要とあらば躊躇ちゅうちょなく殺せるかどうか。


 「……できるなら、無用な殺しはしたくない」


 我ながら腑抜けた回答だが、念頭にあるのはそれだ。


 「必要なら……けど、殺さなくていい状況をできるだけ作りたい」


 「……理解はします」


 この殺生が身近な現実において何とも日和った回答だが、彼女はそれを淡々と受け取る。


 「私はもう殺したかもしれません」


 と、歯切れの悪い言葉を続けた。


 「かも?」


 「……ルイーゼ近辺の掃討中に野盗と遭遇したんです」


 ルイーゼ近辺も出現範囲ではあるから、確かに設定的にいつ出会ってもおかしくはない。特にカツゾウは見た目が小柄な少女で高級そうな装備を纏っている上にスイッチロールの癖で武器だけは常に装備していないので、それが一人で郊外を歩いていたら格好の獲物だろう。


 「経験値をいちいち数えていないので実際には分かりません。殺さずにあしらったつもりでしたけど、腕や足を刎ねたので……冒険者でアレなら野盗程度が回復を使えるとは思わないので、もしかすると……」


 彼女としては明確にトドメを刺すことはしなかったが、結果的にはそれが致命傷になっていたかもしれないと。


 「……まぁ、それは仕方ないというか」


 「……」


 実際は野盗程度を双方無傷で撒くのは容易い。だが向こうとて命と財産を狙って襲ってくる訳で、それが野放しになっている世界において綺麗事だけで切り抜けようと言っても、俺たちが元いた世界の倫理観では美しくてもこの世界では甘いと言わざるを得ない。

 無傷で撒く手間を取るより、下手に傷付けて恨みを買うより、確実に始末することで自分たちだけでなく今後野盗に襲われる人々の危険をも取り除くのが最も合理的だろう。


 「私は、まず何より自分が死にたくはありません」


 まぁ、最優先事項はそれで間違いない。


 「なので脅威の程度に関わらず、自分の命を脅かそうという意思が明確な向こうにあるようなら、今後は割り切って殺します」


 カツゾウは決意を孕んだ目で真っすぐこちらを見据え、そう続けた。


 「……うん、それでいいと思う」


 「御崎さんがどう動くかまで私はとやかく言いません。ただ、相手の標的が御崎さんであったとしても、私はそうします」


 「分かった」


 パーティーとしての危機管理を考える上では至極妥当だ。


 彼女の決意をいさめる資格はない。俺もそうなるのは時間の問題だ。彼女と違い、俺は運良く今現在において割り切るきっかけがなかっただけだからだ。


 たかだかゲームの目的のためにではなく、今ここにある命は自分だけの恐らく一回限りのものだ。それを他人に脅かされるというなら、共に歩む仲間であるカツゾウの命が危険に晒されるなら、俺は……


 「森さんは……森さんが危なくなるような相手なんてそうそう出てこないだろうとは思うけど」


 言いながら苦笑すると「それは御崎さんもですよ」と彼女も釣られて笑う。


 「ただ、森さんがもし危ない目に遭いそうなときは、俺も最優先で森さんを守ります」


 彼女の決意に応えるべく、こちらもハッキリと目を合わせてそう言った。


 「……はい」


 他意はなかったつもりだが、捉えようによっては存分に含みのある一言に、カツゾウは茹蛸ゆでだこが可愛く思えるくらいの赤面を見せた。

 そんなカツゾウを見て、口をついて出た言葉を反芻はんすうして俺も赤面した。


 その日はそれから二人してよそよそしく、恐らくお互い「一旦寝て起きるまで保留」のスタンスで事務的に一言二言交わしただけで眠りに就くのだった。






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