4 NPC【行商 ロウェル】

 「ゲッ」「ゴッ」


 十メートルほど離れた距離から放った斬撃が二匹のゴブリンの頭を刎ねる。

 

 剣術で最初に習得する遠距離攻撃 中級剣術 壱ノ型 【飛燕】


 ここからは中級スキルなので補助エフェクト三拍子揃った一撃でも一度では熟練しない。飛燕は幅広い場面で重宝するので、現状燃費は良くないが、根気よく遠間から狩り熟練度を上げていく。

 移動しながら狩りに勤しむこと数時間。飛燕の熟練度が10に達する頃にはすっかり日は落ちきってしまった。


 

 「ステータス」


 ミツカ=ミサキ Lv.16

 種族 / 人族 性別 / 男 年齢 / 16

 HP:360/360 MP:416/416 SP:320/320

 STR:186 VIT:84 INT:62 AGI:164 DEX:200

 【渡り人】【N因子】【技巧剣士】【武芸者】

 【初級剣術極】

 壱【一閃】、弐【爪薙ぎ】、参【矛角】、肆【旋風】、伍【咬牙】

 陸【剛蹄】、漆【受太刀】、捌【打ち落とし】、玖【返し斬り】、極【嵐】

 【中級剣術3】

 壱【飛燕10】、弐【双飛斬2】、参【川蝉2】、肆【裂空】、伍【蜿咬蛇】

 陸【五月雨】

 【投擲術】片手剣投擲

 【気功術】集気10、錬気10、集錬気、纏気

 【回復魔法】ヒール5

 【生活魔法】

 光初【閃光】

 【パッシブスキル】

 不屈の精神、悪食

 弱毒耐性4、弱麻痺耐性4、幻覚耐性7、苦痛耐性3

 疲労耐性3


 駆け出し一日目にしては十分なペースだろう。スキルもその辺の魔物に苦労しない程度には網羅することができた。

 ステータスには【渡り人】を含めいくつかゲーム時代には見覚えのない項目が表示されている。【渡り人】はまぁ……何かアレだろうな、異世界がどうこう言うような。単純な状態標記なのか何らか意味があるのか今は分からない。【N因子】とやらも同様。

 他に目新しいものはパッシブスキルの【苦痛耐性】と【疲労耐性】だ。ゲームでは苦痛らしい苦痛を感じる要素は無く、疲労についてはSPの残量がパフォーマンスに影響し、若干身体アバターが重いくらいでリアルな感覚ではなかった。

 耐性を獲得できたので良かったが、他に体感できるリアルな要素……具体的には不眠、飢餓、痛覚あたりも耐性が獲得できるのかは気になる。


 不眠については、徹夜は慣れているとはいえこの世界でのパフォーマンスにどの程度影響するか未知数なので無茶はしたくない。が、動きに障る可能性を考えれば安全な早い段階でなるべく耐性は獲得しておきたい。


 この時間帯からはより凶暴な夜行性の魔物が出る。今日のところは積極的に戦わずに警戒しつつ次の街への進行を優先すべきか……

 特に夜行性で注意したいのは狼系の魔物だ。単体なら取るに足らない相手だが、今はゲームと違い夜目の補正もない中で群れとの戦いになる。現状のスキルでは各個体を一撃確殺でも無傷は厳しい。さすがに遭遇は避けたいところだ。



 ………



 歩き始めてしばらく。

 いや、普通に怖いな。


 夜目補正の重要性を甘く見て松明を用意しなかったことが悔やまれる。

 トリファには何故そこに?と思うような突拍子もない所にトーチが立っている。トリファから最寄りの街『ルイーゼ』までの夜道の供に、勝手に拝借できる薪捨て場の薪で松明を自作するためだ。

 ゲーム時代は夜目が利いたので、松明にしてもランタンにしても冒険をそれっぽくする雰囲気アイテム程度にしか思っていなかった。が、当然と言えば当然なのだが、そもそもフィールドの夜道には街灯がないので、日本の夜の街とは暗さが段違いだ。現実の散策ではしないと冒険が成り立たないということを痛感した。

 【閃光】のおかげで完全に闇の中ではないが、熟練度の低い閃光では光量も少なく燃費が悪い。

 これは参る。一人だし、人が近くにいたとて頼れるわけでもいない。唯一信じられるのは自分の腕とNSVの知識のみ。リアルな夜道に一人とぼとぼと歩くのは心が堪える。

 それでも歩みを止めずに居られるのは【不屈の精神】のおかげだろうか。


 ――パッシブスキル 【錯乱耐性】 を獲得しました


 混乱耐性なら覚えがあるが錯乱耐性て……

 つまり不屈の精神で何とか耐えられているかもしれないこの状況は常人では錯乱しかねないようなものということか。まぁこんなよく分からない世界に放り込まれたことも含めて考えると普通なら錯乱していてもおかしくはないか。


 そんなこんなでとぼとぼと歩くうち、何やら香ばしく癖のある臭いが漂ってきた。

 野道の自然味溢れる青臭さの中で明らかな異臭。何かを燻しているのか、少なくとも何者かの手で起こされた人為的な臭いと見て間違いなさそうだ。

 この辺りに物を燻すような知性を持つ魔物は出ないはず……いや、ゴブリンあたりはもしかして火を起こしたりするのか?ゴブリンもコロニーを築いたりするくらいだから、何らかの生活文化を持っていても不思議じゃない。仮にゴブリンだとしたらこの辺の個体は警戒するまでもない。盗賊だったりした方がよっぽど厄介だ。

 ……迷うところだが、一度臭いの元を辿ってみるとするか。



 ………



 「……おや、これは驚いた」

 

 臭いを辿って行くと、商人風の初老の男がテント脇に焚火を構えて佇んでいた。

 

 「あぁ、すみません。嗅いだことのない臭いがしたもので」


 「臭い?……あぁ、獣除けのことですかな」


 男は焚火の脇から何やら焼き鳥のようなものを取り出す。

 おお、懐かしい。初心者御用達の獣除けアイテム【獣除け】(そのまんま)だ。

 確か一定時間獣系の魔物を退ける効果があるとかで夜道の狼の群れ避けで使う初心者が多かった。現実だとこういう香りなのか。

 

 「冒険者さん……にしてはまた綺麗なお召し物ですな」


 男が訝しむ通り、今の俺の装備は冒険者にしては小綺麗すぎる。

 これはNSVのベータテスト参加者が初期装備として入手か、最上級ダンジョンで極低確率のボスドロップ、或いはイベントで景品として取得できる特殊装備の初期形態だ。今は空っぽだが付与のためのスロットが貴金属の装飾をちりばめたようなそこそこ派手な造りとなっている。一応装備の括りとしては「祭服」に位置付けられ、格は最上位。初期形態とはいえさぞ場違いに見えていることだろう。

 ただ、冒険者としてはギャップがあるだろうが、そんな風貌だから野盗と警戒はされなかった。

 

 「いえ、冒険者ですよ。これから冒険者になろうとしている駆け出しですけどね」

 

 「ふむ……」

 

 男は無精ひげをこすりながら俺の風貌を一瞥すると

 

 「……何でしょうな、とても駆け出しとは思えない雰囲気が……いやしかし駆け出しであれば獣除けを知らないわけですな。私はロウェルという行商です。昔は冒険者をやっていたこともあります」

 

 にこやかに笑って焚火の脇に腰を下ろした。


 「御崎 満嘉です。なるほど行商ですか」


 これは僥倖だ。

 行商であれば今まで採取した魔物の素材や魔石をいくらか買い取ってもらえるか、食料や水分などの生活物資と交換してくれるかもしれない。

 と、名乗ったところでロウェルは目を見開いた。


 「あぁやはり貴族のお方でしたか。しかしお一人でこのような辺境に……」


 「ん?俺は貴族じゃ……あぁ」


 そうか、名字か。

 この世界のNPCは貴族かそこそこ名の知れた位の人物しか姓を持っていなかった気がする。そこにきてこの装束では勘違いされても仕方ない。


 「すみません、誤解させたようで。俺は貴族じゃありませんよ」


 「ふむ……そう仰るなら、そういうことにしておきましょう」


 ロウェルは一瞬訝しむような顔をするが、にこやかに頷いた。話の分かる人だ。


 「それにしても丁度良かった。こんなところで行商と出会えるなんて」


 「はは。まぁ大したものではありませんよ。今やルイーゼからトリファへ生活物資を運びに往復するくらいです」

 

 「ルイーゼとですか!」


 先ほど発ったトリファと丁度これから向う目的地とを往復する行商。カモネギか?


 「俺も丁度向かっているところなんです」


 「それはそれは……獣除けも持たずに夜道を身一つで、それができる腕もきっとお持ちなのでしょう。ではミツカさん、その腕を見込んでよろしければこの後ルイーゼまでご一緒していただけませんか」


 はは、いやーこんなうまい話があるとは。

 道中護衛がてら親睦を深め、上手くいけば行商の伝手で何かと便宜が得られるかもしれない。


 トリファは村の作りから村人の数まで大体記憶通りだったが、気になったのはNPCの不気味なまでの自然さだ。

 魔物を相手取ったときのリアルな感じにも驚いたが、人の方は今まで現実で見てきた生身の人間と遜色ない生気に正直ゾッとした。何せこれから飽きるほどしてきたNPCとのテンプレなやり取りではなく、生身の人間と接し、時には自分の力で交渉もしながらこの世界で生きていかなければならないかもしれないからだ。


 「寄る年波には敵いませんでな」


 「是非とも。腕には自信があるので、護衛は任せてください」


 「頼もしい」とカラカラ喉を鳴らし、ロウェルはテントから水と食料を取り出して分けてくれた。


 それからしばらく、ロウェルの話に耳を傾けながら、ここでは初めての他人との交流らしい交流で朗らかな時を過ごすことができた。

 

 そしてやはり話すうちにじわじわと実感が湧いてきた。

 

 このゲームにそっくりな世界で、自分以外の登場人物はプレイヤーかNPCのどちらかではなく、一人一人生身の人間なんだということを。

 考えを改めよう。ここでのコミュニケーションは人と人なんだな。


 それに、これまでゲーム感覚で普通に屠ってきた魔物たちにも命があるのだろう。今更悔いも怖気もないが、やはりそれらが自分の中でリアルさを増していく度に恐怖は嵩む。


 今の俺の命もきっとリアルなんだろうな……


 そう思うと、端からぐーすか寝るつもりもなかったが、話し疲れてか無防備に寝始めてしまったロウェルの脇でとても眠る気にはなれなかった。





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