職場のアイドル、三姉妹と呼ばれる学生アルバイトのセンターに、非正規アラサーのぼくが告白しようとたら。

美香野 窓

KOIKATU


一生に一度の結婚式を、今日は三度もしなくちゃならない。

午前の披露宴は、アクアマリンで十時から、午後はローズピンクで二時から。最期は、マリーゴールドか。


事務所で配布される予定表を見ながら、胃が重くなる。

一生に一度だからこそ、ぜったいに許されない失敗。

ここへきて、フリーターの古株が、ホテルから消えた。


担当するテーブルへ、グラス、皿、ナイフ、フォーク。その他いろいろセットしてゆく。

ティースプーンが百個ぐらいつまった銀の網カゴが、不思議な魚に見えて、見惚れてしまう。

「たらたらヤッてんじゃねえ!」

黒服の人の怒号で手を動かす。

はやくしないと。


なんとか、始まりの四十五分前に完了。ホッ。


扉が解放されて、招待客がテーブルを埋めてゆく。あっという間に、新郎新婦入場、挨拶、いざ乾杯の段になって、田丸さんがバックヤードから、会場へ駆けだした。


なんだなんだ?

バックヤードで控える不安な面々。


戻ってきた田丸さんに副支配人がつめ寄る。

「間に合った?」

「・・・・?」

田丸さんは綺麗な横顔で副支配人の怒気を受け流す。

「だれ!セッティングしたの!」

副支配人が黒服の人をどやす。

黒服の人は、ポケットから配置図を取りだし、刑事みたいに調べる。

「友野!おまえだろ!」

「はい」

不安になっている面々の中から、一歩前に出た。

「どうしてくれんだよ!」

副支配人に食われそうな勢いでにじり寄られた。

乾杯の段になって、ぼくがセットしたテーブルのシャンパングラスが一個、足りなかった。

気づいた招待客が、田丸さんに指摘、そしてシャンパングラスを届けにダッシュ。一生に一度の乾杯に間に合ったか微妙・・・というところで、ぼくは職を失おうとしていた。

「副支配人、配膳がありますので。友野、行け!」

黒服の人が間に入ってくれた。

ぼくは遅れを取り戻すため必死に駆けた。

「時給引いとけ!」

副支配人の怒鳴り声を背中に浴びながら。




配膳には、三姉妹と呼ばれる大学生アイドルがいて、皆からもてはやされている。

田丸さんは、三姉妹の一人だ。

あとはおおざっぱに、名前のある人、ない人で分けられている。ぼくには名前がない。

アラサーでフリーターで名前のないぼくは、三姉妹の田丸さんに恋していた。




その夜、手痛い失敗を慰めようと、先輩フリーターの工藤さんが、誘ってくれた。

居酒屋へ向かう途中、迎えにきた車に乗る田丸さんを見かけた。

田丸さんは帰りが遅いと、お父さんがむかえにくると聞いていた。

ぼくの一年ぶんの稼ぎをつぎこんでも、買えない車に田丸さんは乗りこんで、夜の街から去っていった。

アルバイトもきっと、社会勉強のためとか。要するに、田丸さんはなにからなにまで、ぼくとちがう人種だった。


ぼくと工藤さんは、目の前にぶら下げた「夢」という人参めがけて突っ走る間柄。けれど、ぼくは工藤さんのように、もはや走っていない馬だった。



工藤さんは、人気のボイストレーナーと契約できたと、うれしそうに報告してくれた。

「よかったです」

我ながら空っぽの賛辞で、帰りたくなった。


帰りの事務所で、黒服の人に声をかけられた。

「中途半端やってんなら、もう来ないでいいから、夢とやらに120パーセントかけてくれ!」


「夢」それは、ぼくにとって、実現不可能を意味した。

「夢」それは、ぼくにとって、アラサーで非正規でいる、隠れ蓑にすぎなくなっていた。



「そういえば、工藤さんて、彼女いましたっけ?」

「いるよ。応援してくれてる」

応援してくれているかどうかまで、聞いていない。

彼女いるか?イコール応援してくれる。

へんな方程式が確立しているのに驚いた。


結婚適齢期で、彼女がいて、非正規で、夢を追いかけている。

イコール彼女に迷惑かけているというのが世間の方程式だ。

それでも突き進む。というのが工藤さんの夢に対する姿勢なのだ。


「田丸さんに、恋しちゃって」

工藤さんはびっくりして、口からもれた生ビールを拭った。


「ムリだよー!三姉妹は!え、友野くんて、今、夢どうなったの?」


黒服の人が言ったとおり。ぼくは中途半端だ。ほんと。

「彼女とかいないほうが、しがらみなくて、いいと思ってたんだけど」

「田丸さんと付き合えるなら、定職についてもいい」

「マジか!友野君、自分の立場をわきまえろ。仮に定職についたとして、それが田丸さんにとってなんの魅力がある?彼女は大学生で、遊び盛り、学生アルバイトのリーダー格と仲良くやってるみたいよ」

「それ、マジっすか!?」

「そこ、食いつくとこじゃあなーい!土台がムリだって言ってんの。それより、夢だろ。夢叶えて、その舞台からバカにするヤツら、見返してやろうって、え?ちがったの?」

「夢って、自分が犬になったり、空とんだり、そういうものなんですよね」

「夢は、眠ってから見ろって、こと?」

「いや!そういう意味じゃ・・・」

工藤さんが突き刺す視線をぼくに向ける。

ぼくは、黒服の人から見放され、工藤さんからも見放されようとしている。



「田丸さんのこと、はっきりさせたら?次につながんないよ。そんなんじゃ」

工藤さんはしらけ切って立ち上がり、会計に向かった。

一人取り残されたテーブルで、生ビールを見つめながら決意した。

話しことない田丸さんに声をかける。

「そこからかよ!」

生ビールを一気飲み。


チャンスは突然やってきた。

田丸さんとぼくで、マリーゴールドにヘルプに向かうよう指示された。

マリーゴールドまで移動するのに、およそ十分間、ぼくは田丸さんと二人きりになれる。


しかし、非正規、アラサー、名なし、三姉妹。そんなワードに口をふさがれた状態に。

けっきょく、エレベーターに着くまで、一言も発せず。エレベーターの中、二人きりになったはいいが、逆に気まずく、何も言い出せない。

いい匂いの田丸さん。一人暮らしの男臭いぼく。

三姉妹に恋するなんて、自分の立場をわきまえろ。工藤さんの声が聞こえそう。


「友野さんて、鳳凰店で働いてました?」

まさか、田丸さんから、話しかけてくるなんて。

言葉につまる。

しかも、鳳凰店で働いていたこと。なんで知ってるわけ?

「覚えてますか?」

田丸さんは、ぼくの顔をまじまじ見つめた。


眼鏡をかけた、地味で真面目な女子高生。


「え?田丸さんて?」

「思い出してくれました?」


たまたま休憩室でいっしょになった女子高生に、相談されたことがあった。

周りが真面目すぎてつまらない。自分がどんどんつまらない人間になってゆくのが怖い。


「ひそかに、憧れていたんです。友野さんに」

「え!」

エレベーターのドアがゆっくり開いた。ぼくは田丸さんと歩きだす。

「夢、まっしぐらに追いかけて、輝いて見えました」

今ぼくは、鳳凰店時代のぼくから、「おまえ、なにやってんの?」

と言われている。

「ごめん」

「どうして、あやまるんですか?」

「こんなん、なっちゃって」

「乾杯の時、わたし、必死に走りました」

「あ!あの時は、ほんと、ごめん」

「お客様に、粗相はできない」

「おっしゃる通りで」

「でも、いちばんに思ったのは、間に合わせてたかったんです。乾杯に」

「はあ・・・ありがとう」

先生から、厳しい批判ばかり受けた。いつしか、心折れたぼくに先生は言った。

「ここで、折れているようじゃ、どっちにしろ無理だよ」

ぼくは廃品だ。


「わたし、必死に駆けたんです。間に合いましたよ。乾杯に。まだ間に合うんじゃ、ないですか?」

そして、ぼくはホテルを去った。田丸さんとまた会う約束をして。









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