【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の七


「もう一度言うぜ……下がりな、忍野。

 《大魳オオカマス》は、まだまだデカくなるからよ」

 急ぎ距離を取る忍野を待ち、《鮫貝》が半径を広げていく。

 十分に距離を置いた見物衆に緊張が走る。それほどに凄まじい高回転である。

 半径8メートルまで成長した竜巻は、なおも勢いを増しながら、動き出した烏京を追い始めた。 

 

 ──なんだ、この技は。

 足を速め、砂利道中央の《御所の細道》を踏んだ後、烏京は改めて、旋風と化した《陸亀》を観察する。

 《鮫貝》の回転は、確かに驚異的だ。白線尖端の爪は、見かけ以上に重い。投げを極めた烏京の見立てでは、比重は鉛以上。あの速度で叩きつければ、骨すら砕くだろう。白線に刻まれた鋸刃も危険だ。

 しかし。どれほど速くとも、回して当てるだけでは児戯に等しい。

 起こりを隠す気すらない回転運動。速くとも消せない周回の隙。ただ振り回すだけで勝てるなら苦労はない。

 ならば鎖鎌のように、回転の勢いを利してまっすぐに尖端を放つか。

 否。これだけ遠心力が大きければ、御するのは極めて難しい。鎖分銅でも、回す際には半径を小さく取る。こんな馬鹿げた範囲で回す技は存在しない。

 加えて、今の洋は片脚が死んだ状態にある。 

 左を引き摺るその歩みは、烏京にすれば亀同然。いかに激しく振り回そうと、松羽の技ならその圏外から仕留められる。

 《鮫貝》を振り回した程度で、両者の差が埋まるわけもない。

 しかし。頭のどこかで囁く者がいる。

 何かおかしい。用心しろ。そんな囁きを消すことができない。

 

「オオカマスてのは、南にいる魚食性の魚でな。

 1メートルもあるくせに、群れで魚柱トルネードを作る。

 同種のオニカマスはサメより凶暴で、《バラクーダ》の異名で有名だ」

「──魚に詳しい辺りは、腐っても魚々島か。

 だが、無駄な足掻きだ。

 その足で何をしたところで、結果は変わらん」

「そいつぁ、やらなきゃわからんさ」

 ともに《細道》の上で対峙する、怪傑二名。

 肝が冷えるほどの風切り音をまといながら、洋の動きは穏やかだ。白線を回す右腕すら、ほとんど止まって見える。

 その状態で、右脚を前に滑らせる。遅れて左脚がついてくる。遅いが安定した、コロで巨石を動かすような前進である。

 対する烏京は先刻と同じく、右手のみ上段に上げた構え。後退りで距離を保ちながら、油断なく洋の動きを探っている。

 その眼差しが一点で止まり、険しさを増した。

 双眸が映すのは、洋の指だ。《鮫貝》を握り込む右手の親指と人差し指。その二本で白線の根元を挟み、制御していることに気が付いたのだ。

 頭上で唸りを上げる白線の回転は、すでにヘリコプターもかくやという速度に達している。白線は薄い金属製である。これほどの回転を加えれば、容易に金属疲労を起こしそうなものだが、この指を巧みに使い、帯の負担を減じている。荒れ狂う鋸刃を指二本で扱いながら、洋は涼しい顔だ。

 ──落ち着け。奴はすでに詰んでいる。  

 手順を誤らない限り、自身の勝利は動かない。

 烏京は素早く距離を取り、用心深く足元の玉砂利を掬い取った。

 洋の反応は──ない。左脚を引き摺りながら、緩慢に進めるばかりだ。

 烏京は覆帯の内でほくそ笑む。

 脳裏の警告は杞憂だった。洋の足は間違いなく死んでいる。

 弾丸装填の不安も、もはやない。後は《オオカマス》の圏外から、敵が動かなくなるまで礫を打ち込めばいい。勝利は時間の問題だ。

 無論、敵が何らかの技を用いて、射程を伸ばしてくる可能性はある。

 だが、遠心力にたのんだ技は、威力の代償に読みやすい。いかに高速で回そうとも、その変化は手元で見て取れる。起こりのない《アゴ打ち》に比べ、対応は遥かに容易い。10メートルなら確実に安全圏だ。

 その10メートルに差し掛かる寸前、烏京は動いた。

 《竈門打ち》で放たれた《平型》の石手裏剣が、洋の喉元に挑みかかる。

 右手を上げた洋にとって、首と腕が並ぶ左側は避けづらい。そこを衝いた一投だが、洋は体を揺らして、これをいなした。なおも弧を描き喰い込む《平型》だが、太い首に弾かれ、洋の後方に跳ねていく。

 ──回転、か。

 烏京の鋭い眼差しは、洋のわずかな動きを見逃さなかった。

 被弾の刹那、その部位に捻りを入れている。見逃すほどの一瞬、されど強烈な回転。それが衝突の方向を逸らし、ダメージを最小に抑えている。

 スピンをかけた《竈門打ち》が効かない理由もこれでわかった。回転に回転をぶつければ、弾く強さは倍になる。銃弾すら弾くのではないか。肥満体の丸い輪郭あらばこその──

 パンッ!

 血煙とともに、烏京の鼻が消し飛んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る