【序幕】選抜、魚々島 洋 其の三
洋が最初に感銘を受けたのは、その構えだ。
剣術の歴史に於いて、二刀流は傍流である。
両手で武器を操る難しさに加え、二本差しのそれは大刀を片手で自在に振るう膂力を求められる。
それ故か、二刀流は攻撃に傾倒しがちだ。嵐のような手数で圧倒し、敵が二刀に慣れる前に倒す。一期一会の実戦では理に適っているが、術としては浅い。
対する忍野の構えは、まるで砦のようだった。
左手左足前の半身構え。左の小刀は顔の前で
小刀で上を、大刀で下を護る意図は瞭然だが、長く威力のある大刀を前に出さず、弓につがえた矢のように引き絞っているのが特徴的だ。
この構えから繰り出せる大刀の攻撃は突きしかない。一方で迎撃前提なら、懐は深いほどよい。敵の攻撃を引きつけた上で対応できるからだ。小刀を前衛、大刀を後衛とする二段構えに例えればわかりやすい。要は堅牢な防御の型である。
「流石にわかってるねえ、他流試合ってもんを」
恐怖とは未知の異称である。
他流は何が飛び出すかわからない。その怖さを知るが故、忍野は防御を固め、うかつに間合いを詰めない。
何でもありの戦いに於いては定石だが、それを学べる場所が平和な日本のどこにあるというのか。堂に入った構えは紙一枚差し込む隙もなく、達人の風格すら漂っている。
「オレの前にも結構な数、《選抜》してきたってところか」
「然り」
「それを全員ぶっ殺してきたわけだ」
「──私からも一つ、お尋ねしたいことが」
構えは不動のまま、忍野の目が洋の手元を射た。
「それが洋殿の得物ですか?」
指摘は無論、洋の握る《鮫貝》のことだ。
「
「私には文具にしか見えませぬが」
「なるほどねえ」
シュルルル──パチン。白線を軽く引き出し、巻き戻してみせる洋。
「なら、早くかかって来いよ。
それともあんた、立派な大小抜いて、文具相手に待ちの一手か?」
「然らば」
洋の挑発を受け、おもむろに忍野が動いた。
洋を中心に円を描く動き。構えを維持し、大刀の剣先を洋に向けたまま、秒針のように周り続ける。洋も向きを変え対峙の形を続けるも、両者の間合いはみるみる縮んでいく。円はいつしか螺旋に移っていたのだ。
ここに来てなお、洋は構えを取らない。棒立ちのままだ。
剣が届く間合い──撃尺に達した忍野に、迷いはなかった。
左の小刀が閃いた。
白刃が往復し洋の目、転じて喉を切り裂くも、手応えはない。
並みの者ならば驚愕する局面だが、忍野は違った。
すでに、右の大刀で突きを繰り出していたのだ。
それは小魚の躍る水面下で、音もなく潜行する大魚にも似た、丁寧な突きだった。力も速さもないが、気負いもない。人一人貫ければそれでよい。無欲、無心の突きだった。
「──惜っしいな」
その突きまでもが、空を切ろうとは。
忍野は絶句した。
相手は身長以外、あらゆる数値で忍野の倍はあろう肥満体である。動かしやすい頭部で避けられたならまだわかる。しかし首から下は違う。面積、体積、体重。どれを鑑みても、回避はありえない局面だった。
しかし現実に、洋は丸い図体のまま、へらず口を叩いている。
「今のは《海蛍》でも際どかったぜ。気配も綺麗に消えてた。
けど、技の組み立ては要工夫だな。
小刀で注意を引くのは、あのレベルの突きには逆効果だ。かえって警戒される」
解説する洋自身は、元いた位置から微動だにしていない。
逆に退いたのは忍野の方だ。再び砦の構えを取り、態勢を立て直す。
忍野が思わず呻いたのは、その時だった。
見たのだ。洋の手元から伸びた白線が、知らぬ間に自身に届いているのを。屹立したままのそれが、退く寸前まで
気配は皆無だった。事前は無論、事後すら気付けない鮮やかさだ。おそらくは忍野の三連撃のさなか。躱しながら巻尺を振るったのだろう。確かに絶好のタイミングだが、ならばあの回避は片手間でこなしたというのか。
「《鮫貝》ってんだ。なかなか便利な文具だろ?」
軽快な音を奏で、白線が洋の手中に巻き戻る。
だが、忍野の驚きにはもう一つ理由があった。
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