心構え 元カノの披露宴出席 -俺の場合-

樹本 茂

第1話

「それでは、新郎新婦のご入場です。皆さま、盛大な拍手を持ってお迎えください」


司会の女性が妙なハイテンションで呼び込むと会場の下手の一番遠い中央の扉が開き、そこからグレーのタキシードを着た新郎と白のウェディングドレスを着た新婦がスポットライトを浴びて打ち合わせ通りに一礼し歩みを進めた。


あぁ、そうだ。そうそうこの顔だ。いま、記憶が合致した瞬間。


きつめの大きな目に上がった眉。薄くて色っぽい唇に通った鼻筋。目の脇と右頬にホクロ。総じて“美人”のくくりにかろうじて入る部類だ。化粧を落としたときは別人かと思ったが……それと、新郎はひょろっと背の高いお兄ちゃんだね。聞けば年下らしい。全体に奴隷臭が漂う。


言っておくが、全部褒め言葉だ。


大音量で流れている音楽は……知らん。俺は一時期、海外で働いていたので、その間の日本の出来事がぽっかり抜けている。おそらく、その間に流行った歌なのだろうな。


新婦のドレスはスポットライトを浴びると反射する素材が編み込まれているのだろう、全身から小粒の光がダイヤモンドダストの様にキラキラと見る者の心を打つように煌めいている。


会場の来賓たちもどちらかと言えば新婦の煌びやかさに目が移り、新婦のドレスの光と同じように小粒な歓声を上げている。新郎は刺身のつま?いやそれ以下だな、完全に付け合わせだ。


念のためにもう一度、言っておくが、全部褒め言葉だ。


二人がひな壇に登り一礼すると、司会の女性は段取り通りに進行を進め始めた。


俺は、今、新婦の友人のテーブルにいる。俺の位置はひな壇の二人に対して丁度背中側に当たるのでかなり上半身を捻じ曲げないとみることは出来ないのだが……


いい加減、疲れたのと、それほど(興味が無い)。なので、身体を向き直しテーブルと正対すると、丁度それは、俺以外の新婦の友人が俺の肩越しに、新郎新婦を見るようになるのだ。それは、まるで俺そのものを見ている様な錯覚を覚える。


いや、錯覚では無い。肩越しに二人を見ているようで明らかに俺を観察している。俺のテーブルには俺を除いて6人のうら若き女性が鎮座されている。あるものは振袖、あるものは天女の羽衣よろしくドレスで着飾っていらっしゃる。新婦は30手前、20代最後の年だ。最近では初婚年齢が後退していると聞くがまさにその通りで、俺の前で優しく微笑んで俺を観察しているご友人たちも同じようなお年なのだろう。


何故俺がこのテーブルにいるのか?新婦の友人席にいるのか?


それは俺が新婦の元カレだからだ。


いや、答えになっていないな。


親戚でもない。新郎の友人でもない。余計な事をしゃべられでもしたら困るだろうしな。そこで、取った苦肉の策が新婦のご友人席なのだろう。


それはある日、俺のポストへとやって来た。


「……結婚披露宴の招待状……あぁ、サチか」


俺の元カノ、サチ。不幸の幸と書いてサチ。


え~と、別れたのは、もういつになるだろう?


半年どころでは無いはずだ……


一年か?多分それくらいだろう。その後の消息は全く不明だし、共通の友人等と呼べるような奴なんかいなかった。と、記憶している。それに、おそらく季節一個分くらしか付き合っていなかった。


一見さんの様な彼女だった。


それが、何故?いや、想像はつく。彼女の性格ならこんな感じだろう。


思い出してきた。


俺は、彼女に一方的に別れを告げた。性格の不一致って奴だ。早い段階でそれを感じ取って実行に移した数少ない例だ。俺はどちらかと言えば結構、粘る方なのだが、この彼女に関して言えば、すぐに答えを出して、今の今まで忘却の彼方にあった。


早速、俺は返信のはがきのご出席の“ご”と“欠席”を二重線で消してポストに投函した。これはチキンレースだ。このはがきを送ってきたフェーズが元カノのターン、この時点であっちは俺の出方を窺っている。そして、このはがきを送り返すことで俺が攻撃を加える。


さぁ、どうだ?欠席のハガキが帰ってくることでも想像しているのか?


このハガキを送り返したらどうなる?俺はどのテーブルに入れてくれるんだ?

考えただけでも、わくわくする!


この元カノ、結婚式のドタキャン常習者で前科2犯だ。一度は式の一週間前に、二回目は当日にけつをまくった実績がある。本人が英雄譚の様に無神経に吹かしていたのを思い出す。


そうそう、思い出してきたぞ、そういう無神経なところが一番俺は無理だと思っていたが、更にアメリカ人のご友人が残したとかいう留守電を俺に聞かせて、訳せとか言い出したな、その内容が、まあ……二人の秘め事を詳細に語る内容で、俺はこの時点で阿保過ぎると見切りをつけたんだ。


そんな奴だ。今回はどうなるのか、また、けつをまくるのか、アリーナ席で見てやろうじゃねえか。そんな気持ちもあって酔狂な俺は何の迷いもなく元カノの披露宴に出席している。


元カノの披露宴に出席するってどういう気持ち?これよく聞かれるやつ。どんなも、こんなも特別何もないよね。新郎をみてグヌヌ、とか奪ってやろうとか本当に無い。


別に普通だ。


………………


本当にそうか?

本当に……


いや、心の奥の奥ずっとずっと奥は、普通にしている自分を演じたい。普通にしている強い自分を演じてそう周りに見られたい。


あとどれくらいで披露宴が終わるかを心の中でカウントダウンしながら……正直なところそんな感じはあるけど、それだけだな。


そして、


元カレが出席している披露宴。

それを知っている周りのギャラリー、オーディエンスは披露宴の余興よりも興味があるのは明白で……


まず最初、会場に入ると、どれ?やら、誰?やら、ひそひそ話が新婦の友人内で始まる。前もって情報が共有されているのだろう。これがフェーズ1だ。


次のフェーズ2、その新婦の友人の中で俺を知っている奴が俺のところに来てお酌をして何やら聞き出そうとする。おそらく、フェーズ1の打ち合わせの結果、聞きたい事でもまとめてくるのだろう。式も中盤になるとそんな感じになる。その時、決まって友人たちはその様子を遠巻きにキラキラした目で見やがる。いや、ご覧になる。


そして、最終フェーズは新婦の両親が長い間お世話になりました。と、挨拶を恐縮しながらしてくるのだ。


その3フェーズを平常心で乗り切る鋼の心臓を持っていれば何の事無く披露宴は終わる。


ああ、言うのを忘れていた。


俺はこれでも、元カノ披露宴出席三回目のベテランだ。


最初の元カノ披露宴は、社内で付き合っていた彼女だった。別れた後に、社内不倫して、いやダブっていたのか、それから、社内不倫がバレて、その年に入ってきた新人君とその年のうちに結婚した。結婚まで一年と無かったのかな?詳しくは知らん。


その時に出席したのが初めて、まあ、招待されているのが、訳を知る社内の人達なので、あたりは少なかったし、雰囲気も社内の飲み会のようだった。全方位敵のようなアウェイ感は全く無かった。もしも、元カノ披露宴に出席する事が有るのなら、元カノ披露宴初心者は、ここからスタートすることをおすすする。


あ、ちなみに、そいつらは、結婚後半年で離婚した。付け加えておく。


二番目は、結婚式どうするか?で、もめて別れた彼女が何年かしたら、放流した鮭のように結婚式の招待状で帰ってきた。この時は、元カノのご友人たちがある程度知り合いだったから、まあ、さほど酷い感じはなくて終わったけど、当の本人から、何で来たんだって凄まれた。じゃあ、何で招待状送ったんだと俺は言いたい。


そんな感じだ、俺の場合は。


詳細はそのうち時間があれば、書き示そう。


おっと、たった今、ご友人たちがキラキラした目で俺にお酌をしに来たから、これで、一旦、終わるとする。それじゃ、また。

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心構え 元カノの披露宴出席 -俺の場合- 樹本 茂 @shigeru_kimoto

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