第十五章 ドイツ留学
第134話 15-1 下宿先の大ネズミ
オリンピックが終わった後の夏休み期間中、優奈はドイツへ行くことにしていました。
崎島教授から連絡をしてもらって、ハノーバー獣医大学のHelmut Waizel教授を紹介していただき、8月15日から31日までの間、ハノーバー獣医大学解剖学講座のゼミに特別に参加することを許されたのです。
単なる聴講生であるし、聴講費用もかかるのですが、中々にできない体験であるからと崎島教授も大いに勧めてくれたのです。
無論日本人だからと云って特別な待遇はなく、滞在期間中全てがドイツ語主体での生活になるのです。
ワイゼル教授は、私が崎島教授のお勧め学生ということもあって特別に下宿先を紹介してくれました。
2018年に元ハノーバー獣医大学教授であった夫が亡くなられ、寡婦となったフランツィスカ・ゲール女史65歳の家でした。
出発前からヘルムート教授とフランツィスカ女史には何度か国際電話で打ち合わせをさせて頂いて、8月15日関西空港10時発のルフトハンザ機に搭乗しました。
関西空港からフランクフルトへ飛び、フランクフルトからハノーバー空港へ国内便でフライトするルートです。
フランクフルトには現地時間15日14時50分着、同17時10分発のハノーバー行に乗って50分。
18時過ぎに、優奈はハノーバーに降り立ったのです。
ここからはリムジンバスでハノーバー駅へ移動し、そこからU-Bahnと呼ばれる地上も走行する地下鉄で最寄りまで行く方法もあるのですが、U-Bahnの最寄駅からだと徒歩で1キロほど歩かねばなりません。
二週間の旅行用の大きなトランクを引きずって行くのはいかにも難儀ですよね。
従って、ハノーバー駅からはタクシーでフランツィスカ女史の家まで行くことにしました。
フランツィスカ女子は空港まで迎えに行こうかと言ってくれたのですが、優奈は丁重にお断りしました。
「私のおばあ様と同じぐらいの年齢の方に、わざわざ迎えに出て頂くなんてとんでもない話です。」
そう言ったらフランツィスカ女史は笑いながら言いました。
「余り年寄扱いしないでね。」
とにもかくにも大きなトランクを持ってハノーバー中心部から東南東へ5キロほど離れたフランツィスカ女史のお屋敷にタクシーで辿り着いたのは、19時過ぎのことでした。
フランツィスカ女史は、身長が170センチと大柄ですが、優奈を初めて見て驚いていました。
「あら、まぁ、大きな子ねぇ。
日本人は胴長短足で小柄だと聞いていたのに、どれにも当てはまらないわ。
それにとっても美人ねぇ。
誰に似たのかしらねぇ。
お父様、それともお母様?」
そう言いながら家に招き入れ、優奈をテーブルの前に座らせた。
テーブルには二人分の食事が用意されていました。
「祖父母からは、どちらにも似ていないと言われていますね。
母からは確かに自分が生んだ子だけれどこんなに大きくなるなんて、時々違うんじゃないかと思うことがあると言われました。」
「おやおや、じゃぁお母様は小柄なのかしらねぇ?
あなたのお部屋には後で案内しますよ。
まずはお食事にしましょう。
おなかが空いたでしょう。」
「はい、いただきます。
因みに母の身長は、多分156センチぐらいでしょうね。」
二人は、ダイニングキッチンで食事を始めました。
マッシュドポテト、にんじんと牛肉の赤ワイン煮込みに黒パンなどが用意されています。
以前、ドイツの一般家庭では黒パンにハムやパテ、それにビールぐらいが夕食であり、簡素だと聞いたことがあります。
従って、用意された料理は、多分、かなりのごちそうではないかと思うのです。
食事中でも女史が盛んに話しかけてきます。
「そうか、今思い出したわ。
ユーナは、随分前にハンブルグで観たモデルさんに感じが似ているの。
確か、・・・・。そう、ジェイ・ルミナッツォというモデルさんよ。
夫のゲオルグの出張に合わせて旅行した時に、たまたま時間調整で入ったファッション・ショーのモデルさんだった。
当時は20歳ぐらいで、今のユーナみたいにポニーテールだったけれど、ブルネットなのにとてもきれいな娘だったわ。
興味を持ってその後で調べたのよ。で、名前が分かった。
ブラジル人らしいけれど、褐色肌のラテン系というよりもどう見ても白人系だったわよ。
ユーナも髪がもう少し茶色だったり、目の色が別の色だったら絶対に日本人としては思われないわよ。」
「そうですね。
以前髪の色を染めたら遠目では友達にも外国人と勘違いされました。」
「そうでしょう。
私はテレビをあまり見ないので良くわからないけれど、ユーナならすぐにアイドルになれそうね。
きっとハンナの子が貴方を好きになるわ。
ハンナは間もなく40歳になる私の娘よ。
15歳の女の子と13歳の男の子がいるの。
貴方に興味を持ちそうなのはきっと15歳のヘンリエッタの方ね。
彼女は芸能界系の男女に憧れている。
13歳のクルトはどちらかというと体育系の有名人にあこがれているみたい。
サッカーのトーマス・ミュラーとかマリオとかがテレビに映るとそれこそ大騒ぎ。
明日にはハンナと一緒に遊びに来るはずだから会ってあげて。」
家の中の案内は、翌朝、朝食が済んだらすることにして、食事の後片付けを手伝いました。
フランツィスカ女史は、お金をもらうのだから手伝わなくてもいいと言ったが、優奈は同居人の義務ですと言って手伝ったのです。
その日、ユーナには、ハンナさんが娘時代に過ごしたと言う部屋を割り当てられて、そこがドイツ滞在中の優奈の部屋になりました。
ベッドとクローゼットに勉強机があるだけの至って簡素な部屋なのですが、これで十分です。
テレビ代わりにラジオが置かれていました。
着替え等をクローゼットにしまい込んでから、優奈は早速ノートパソコンを開いて、ワイゼル教授に、無事ゲール邸に着いたこと、予定通り17日の月曜日に、大学の研究室の方へ向かうことをメールで通知しました。
優奈はどこに行ってもすぐに寝られるのですが、その夜は途中で目覚めてしまいました。
夜中に特大のネズミが出たのです。
それも二匹です。
屋敷に住む精霊が教えてくれたのでした。
見張り役としては、精霊や妖精は適任なのです。
お茶目ないたずらを時折仕掛けてきたりもするけれど、何せ眠る心配がないし、根は正直で、優奈に優しいから頼んだことは真摯にやってくれるのです。
大ネズミには、止むを得ず、優奈が対応することにしました。
とてもフランツィスカ女史が対応できるとは思えないからなのです。
何しろ身長2mを超える黒装束の大男が二人であり、手には大型のサバイバルナイフを持っていました。
何処で知ったかフランツィスカ女史の家が一人住まいと知ってやってきた強盗の様ですね。
手のナイフは最初から使うつもりではなく、一応脅しのつもりらしいです。
余り関わりたくない連中ではあるけれど、大家さんに万が一のことがあると困るのは優奈なので、此処はどうしても強盗さんに仕事をしてもらっては困るのです。
優奈はパジャマ代わりのトレーナー姿で転移し、暗闇の中をそっと歩いて、男の一人に背後から声をかけました。
「おい、誰だ。」
そう、ドイツ語で呼びかけると慌てて身体を回してナイフを突きつけようとするけれど、優奈が大人しくそうさせるわけがないのです。
ナイフを持った腕を捩じることで関節を決めたまま、素早く体を躱しながら捻るように引き落とすと、大男の身体が宙を舞い、板の間の床に大きな音を立てて叩きつけられたのです。
床はしっかりしているから大丈夫ですが、男は首から盛大な勢いで叩きつけられ一瞬で意識を刈られたのです。
当然に、もう一人の男が気づいてナイフを腰だめにして優奈に向かってきました。
普通の相手ならそれでも通用したでしょうけれど、今回は相手が悪かったのです。
優奈は瞬時にナイフを躱しつつ、男の懐に入って、掌底で相手の顎を突き上げました。
アサドの時にも使った技であり、一瞬で相手の命を絶つこともできるのですが、今回は少々手加減してやりました。
自業自得ですから頸椎捻挫ぐらいにはなるかもしれませんけれど、もう一人と同じく一瞬で意識を失うことに変わりはありません。
その男も大きな地響きを立ててリビングの床に倒れたのです。
そこでようやく大きな物音に気付いたフランツィスカ女史がお出ましになり、リビングの明かりをつけて口に手を当てて目を丸くしていました。
優奈は夫人にお願いして警察を呼んでもらいました。
やって来たハノーバー市警察キルヒローデ分署の警官に対し、優奈は、物音に気付いて一階に降りたところ、不審者二人を見つけ、ナイフを持って襲われたのでやむなく応戦し、相手を倒した旨を話しました。
男たちの風体と状況からして男二人がナイフを持って不法侵入したことは直ぐにわかったので、優奈にはお咎めが無かったものの、翌日午後には刑事が来て事情を確認することになりました。
因みに現場検証のために数人の警官が進入路から居間までの写真撮影などを行ったために夜中にも拘らず二時間ほど夫人と共にお付き合いをさせられました。
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