第十四章 東京オリンピック

第131話 14-1 オリンピック陸上競技

 2020年7月24日ついに東京オリンピックの開幕式が開催されました。

 これより前にサッカー競技だけは先行して開催されているのですが、優奈に関わりはありません。


 オリンッピク出場選手の結団式は7月11日(土曜日)に行われていました。

 ホテルに集まり、記者会見に臨み、祝賀会を催すだけなのだけれど、出場選手全てが参加すると大変なことになるので、実際に集まるのは在京若しくは有力選手だけで全体の2割程度に収まるのです。


 それ以外の選手は所在地の陸協が壮行会を開催しているのが通常です。

 世界陸上でもあったのですけれど、優奈の場合、最初のロンドン世界陸上の時は結団式には参加していないし、ドーハの時は出場を断ったからいずれも経験していないのです。


 但し、今回は毛利オリンピック実行委員会委員長のオーダーにより、優奈の参加が絶対視されていたのです。

 オリンピック準備委員会も名称を実行委員会に変えて組織も大きくなっているのです。


 毛利会長曰く、看板娘を表に出さんと何事も始まらんのだそうです。

 実は5月の段階から優奈に色々な役柄が土日にまぎれ込んで来ていたのです。


 中でも雑誌及びポスターの写真撮影は最たるものでした。

 とっかえ、ひっかえ、ウェアを変えて撮影されました。


 それまではアイドル歌手の田中さつきが看板代わりだったのですが、ここにきて体操のイケメンプリンス真下英二と優奈が正しく東京オリンピックの顔になりつつあったのです。


 開会式は、新装なった新国立競技場で、12万の大観衆が見つめる中で行われました。

 優奈は、選手宣誓の役割を担わされ、日本語、英語、中国語、フランス語、スペイン語、ロシア語それにアラブ語の7か国語で宣誓を行いましたから、これまでで一番長い選手宣誓になったはずです。


 開会式は様々なイベントが組まれていました。

 中でも優奈に知らされていなかったサプライズは、本格派歌手と評判の悠木碧、辛島奈美、佐村英子、大橋美空の四人が歌う場面に優奈も引っ張り出されたことでしょうか。


 彼女らの歌う曲は「You Rise Me Up」、そのコーラスに入れられ、気づいたらソロまで歌わされる羽目になっていました。

 優奈の歌声が競技場に響き渡り、改めて優奈が歌手としても素晴らしい才能を持っていることが多くの人に知れ渡ったのです。


 優奈のオリンピックは、陸上競技の初日7月31日午前9時35分から七種競技の100mハードルで始まりました。

 第一日目、優奈はいきなり七種競技100mハードルで11秒85を出し、世界記録更新をなしたのです。


 次いで、七種競技走高跳でも2m31を跳んで世界記録を更新し、記録更新のラッシュが始まりました。

 七種砲丸投で19m82の日本記録を更新したばかりの優奈は、砲丸投決勝で20m21の記録を出し、今期オリンピックの陸上競技では第一号となる銅メダルを獲得しました。


 更にその直後に、七種200mでは19秒92で世界記録の更新を果たしたのです。

 第一日目最後の種目である10000mでは26分05秒03で世界記録を更新し、日本初の金メダルを獲得しました。

 優奈はこの日だけで四つの世界記録を更新し、一つの日本記録を更新したのです。


 第二日目、優奈は七種競技走幅跳では8m15で世界記録を更新し、七種競技槍投で84m42を、七種競技800mでも1分41秒42を出して、それぞれ、世界記録を更新したのです。

 無論、七種競技の得点は10104点となり、これもまた世界新記録となりました。


 第三日目、問題のマラソンの日です。

 早朝から暑い日差しが照り付ける中、マラソンは午前6時スタートで開始されました。


 気温はスタート時で既に26.8度、これから日中にかけてさらに気温が上がり、最高気温は36度が予定されている猛暑日なのです。

 雲っていれば良かったのですが、生憎と雲はほとんどない快晴状態なのです。


 優奈はいつも通りスタートから飛び出しました。

 最初の5キロのラップタイムは13分47秒前後とソウルのラップよりは遅いけれど、かなり速いペースと言えます。


 しかしながら2位グループは2分以上も遅れて15分後半のペースであるため、既に700m以上も引き離されているのです。

 予想されていたことではあるけれど、男子トップランナーでさえついて行けないスピードに女性ランナーがついて行けるわけもありません。


 優奈の独り舞台が始まりました。

 優奈は5キロごとの補給地点で必ず水分を補給しました。


 これまでのマラソンでは無かった珍しい光景です。

 優奈は全く水分を補給しないわけではないのですが、フルマラソン全体では通常3回程度しかとらないのです。


 しかしながら徐々に上がる気温で汗をかいており、優奈の身体は水分が不足しているのです。

 10キロを27分35秒ほどで通過して行ったけれどが、朝の6時半ごろであるにもかかわらず気温は27.4度にまで上がっていました。


 このマラソンは暑さとの闘いになりそうです。

 優奈が中間点を過ぎた時点で気温は28度を超えていました。


 しかしながら優奈の速力は落ちていません。

 ソウルマラソンよりも50秒ほど遅い58分10秒で中間点を通過していたのです。


 20キロのタイムも55分8秒と50秒近い遅れを示しています。

 30キロのラップタイムは1時間22分43秒程、ソウルマラソンとのラップ差は1分にまで開いていました。


 この時点で関係者が心配していたのは、記録よりも優奈の体調でした。

 有力選手を含めて既に10名を超える選手が途中でリタイアしているのです。


 気温は29度を超えているのです。

 しかしながら選手が走っているアスファルトの路面は太陽に照らされて熱くなっており、路面温度は40度近くになっていました。


 このために熱射病でリタイアする選手が続出、2位以下の選手のタイムは総崩れになっているのです。

 優奈は汗だくになりながらも水分を補給し、走り続けています。


 40キロを超えた時点で1時間50分18秒程、このまま走り切れば2時間を切ることは間違いありません。

 しかしながら、気温は既に30度を超えているのです。


 この気象では突然倒れることもあり得るのです。

 誰もが優奈を心配していた。


 8時前だと言うのにゴールであるスタジアムで待ち受ける大勢の観衆は、優奈が無事に競技場に入って来たのを見届けた。

 スタジアムの中は冷房が効いていて涼しいのだが、外は既に31度を超えていた。

 優奈のタイムは1時間56分20秒であった。


 世界記録はならずともオリンピック新記録であり、優奈に託された夢は果たされたのです。

 優奈はテープを切って、いくらか走った後、立ち止まり、膝をつき手をついて四つん這いになった。


 途端に世界陸上での1600mリレーのゴール直後のシーンを思い出し、観衆は青くなって一瞬静かになった。

 優奈はそのままの姿で荒い息遣いをしていたが、やがて起き上がると、軽くジョギングしながら、トラックの外を周回しだした。


 誰かが持って来た日の丸の小旗を掲げながらウィニングランで一周をした。

 笑顔を観衆に向け、時折手を振って応える優奈の姿に安心し、喜んだ大観衆でした。


 そうして、この日夜8時以降に行われた400m準決勝、1500m準決勝に出場して勝ち残り、三段跳びでは18m42を跳んで世界記録を更新していたのです。

 また100m決勝でも9秒93で世界記録を更新しました。

 過酷なマラソンを制してわずかに12時間後の事であり、世界中の人々が驚いたのです。


 第四日目、200m予選、円盤投げ予選及び400mH予選を勝ち残り、400m決勝で44秒32を出して世界記録を更新しました。


 第五日目、5000m予選、棒高跳び予選、100mH予選、槍投げ予選、走り幅跳び予選、400mH準決勝及び200m準決勝を勝ち残り、円盤投げ決勝では77m58を記録し、1500m決勝では3分18秒59のタイムでそれぞれ世界記録を更新した。


 第六日目、800m予選、100mH準決勝を勝ち残り、走り幅跳び決勝、200m決勝及び100mH決勝では、七種競技で塗り替えたばかりの世界記録を更新しました。

 走り幅跳び決勝で8m21、200m決勝で19秒91、100mH決勝で11秒83の記録でした。


 第七日目、走り高跳び予選、400mR予備予選、400mR予選、800m準決勝を勝ち残ったほか、槍投げ決勝及び400mH決勝で世界記録の更新を成した。

 槍投げ決勝では84m61、400mH決勝では47秒27を出したのです。


 第八日目、1600m(4×400m)R予選は、勝ち残りました。

 棒高跳び決勝では6m36を跳んで世界新記録を作りました。


 5000m決勝では、12分37秒16で世界記録を更新しました。

 400m(4×100m)R決勝では40秒56とロンドン世界陸上よりもタイムを伸ばしたのですが、残念ながら米国に僅差で敗れ、銀メダルに終わりました。


 第九日目、走り高跳び決勝では2m33を、800m決勝では1分41秒39でそれぞれ世界記録を更新しました。

 そうして最後の種目である、1600mR決勝で、優奈は5位から劣勢を挽回、ロシア、USA,ジャマイカら強豪を抑え、見事に金メダルを取ったのです。


 タイムはロンドン世界陸上のタイムを僅かに上回る3分18秒08でした。

 100m近い劣勢を挽回した優奈の走りは、何故か練馬の大根抜きという言葉でネット上に広がってしまいました。


 「東京のごぼう抜き」とされたものが、その後東京なら「練馬の大根」だろうと言って練馬の大根抜きになってしまったようです。

 オリンピック女子陸上競技は、この九日目ですべての日程を終了したのです。

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