第28話 3-16 全国インターハイ

 ユースが終わると28日から山形でインターハイ全国大会があります。

 因みに学校は7月20日から8月一杯まで42日間の夏休みなんです。


 前日の27日に山形入りした近畿勢一行は、山形駅周辺のビジネスホテル三か所に分散して宿泊することになっています。

 予算の関係もあって、出番と表彰が終われば、適宜山形を離れてもいいことになっているのですが、途中離散組は、3日目午前と5日目午前の便にまとめられて引率者がそれぞれの県庁所在地まで送り届けることになっているのです。


 残念ながら、優奈は3日目と4日目の出番であり、なおかつ、4日目の最終競技である800mは午後6時25分からの競技となっているために、31日までは山形に宿泊しなければならないのです。

 但し、翌日の8月1日0945発JAL2234便で山形空港から伊丹空港へ、そうして伊丹からバスで神戸に戻る予定なのです。


 世界陸上参加の目的で訪英する優奈は、インターハイが終わったなら、できるだけ早く英国に向けて出発する必要が有ったので、日本陸連が特別に山形からの航空券を用意してくれたのです。

 勿論、インターハイ全国大会に同行してくれている佐伯女史の分も一緒なんです。


 妊娠が発覚した吉川女史は、今回のインハイから完全に外され、代わりに佐伯女史がインハイ全国大会に同行してくれているのです。

 単なる神城高陸上部OGとしてのボランティアではなく、今回は県陸協からの正式な依頼による同行だったのです。


 このため旅費は勿論、少ないながらお手当ても出ている様なんです。

 佐伯女史は優奈ちゃんのお陰でちょっとしたアルバイトになっているよって言っていました。


 ホテルから競技場への移動は、原則、近畿5県の陸協が共同で準備した貸し切りバスで移動することになっています。

 遊びたい盛りの高校生にとっては他所の街に来て羽根を伸ばしたい者もいるのでしょうけれど、全国大会で多数の若者が集まって来ることから警戒態勢も強化され、夜中に高校生がうろついていると注意を受けることになるらしいのです。


 無論、飲み屋の多い所謂いわゆる盛り場の入り口には、間違って高校生が立ち入らないよう県警が機動隊を派遣して警戒しているのです。

 商店街にも異常なぐらい警官が溢れているようですね。


 一昨年のインターハイ全国大会で繁華街に繰り出した男子高校生のグループが地元の暴力団準構成員と見做されている若い男たちとめて乱闘になり、出場選手数名が大怪我のために翌日の大会に出場できなくなるという大変な不祥事が発生した影響で、昨年から高体連は全国大会開催地の県警に警備要請を出しているのです。


 この場合、競技場の警備ではなく、街に繰り出すであろう他府県の高校生達の警備なのです。

 結局は参加する高校生達も無言の圧力を受けて、開催地で歯止めのない遊びなどはできなくなっているし、引率の先生方の指導が非常に厳しくなっているのです。


 それでも通常の高校生の行動であれば容認されているので、男子高校生は別として、コギャル達は結構町中に繰り出しているようですね。

 間もなく山形名物花笠祭の開催であるため、街中の街灯、街路樹にはたくさんの桃色の造花が飾られているのがちょっと珍しい風景でした。


 買い物に出かけるならば、山形駅前の商店街か、市内中心部にというショッピングモールがあるのですが、優奈は、訪英のための手続きなどもあって結構忙しいのです。

 何しろ、日中は競技場に行って兵庫県選手の応援、ホテルに戻ってからは持参したノートパソコンで真田女史などと毎日やり取りをしているのです。


 幸いにして、何とか訪英の目途は立っています。

 ロンドンのUK事務局からは、参加種目について確認のメールがダイレクトに届いていたりするのでちょっとびっくりしている優奈です。


 勿論、英語であり、日本語訳が付いているわけではありません。

 多分、日本選手代表団の参加選手情報に優奈のメールアドレスが入っているのでしょうね。


 名宛は優奈で、陸連及び陸協のアドレスがCCで入っているのです。

 真田さんと連絡した上で、ダイレクトに優奈からメールを返すことにしました。


 15歳の日本人少女に当然英語ができると思ってダイレクトにメールしてくる感覚がわかりません。

 やっぱり大英帝国、英語ならどこでも通じると思っているのかもしれないですねぇ。


 それとも世界陸上参加選手は、誰でも英語を話せる人でなければいけないのかしらん?

 参加資格の要件にはそんなことは一言も書いていないはずなんですが・・・。


 高校一年の夏、インターハイ全国大会での優奈の活躍が始まりました。

 結果から言うと、優奈は全ての記録を更新したのです。


 <第3日目(7月30日)>

 1000七種100mH  12秒00     ; 1280点 WR

 1150七種走り高跳び  2m15      ; 1442点 WR

 1430七種砲丸投げ   18m05     : 1066点 NJR

 1650七種200m     20秒11       ; 1386点 WR


 <第4日目(7月31日)>

  1000七種走り幅跳び  7m85  ; 1473点 WR

  1440七種槍投げ    79m03 ; 1428点 WR

  1825七種800m   1分43秒33 ; 1391点 WR

  合計得点                 ; 9466点 WR


 優奈は、夕暮れの中で表彰台に立って、金メダルを貰いました。

 この大会では世界記録が全部で七つ、高校新記録が一つ新たに生まれたのです。


 優奈が「」と山形で呼ばれたのは4日目の朝刊からでした。

 何の意味か分からずに、ホテルのクロークで聞いたところ、若い女性が笑いながら教えてくれました。


「『すんごく可愛い女の子』という意味ですけんど、若い人はあんまし使わないかもしれまっせんね。

 『へなこ』は元々小さいちっさい女の子で小学校入学前ぐれぇの子をすはずですし、最近は特に使われなくなりましダから。

 でも優奈さんには・・・。

 何となく合っているんかもしんない。

 そんな感じがします。」


 結構なまりのある言葉でそう教えてくれました。

 山形大会でも強烈な印象を与えた優奈であり、ただ一度だけ土産を買いに中心街のイイナスを訪れた優奈は直ぐに周囲を取り巻かれる騒ぎになってしまいました。


 7月31日は、月曜だったのですが、夏休みだからでしょうか、夜の7時過ぎだというのにモール街は家族連れで賑わっていたのです。

 昨日の時点で敗退し、明日の午前中には引き上げるという兵庫県の女子選手たちと一緒に土産探しがてら、普段着で出かけた優奈でした。


 無論のこと佐伯女子がぴったりとついています。

 佐伯女子を含めて6人の女連れで、遠目に見ればごく普通の若い女の子たちなんです。


 でも、そんな中で、優奈が目立ってしまったのです。

 小学生低学年ぐらいの女の子がトコトコと近寄ってきて、優奈の顔を見てはニコッと笑い、嬉しそうに駆けて行くのです。


 同じようなことが何回か繰り返され、気づいた時には優奈たち6人連れの背後にスマートフォンを構えた家族連れの群れができていました。

 そのうちに意を決したようにお母さんと思われる女性が一人進み出て言ったのです。


「あのぅ、へなこで有名になっだ、加山優奈さんよね。

 できたらばぁ、うちのごといっしょに写真ば撮らせてもらえねぇべか。」


 あまりに素朴な言い回しに、優奈はついつい「ハイ」と頷いてしまったのです。

 それからが大変でした。


 優奈たち5人をバックに、小さな子を前にしての写真撮影会が始まったのです。

 佐伯女子はそんな時は要領良くさっと身を隠して周囲から見守っています。


 次から次に押し寄せてきた人達を前に断るわけにも行きません。

 よその家も含めて集団写真を撮りまくられたのでした。


 30分もそれに時間を取られてしまうと、土産物を飼う時間もなくなるので、8時を境に理由を言って終わらせてくださいとお願いしました。

 ようやく解放されて土産物売り場を物色し、門限である9時までには何とかホテルに辿り着くことができたのです。

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