ミラクル・ユーナ ~ 獣医を目指す転生少女の軌跡

@Sakura-shougen

第一章 プロローグ

第1話 1-1 転生(1)

 山本やまもと由香里ゆかりは18歳、高校一年の夏に大手レーベルであるサード・❆ベックスの新人オーディションに合格して以来、アイドルの仲間入りを果たしました。

 その一月後、最初のCD「Summer Love」という曲でデビューし、あっという間にオリコン・チャートでトップになり、カラオケ・ランキングでも上位となって以降、出す曲全てがヒットし、破竹の勢いでトップ・アイドルに躍り出たのでした。


 売り出す新曲は、ネットからのダウンロード数でいずれもミリオン・セラーを叩き出し、テレビ、ラジオ、コンサート等々と、折角せっかく一生懸命受験勉強をして入った高校なのに余り登校する時間が取れず、寝る間もないほどの多忙な毎日を送っていたのです。

 所属事務所も久々のトップアイドルの出現とあってホクホク顔で企画をし、仕事を増やして行きました。


 身長は百五十六センチ、体重は四十四キロ、両親ともに純粋な日本人でありながら少しハーフ掛かったような小顔の美少女であり、スレンダーな身体つきはファッション・モデルもこなすことができました。

 そんな美少女系アイドルでありながら、歌の上手うまい歌手としてその表現力と歌唱力がプロ・アマ双方からかなり高く評価されていたのです。


 デビューした平成28年にはレコード大賞の最優秀新人賞を、翌々年の平成30年にはレコード大賞を受賞し、人気と実力を伴った歌手となっていたのです。

 でも、そのレコード大賞を受賞して僅かに一か月も経たないうちに、急性肺炎のため東京*恵医科大学附属病院に救急車で搬送されのです。


 しかしながら、重篤じゅうとくだったのは肺炎よりもむしろ優奈自身も気づいていなかった急性肝炎でした。

 秋から年末にかけての殺人的スケジュールが由香里の身体をむしばんでいたのに自分も周囲の者も全く気づかなかったのです。


 疲労が徐々に蓄積して行って肝臓の機能がかなり落ちた時に、野外ステージの出演があり、そこで氷雨ひさめに打たれたことが肺炎の引き金となりました。

 主治医しゅじいはあらゆる手を尽くしたのですが、肝炎と肺炎のダブルパンチで衰弱した由香里の若い身体を立て直すには至らなかったのです。


 由香里は呆気あっけなく病院の集中治療室で死にました。

 死亡診断書記載の死因は、「多臓器不全による心不全」となっていましたが、医者の見立ては、所謂いわゆる過労死でした。


 臨終りんじゅうの際、由香里は幽体となって自分の死を医師が宣告するのを見ており、家族や親しい人たちが泣き叫び、悲嘆ひたんにくれる有り様を他人事ひとごとのように見届けていました。

 しかしながら、いつまでも幽体としてその場にとどまることはできないようで、やがて、何かに吸い込まれるようにかなりの速さで病院の上空へ浮き上がって行き、やがて関東平野を俯瞰ふかんできるほどの高度にまで達したことを認識して間もなく意識が途絶えたのです。


 

 次に目覚めた時、由香里の目は開いていませんでした。



《あれ、・・・。

 でも、死んだはずなのに何故意識があるのかな?

 ひょっとしてここは天国?

 地獄へ行くような悪いことはしてない筈だけれど・・・。

 もしかして閻魔えんま様の裁きをこれから受けるの?》


 由香里は明かりが感じられるのに、まぶたが開けられなかったのです。

 そうして急に空腹感を覚えました。


 ひたすら空腹感にさいなまれ、声を出そうとするのですが声は出ず、何故かひきつけるような甲高かんだかい鳴き声だけがほとばしり出ていたのです。

 そのうちに口の中に何かをふくまされ、夢中で吸っている自分が居ました。


《何?

 一体何なの?》


 そう思いつつも、本能のおもむくまま、生暖かくほんのり甘いものをひたすら吸うのです。

 少しの満腹感が生じると、その次にはすご倦怠感けんたいかんおそわわれて、今度はひたすら眠くなりました。


 時間の経過がよくわからないうちに再び空腹感で目覚め、絶望的なまでの不安感に襲われて甲高い鳴き声を上げ、間もなく口にあてがわれた物をひたすら吸うのです。

 あてがわれた物は、不思議にパニックにおちいった由香里の心を安心感に満たす効果がありました。


 そんなことが幾度となく繰り返され、どれほど経ったのか時間的感覚が不明なのですが、そのうちに気持ちが少し落ち着いてくると周りの音が聞こえだしたのです。

 自分の泣いている声は明らかに赤ん坊の泣き声でした。


 しかもスースーする感覚から言うと、どうやら寝ているのに両方の足を捕まえられて高く上げられ下半身丸出しの格好のようなのです。

 お年頃の由香里としては恥辱ちじょくに満ちた格好かっこうの筈なのですが、手足は全く意のままには動かず如何いかんともしがたいのです。


 優し気な女性の声が聞こえました。


「オムツをキレイキレイにしましょうね。」


 理由も経緯も一切が不明なのですが、由香里は間違いなく赤ん坊になっているようでした。


《ひょっとして生き返ったのじゃなく、生まれ変わったの?

 これはの身体?

 それとも別の身体?

 別の身体なら、男?女?どっちなの?》


 疑問は尽きなかったのですが、未だ理性よりも本能が明らかに優勢なのです。

 理性を保っていられるのはほんの一時だけで、起きている間のほとんどの時間は、赤ん坊の生存本能が身体も頭脳も支配し、由香里は如何ともしがたい状態でした。


 少なくとも泣いている時には、頭が痛くなって考えることなどほとんどできそうにありません。

 それにもまして、時間経過も周囲の状況もわからないままに飛ぶように時間が過ぎて行ったのです。

 

 わずかに入る音声情報から判断して、母は「セイコ」と云うらしく、父は「アツオ」と云うらしいことが分かりました。

 名前が違うので明らかに前世の両親ではなさそうです。


 祖父母と思われる男女二人が母と父らしき人物をそう呼んだからなのですが、祖父母は両親二人から「お父さん」、「お母さん」と呼ばれるだけなので、名前は今のところ良くわからないのです。

 今いる場所が何処なのかは不明なのですが、周囲の言葉は明らかに関西弁のようであり、祖父母と思しきもう一組の男女はおそらく京都弁を話していました。


 その一組が母の事を「セイコ」と呼び捨てにする一方で、父のことを「アツオはん」と呼んでいるから、多分、母方の祖父母なのだろうと思われます。

 もう一組の祖父母は、逆に母の事を「セイコはん」と呼び、父のことを「アツオ」と呼び捨てにしているので、こちらはおそらく父方の祖父母に違いないのです。


 いずれも赤ん坊の小さな身体を抱き上げ「おじいちゃんでちゅよ」、「おばあちゃんでちゅよ」と自己紹介をしていたから間違いないだろうと思うのです。

 声で一応そう言った人たちを聞き分けたものの名前まではわからないし、顔もよくはわからないままなのです。


 そうしてやがて赤ん坊の私に名がつけられたようなのです。

 父と母らしき人物が、赤ん坊である私の事を「ユウナ」と呼んだから、そうとわかりました。

 

 ついでに苗字も「カヤマ」とようやくわかったのです。

 看護婦さんか若しくは医師なのだろうけれど、母の事を「カヤマさん」と呼んだからですし、赤ん坊に向かって二人が「ユウナ」と盛んに呼びかけ、母セイコが、「貴女の名前はカヤマユウナよ。元気に育ってね。」と言ったからなのです。

 

 多分、生まれて一月も経たないうちに自分の名前がわかってしまったのは、ユウナぐらいではないでしょうか。

 赤ん坊のユウナは、知性よりも生存本能が極めて優勢なのですが、同時に『山本由香里』という少女の明確な前世の記憶が残っていました。


 生まれて間もないのに18歳の女の子の意識を持った赤ん坊なのです。

 それからしばらくして現世の年号が「カセイ」とわかりました。


 由香里は平成生まれであったのですけれど、ユウナはカセイ生まれの様ですね。

 しかもカセイ13年9月7日生まれ? 期しくも年は違っても誕生の月日は由香里と一緒?


 聞こえてくる言葉から判断する限り少なくとも日本の様ですけれど、カセイという年号は由香里の知識には無かったので、或いは平成の後なのかもしれません。

 でも、嘉成かせい13年が西暦では2001年とわかり、何故か元号が「平成」ではなく「嘉成」に変わっているということが、かなり後になってからようやくわかったのです。


 因みに前世の山本由香里は、平成13年(西暦2001年)9月7日生まれ、本籍は神奈川県茅ケ崎ちがさき市にあり、アイドルになってから仕事の都合で東京都内にマンションを借りて住んではいたのですが、実家は茅ケ崎のままでした。

 仮に過去にさかのぼって生まれ変わったのであれば、或いはも存在するのかもしれないのです。

 

 赤ん坊の身体の中に18歳の意識があるというのは極め付きに困るのです。

 目もろくに見えず、話すこともできないし、手足すら満足に動かせないのです。


 どのぐらいの時間が過ぎたかわからないのですが、やがて目の焦点が合い出して周囲が見えるようになり、自分の知っている日本と同じような衣装を着た極々普通の人達が家族を含めて周りにいたので凄く安心しました。

 見えるようになったとは言いながらもかなり強度な近視であり、二メートルも離れてしまうとかなりぼやけてしまいます。


 このまま近視のまま育つのかしらんと随分と心配したものですが、そんなことにはならず、月日が経つにつれ徐々に視界と奥行が広がって正常に見えるようになって行きました。

 目が見え、色彩がわかるというのは実に素晴らしいことだと改めて実感し、心からほっとしたものです。


 少なくとも目が不自由な障害者ではなかったようで、五体満足であるということはとても幸せなことだと本気で感じています。

 未だしゃべれないのですが、一応、「ホギャー」という声で時折本能が叫んでいますから声も出るようです。


 尤も、前世のように美声で上手に歌える(前世では『歌姫』或いは『ディーバ』とさえ呼ばれました。)ようになるかどうかは未だ不明なのです。

 とにかく、毎日がなのですから暇で暇でしょうがないのです。


 時間だけはたっぷりとあるので、ユウナは暇に飽かせて思念で何かができないかいろいろと試してみました。

 そうしてある時、ふと気づくと、優奈は妖精さんを視界にとらえ、思念で話をしていたのです。


 妖精さんは半透明の姿を持った小人さんであり、何処にでもあるいは何にでも存在していたのです。

 最初の頃は余り区別できていなかったのですが、そのうちに精霊さんと妖精さんが居ることに気づきました。


 そうしてしばらく経つと、精霊さんと妖精さんの区別も何となくつくようになりました。

 面倒な区分けはあるものの、精霊さんは妖精さんの上位存在であるようです。


    ==========================


 この小説は「アルファポリス」さんに投稿していたもののリニューアルです。

 主に字句修正を行い、話の大筋は変えないようにしたいと考えていますが、より閑話や挿入話が入ることになるかもしれません。

 基本的にプロローグのみ一気に公開、残りは毎日一話の割合で投稿したいと考えています。

 どうぞ、お楽しみください。


By @Sakura-shougen



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