第56話 飛鳥の叫び

「いつまで続くんですか、このゲリラメテオは?!」


 バスの中から桃子が悲鳴を上げる。


 隣にいる美咲が全身全霊でシールドを展開させているし、バスにもともと装備されていたシールドとの重複もあって、バスの周辺は最も安全な場所になっていた。

 

 ただ余裕があるからこそ、外で起きる惨状を目にしてしまう。

 これがきつかった。


 炎を避けきれず、火だるまになる社員。

 それを救おうと近づく社員の背中にも容赦なく落ちる火球。


 これはもう火山の噴火と同じじゃないかと、桃子は震え上がっていた。


「ゲリラメテオか、上手いこと言うね!」


 不動が場違いに桃子を褒める。


 あちこち動き回って的確に炎弾を避ける不動はさすがだったが、彼も攻撃がいつまで続くかわかっていない。


 ひとつだけはっきりしているのは、桐元は死ぬ気だということだ。

 ここまで失態を続けた以上、彼にはあとがない。

 

 不動と黒川に悪巧みを妨害されたことで葛原の重役を何人か知っているが、そいつらをしていたのが桐元なのだ。


 自分の末路がわかっている人間としては潔くない、最後の悪あがき。

 体を痙攣させながら、サラマンダーを天に掲げて炎を吐き出し続ける。

 

 いつ体が吹っ飛んでもおかしくない状況なのに、野太い咆哮と、死ねという言葉をまくし立てながら、敵味方関係なく攻撃を続ける。


 不動とハル、そしてクズハラの社員達からすれば、桐元が倒れるのを待つしかない状況になっていた。


「持たないっ!」


 とうとうハルが叫ぶ。

 背負ったリュックタイプのレガリアがガタガタ震えだしている。

 工場からたくさんレガリアを持ってきたけど、これが最後だ。


 ハルの足下で難を逃れていた社員達が大慌てでシールドを展開するが、大した効果を期待できないのは彼ら自身が一番わかっている。

  

 なすすべなく、身を低くしながら炎に脅える姿を見て、ハルは唇を噛む。


 このままじゃ、全員死ぬ。

 

 クズハラ絡みとはいえここまで派手に被害が出ると、警察だって重い腰を上げてやって来るしかない。

 彼らが目にするのは、桐元含め、真っ黒焦げになった死体だけ。


 まさに、そして誰もいなくなった状態だ。冗談じゃない。


 ああ、やっぱりベルエヴァーだけは置いておいてもらえば良かったかしら、なんて考えたときだった。


 思いが通じたのだろうか、足下に見覚えのある腕時計が転がってきた。

 

「え? なんで?」


 きょとんとするハルの頬を冷たい風が撫でる。

 とても気持ちの良い風だ。

 

 空を覆っていた大きな雲はどこかに消え去り、青い空と暖かい光があたりを包む。

 

 炎の雨が止まった。

 サラマンダーが突然、動かなくなったのである。


 どうしたんだと皆が周囲を見回す中、桐元だけが驚きと怒りで震えていた。


「キサマっ……!」


 その目に映っているのはもちろん飛鳥である。


 とことこと桐元の背後に近づき、背負っていたバックパックとサラマンダーを繋いでいたケーブルを抜いた。

 それで十分だった。


 場にそぐわない満面の笑顔で飛鳥は桐元に話しかける。


「父さんの言うとおりだ。背中はがら空き」


 すべてをおじゃんにした飛鳥に桐元の怒りは燃えた。


「この無能がっ!」


 レガリアを起動させていないの飛鳥を容赦なく蹴り飛ばす。


「あだだっ!」


 激しく地面を転がる飛鳥だが、覚悟の上だったので、ヘッドホンをしっかり両手で押さえながら受け身を取ってすぐに立ち上がる。

 

 そして黙ったまま、桐元をじっと見つめる。

 その澄んだ目を見て桐元はさらに逆上した。


「お前なんぞがいるから、昇さんはおかしくなって……!」


 ナイフを取り出して飛鳥に近づく。

 そして棒立ちの部下に叫ぶ。


「おまえら動けるなら仕掛けろよ!」


 しかし部下たちは動かない。

 当然と言えば当然なので、桐元は叫んだ。


「家族がどうなってもいいのか!?」


 得意の脅迫で部下の尻に火をつけようとするが、戦意を失っていた部下たちは疲れた顔で立ち尽くすだけ。

 その姿を見て桐元はさらに突っ込んだ脅しにかかる。


「中原、入院している嫁と生まれてくる赤ん坊ごと始末しても良いんだぞ。俺の一声で数分後にだ」


「う……!」


 名指しされた男が体を震わせる。

 そして諦めたように銃口を飛鳥に向ける。


「遠山、お前がこそこそ別の老人ホームに隠した両親がどこにいるのか、俺が知らないとでも思ってたのか」


「なっ……」


 ガチガチに鍛え抜かれた男が桐元を睨みつけるが、観念したように持っていた刀を構えた。その顔は悔しさと怒りで一杯だった。


 具体的な脅迫をされたふたりは社員の中でも影響力が強いのか、彼らが飛鳥に武器を向けたことで、他の社員達も仕方なく武器を構えて不動とハルを囲むようになる。


「ったく、まだそんなことやってんのか……」


 不動が呆れたように武器を捨て、両手を挙げた。


「こんなことがいつまでも続くと思うなよ」


「続くさ」


 勝ち誇ったように桐元が笑う。

 しかしその体はぶるぶる震えている。


「クズハラの力はすべてを覆すことができるのだ。お前も社員も、この国もな」


「ああ、そうみたいだね」


 そう呟いたのは他ならぬ葛原の元、御曹司である。


「みんなこれを見て」


 飛鳥が突然、スマホを取り出して皆の視線を釘付けにする。


「不動さん、もし僕が駄目そうなら、僕を殺して下さい」


「え?」


 戸惑う不動をよそに、飛鳥はスマホを片手に掲げて力強く叫んだ。


「父の名のもとに!」


 その瞬間、スマホから場違いなメロディが流れた。

 

 幸せなら手を叩こう。

 幸せなら手を叩こう。


 幸せなら態度で示そうよ。

 ほらみんなで手を叩こう。


 社員達に一瞬の戸惑いが表れ、思い出される記憶の衝撃に顔を歪ませる。


「……まさか!」

「あれって……、あれだよな……!」

「あのヘッドホンの中にあるのか?」


 ざわつく社員達。

 クズハラに縁のあるものなら当然、あの曲と繋がりがあるレガリアを知っている。

 絶対に口に出してはいけない恐怖のレガリア。


 ルガルーだ。


 当然、桃子も美咲も顔を見合わせて震える。


「葛原氏が……?」

「うそだ……」


 もちろん、桐元もよくわかっていた。


「ルガルーだと……、そんな馬鹿な!?」


 無意識のうちに飛鳥から後ずさる桐元。

 

「あのバカッ!」


 ハルが青ざめる。


「あんなのいつ拾ったのよ!」

 

 工場にいたときか、それとも父親にもらったのか?

 どちらにしろなんて無謀なことを。


 皆を守りたいと思ったのか、飛鳥がとんでもない行動に出た。

 ルガルーが起動したら、容赦の無い殺りくが始まってしまう。  


 それくらいわかっているはずなのに……。


「うわあああああああっ!」

 

 飛鳥の絶叫がこだまする。

 頭を両手で抱え、苦しそうに膝をつく。


 その姿を皆が唖然と見つめていた。

 

「おい、大丈夫か……?」


 不動だけが飛鳥に近づこうとするが、


「うがああああああっ!」


 断末魔のような絶叫のあと、飛鳥は肩で息をしながら立ち上がり、生気の無い目で不動を見つめる。


「お前、本当に……?」


 もし飛鳥がルガルーを使って狂気に駆られたら、本当に飛鳥を殺さないとこの場は収まらない。

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