第27話 ようこそ空組へ
空組は校舎の最上階にある。
まるで一流企業のオフィスのような洗練されたデザインになっており、どこからが教室で、どこからが廊下なのか判別がしづらい。
閉鎖的で角張った学校のイメージを覆す、開放的な空間を目の当たりにして飛鳥は興奮を覚えた。父が作ったんじゃないかと思えるくらい曲線が多くて魅了される。
しかし衛藤遥香は意地が悪い。
「ここは掃きだめ。プラスになることなんか一個もないから」
さらには星野桃子まで同調する。
「ここで勉強なんかできませんからね」
授業はあらかじめ録画しておいた教師の講義を見るだけ。
全学年共通で、教える内容も中学校レベル。
しかも、ほとんど誰も見ていない。
寝ていたり、スマホをいじったり、向かい合ってトランプをしていたりと、授業以外のことに夢中になっている。
モニターの前に座ってノートをとっているのは少数だが、ある点に飛鳥は気づく。
真面目に勉強しているほとんどの生徒が、目や耳、あるいは手足、そして心に、何かしらのハンディキャップを持っている。
そして何のサポートもない。
目が見えない人も、耳が聞こえない人も、ただ座っているだけだ。
点字の教科書はなく、手話で援助する人もいない。
「ここは……」
まともじゃないと瞬時に察した。
うろたえる飛鳥にハルは淡々と説明を始める。
「弱者救済法ってのがあるの。格差を無くすためのね」
政府は、貧しい人、学歴のない人、親がいない人、若くして家計を支えなくてはならなくなった人、障がいを持つ人などをひとくくりに弱者と定義した。
企業や教育機関は弱者を一定の数だけ自分たちの組織に組み込むよう求められた。これが「生活困窮者のための社会保証」すなわち「弱者救済法」である。
企業や学校の規模が大きければ大きいほど、招かなければいけない弱者の数が増えていく。
広がり続ける社会の格差を無くすだけでなく、埋もれがちな才能を発掘するというのが政府の狙いだった。
神武学園も毎年必ず30人程度の弱者を特待生として組み込む義務があり、彼らのために作り上げたのが空組だったのである。
弱者救済法で神武にやって来たハルは言う。
「この法律に真面目に向き合っているところなんてほとんどない。神武もそう。ここを作ったのは法律を守ってるとアピールするため。それだけの場所」
しかも神武は生徒の自主性を尊重するやり方を貫いてきた。
法律には従うが、空組の生徒達をサポートしようとは考えていないようだ。
結果、空組は神武学園における留置所になったと指摘するのが星野桃子である。
「生徒会の連中にとっては便利な場所ですよ。気に入らない奴も駄目な奴もここに押し込んどけば良いんですから」
ぶすっと呟く桃子をハルは興味深げに眺める。
「鶴ちゃんって、もともと、ここの子?」
「そうですよ。家が宇宙規模に貧乏だったおかげで神武に選ばれまして。ってか鶴ちゃんって何ですか」
「空組を抜け出して、また戻ったワケか。珍しいわね」
「絵がうまいからスカウトされて、絵が上手すぎるから戻されたんです。ってか鶴ちゃんって何ですか」
「おお、ハルにモモじゃんか!」
空組の生徒がわっと集まってくる。
生きてたか。また戻ってきたのかなど、皆が二人を歓迎する。
特に、出戻りの星野桃子に関しては、皆が必要以上に優しく、戦場から生きて帰ってきた兵士を歓迎するような勢いだった。
「あ、ちょっとー?」
桃子が祭の御輿のように担がれてどこかへ運ばれていく。
ハルはこの隙を逃さず、飛鳥の手を取った。
「せっかくだからガミさんに会いましょ」
「ガミさん?」
「頼りになるわよ」
ガミさんとは
ハルと同じく車椅子に腰掛けている。
格闘家のような巨体だが、びっくりするくらい肌が白い。
「ガミさん、おひさ」
「……」
どうやら彼は言葉を発することができず、また表情も変えることができないらしい。優しそうな瞳がくるっと動いてハルを見つめる。
彼の車椅子に大きいサイズのタブレットが貼り付けられていて、彼の意思はそこに表示されるようだ。
『生きてたか』
と書かれた文字を見て,
「あたしが死ぬわけないでしょ」
とハルは笑う。
『そのレガリア、葛原昇のオーダーメイドか』
「さすがね。ズバリよ」
小さく頷く大神。
『ようやくふさわしいものに出会えたようだな』
「この子のおかげでね」
大神に飛鳥を紹介するハル。
「葛原飛鳥。空組の新入り」
「こんにちは」
丁寧に頭を下げる飛鳥を見るなり、大神はメッセージを送る。
『良いレガリアだ。ヤンファンエイクのオーダーメイドか?』
凄い観察力だが、惜しい。
「元ヤンファンエイクの人に頂きました」
『興味深い』
「それよりガミさん、この杖、この子用に調整してくれない?」
飛鳥のベルトにぶら下がっていた「レッドカインの杖」を勝手に浮かせて大神に持たせる。
大神は、杖と飛鳥を交互に見た後、ゆっくり頷いた。
『射程の短い攻撃ばかりのようだな。それにシールドが弱すぎる』
「はい……」
メイヴァースの中身と性能をあっという間に見抜かれてしまった。
『だからといってレガリアのスピードをいじるのは駄目だ。良さを消してしまう。杖のシールドを強化してみよう』
大神は自身のスマホとレッドカインの杖をケーブルで繋ぐ。
『90分くれ』
その文字を見てハルは喜ぶ。
「じゃ、私は寝るわね」
宣言通り、ハルは早速夢の世界に飛んでいってしまったが、飛鳥はずっと大神の作業を見ていた。
大神がスマホをいじるたびに杖が光ったり、キュルルルと駆動音を響かせる姿を興味深く眺める。
何かが作られ、変わっていく様を見るのが好きだった。
父が
大神の指の動きが、なんだか父と似ている。
ものつくりが本当に好きな人の指だと思った。
ただ、耳に飛び込んでくる空組生徒達の声や、空組の授業の流れに幾度か気を散らされた。
教師の講座を見たあとは、昔のアニメを見るだけ。
どうやら授業は午前午後とあわせて2時間程度で、あとはひたすらアニメや泣ける映画を見るというのが空組の一日らしい。
授業は一切聞かないのに、アニメが始まるとわっとモニターに集まる。
名作とされる懐かしい映画は飛鳥も大好きだったが、今じゃないだろとは思った。
時と場所が違う。
これでいいの?
飛鳥は首をかしげる。
せっかく神武に入学したのに、家でできるようなことで時間を潰して良いのか。
不信の眼差しに気づいたのだろう。
大神はメッセージを送る。
『神武は卒業さえすればいい。後の評価がまるで違ってくる。年収でいえば倍の差だ。生きてるだけでやたら金がかかったり、どこに勤めても色眼鏡で見られる俺たちにとっては大きな違いだ』
「……」
『誰だってここに来たときは話が違うと腹を立てるが、ここにしがみつくしかないとすぐ気づく。衛藤のような才能がなければ、少しでも反抗しただけで退学を食らって人生を棒に振るからな』
飛鳥にとっても他人事ではない。
ずっとヘッドホンをつけていないと生活できない男を採用してくれる企業なんてあるだろうか。それこそ自分も弱者としてどこかの会社に拾われるのを待つしかないかもしれない。
『だから、ここにいる以上は戦いを迫られる。こんな状況でも必死で食らいつくか、諦めて塩漬けになるか、自分との戦いだ』
手を止めて、辺りを見回す大神。
『残念なことにここには敗者が大勢いる。俺たちの希望の星だった星野も戻ってきてしまった。空組の生徒はここしか居場所がないんだ』
しかし飛鳥は首を振る。
「星野さんは自分で戻ったわけじゃないです」
「同情なんかいらんですよ」
黒いゴーグルをつけた自称天才絵師がいつの間にか飛鳥の側にいた。車椅子に体を預けて寝息を立てるハルをじっと見つめている。
「黙っていれば超美人でやんすがね」
小さな口をとがらせてすうすう寝息を立てる姿はまるで赤ん坊のようだ。
黙って無くても可愛いよ、と訂正したくなったが、大神の
レッドカインの杖をふわりと宙に浮かせ、回転させる。
職人のような厳しい目で、仕上げた武器の具合を確認し、気になった箇所に手を出しては最終的な調整を施していく。
「これでいい」
暖かくて心地よいバリトンボイスだった。
「受け取れ」
飛鳥の手にレッドカインの杖を戻す。
「あの衛藤がこれをよこすくらいだ、相当気に入られたんだろう」
「そうなんですか……、そうですよね!」
他人に言われると嬉しくてたまらない。
あからさまな反応を見て大神は微笑む。
「お前はこんなところにいないで、衛藤の側にいろ。あいつがここに顔を出さないのは自分を守るためだ。あいつに食らいついていく方がよほど糧になる」
その通りだと飛鳥は強く思った。
「ありがとうございます」
「ただ、たまには顔を出せ。お前のレガリアはいじりがいがある。あんなに拡張性の高いレガリアは見たことがない。相当な好き者が作ったんだろう」
これもその通りなので、飛鳥は大神の洞察力に舌を巻いた。
「ハルちゃん、起きて。そろそろ行こう」
呼びかけてもハルは起きない。
爆睡状態だ。
「ハールちゃん!」
肩を激しく揺らして、おきあがりこぼしのようになっても無駄。
見かねた星野桃子が突然スケッチブックを取り出した。
快晴の空に傷をつけるような黒い線を描いた作品を眼前に突き出され、戸惑う。
「いきなり、なに……?」
「あんたの親父さんの会社が作ったドローンがここんところずっと空を飛んでるでしょ。その内の一個が忍者みたいに姿を消したまま妙な動きをしてるんです」
「え……」
思わず桃子のスケッチブックを奪い取る飛鳥。
「一日に3回程度、ぐるぐると飛んでますが、
桃子は得意げに腕を組む。
「気になってアクセスしてみたら、パスワードを要求されました。いったいこれがなんなのか、あんたならわかるんじゃないんですか?」
その時、衛藤遥香の目がかっと開いた。
だっと身を乗り出し、スケッチブックを覗き込む。
「面白そうじゃないのよ……!」
子供のような無邪気な笑みを見て桃子はへっと笑った。
「ほら、起きた」
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