第28話 父が呼んでいる

 空は広く、どこまでも青い。


 飛鳥の父、昇が、この青空に透明なドローンを飛ばして息子にメッセージを送っているかもしれない。

 飛鳥と衛藤遥香、そして昇のメッセージの一部をつかんだ星野桃子は、神武学園の校舎屋上にやって来た。

 屋上まで車椅子を運ぶことができないハルは飛鳥に背負われている。

 

 桃子は愛用のモバイルノートを手に取り、空を見上げる。


「葛原製作所が創立100周年だかなんだかであっちこっちにわんさかドローンを飛ばして曲芸飛行をしてたのは知ってますね」


「う、うん」

「知らないなら知らないって言いなさいよ」


 耳元で痛いところを突いてくるハルはあえて無視。

 

「そ、そのドローンの中で一個だけ姿を消しているものがあるって事だよね」

「そうっす。今まであまり気にしてませんでしたが」


 桃子は興奮すると舌で唇をなめるクセがあるらしく、その動きを見る限り、ノリノリのようだ。


「あんたらには見えないでしょうけど、今は国道の上を飛んでます。あと5分ほどしたら、私らの真上に移動してくるはずです」


 父がその手で作ったドローンかどうかは定かではないが、かなり高性能な光学迷彩コーティングが施されているようで、


「さあ、こっちに来ましたよ。ほら、そこっす」

 と桃子が指さす方向を見ても空の青と雲の白しか見えない。


「この近くに来ると、なぜか私のゴーグルに頻繁にアクセスしてパスワードを要求してくるんです。今もね。いったいどういうことかわからず困っていたのですが、理由がわかりました」


 ハルがポンと飛鳥のヘッドホンを叩く。


「障がい者用の魔法器具アーティファクトに反応するようになってたのね。本当なら飛鳥ちゃんのヘッドホンを経由したかったのに、あなたのゴーグルが勝手に横取りしちゃってたわけだ」


「そういうことっす」

「なら問題はパスワードよ」


 飛鳥に背負われていたハルが自分の頭をコツコツ飛鳥の頬にぶつける。


「なんか覚えてない? お父さまとの秘密の合い言葉的な。風とか、谷とか」


「そういうのはなかったけど、心当たりはあるかも」


 それはベルエヴァーの識別番号だ。

 この世に存在する発動機レガリアのすべてには識別番号があり、1つとして同じものは存在しない。


 離ればなれになった父と子をつなぐものはただひとつ、ベルエヴァーだけだ。

 

 今はハルの腕にあるベルエヴァーの裏面に書かれた15桁の数字。これがドローンが要求するパスワードである可能性は非常に高い。


「決まりですな」

 

 桃子は愛用のモバイルノートを手に取ってドローンが要求したパスワードを打ち込んでいく。


「む!」


 桃子が突然声を上げる。

 モバイルノートの画面が勝手に切り替わった。

 どうやらドローンについているカメラの映像を流しているらしい。

 驚いた様子の飛鳥達が一瞬画面に映るが、あっという間にドローンはその場を離れて超高速でどこかに飛んでいく。 


 右に左に縦横無尽に景色が変わっていくので、画面を見つめていたハルはとうとう酔ってしまった。

 

「だめ、ギブ……」

 飛鳥の背を滑り落ち、コンクリートにどてっと寝転ぶ。


 その一方で桃子は絶好調だ。 


「こ、これはっ、なんて迫力!」


 すぐさまスケッチブックを取り出すと画面に映る景色を詳細に、そして凄まじい速さで書き殴っていく。


 その超精密な絵に飛鳥は息を呑んだが、


「うしろむいてっ!」

 と桃子に怒鳴られて慌てて言うとおりにした。


 やはり鶴の恩返しの鶴の如く、絵を描いている姿は見られたくないらしい。


 桃子がどうしてそこまで嫌がるのか理由はわからないが、飛鳥の耳には「けーっけっけっ!」とか「うひー!」という奇声しか入ってこない。


「あの子が嫌がることをするつもりはないけどさ……」

 

 ハルは桃子の方を絶対に見ようとはしない。


「なんであんなしゃべり方になるの? 親の教育? やんす、なんてコトバ自然に出る?」

「僕はわかるなあ」


 桃子が自分と似ていることに飛鳥はとっくに気づいている。


「ああいうゴーグルをつけてたら、どこかで絶対嫌な思いをするでしょ。そうならないように自分から変なキャラをつけるんだ。僕がそうだったから」


 小学生の頃、ヘッドホンをつけた巨大ロボになって皆を笑わせることで、いじめられないようにしのいできた思い出がある。

 桃子の場合はもっときつかったはずだ。

 顔半分を覆うゴーグルをつけて穏やかに過ごせるはずがない。

 いじめられるくらいなら自分で自分をいじるしかない。きっと自分をキャラ化している内にそれが身に染まってしまったのだろう。


「ふうん……」 

 ハルはそれ以上何も言わなかった。


 桃子のスケッチは10分ほど続いた。


「終わりましたよ」


 その言葉を合図に桃子を見ると、その手には一枚の絵があった。あの透明ドローンが急降下してトンネルの中に飛び込んでいく一瞬を描いていた。


「残念ですがここで画面が真っ暗になりました」


 残念も何も、その見事な絵にハルも飛鳥も驚くばかりだ。

 トンネルの上に生えた木々の一つ一つまで精密に描いている。こんな緻密でそれでいて躍動感のある絵を瞬時に、しかも複数描けるなんて。


「鶴ちゃんごめん。トレースじゃなかったわね」

「疑ってごめんなさい」


 ふんと桃子は強がる。


「そんなことより、このビルに覚えはないんすか」


 さらに別の絵を飛鳥に見せつける。

 5階建てのビルを遠くから描いたものだ。


「ここで3分以上止まってたんです。気になりましてね」


 ビルの看板を見て飛鳥はそこがなんなのかあっさり気づいた。


「あ、ワシ模型店だ」


 父が飛鳥を連れてしょっちゅう入り浸っていた大きなホビーショップで、ラジコン用のサーキットが複数あり、父にとっては聖地なのだった。


「きっとそのワシ屋に来いって言ってるんですよ」


 桃子が指摘しても飛鳥は納得いかない様子。


「こんな手のかかることするかな……」


 何を迷っているのとハルが飛鳥のヘッドホンを叩く。


「行けばすむことじゃない」

「そう……、だね、そうだよね!」


 ここから歩いて三十分もない場所に父がいるかもしれない。

 とりあえず絶対に行くべきだ。


 ハルを背負いながら歩き出す飛鳥を桃子は慌てて止める。


「裁判当日に学校抜け出しはまずくないすか!?」


 慌てる桃子だが、ハルは悪びれもせず小悪魔のような笑みを浮かべた。


「この子についていくのと、空組でアニメ見てるのと、どっちが面白いと思う?」

「む……」


 この瞬間、星野桃子は気づいた。

 あの2人に興味がある。創作意欲が湧いてくる。


 奇妙だけど、自由だ。

 この人らと一緒なら、毎日退屈しないですむかもしれない。

 何より、ゴーグルを付けている自分の見た目を彼らがまるで気にしていないというのが肌でわかるし、その安心感が心地よい。


 とはいえその感情に気づかれたくないので、口調は生意気になる。


「ま、いつまでたっても私がリクエストしているアニメを流してくれてなかったですからね。今日くらいは行ってもいいですよ」


 こうして神武学園の問題児3名は学校を出て行く。


 彼らの姿を新藤青は当然見ていた。

 屋上に仕込ませていた監視カメラですべてのやり取りを記録していたのだ。


 正々堂々と正門から出ていく三人を見て、まずドリトルの南に詳細なメッセージを送る。

 

 南の返事は凄まじく速かった。


『ワシ模型店周辺に3グループ向かわせる。できるだけ状況を把握して、葛原十条に恩を売るなり弱みを握るなりしたいもんだね。よくやってくれた』


 さらに新藤は生徒会校舎にいた歌川美咲にも報告して、学校とドリトルにおけるそれぞれの立場をしっかりこなした。


「外に出てった?!」


 怒りや失望を通り越し、脱力してへたり込む美咲。


「今日面談した日にサボりって、馬鹿なの?!」


 取り乱す美咲を見て一年学長の藤ヶ谷は笑う。


「ほっときゃいいよ」

「そんなことできませんっ……」


 ボコボコに殴られてノックアウト寸前になっても、必死で立ち上がろうとするボクサーのような美咲。


「彼らは私が更生させてみせます……!」


 目に炎を燃やしながら美咲は颯爽と駆けていく。


「私も行きます。歌川さんが心配です」

 

 一礼して新藤青が美咲の後を追う。口では上手いこと言ったが、美咲を利用して知りうる情報はすべて手に入れようと思っている。


「やれやれ」


 部屋には藤ヶ谷だけになった。

 授業のはじまりを告げるチャイムがタイミング良く鳴り響く。


「結果的に君らもサボりなんだけどね……」

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