そわそわした距離感
三上 山歩
そわそわした距離感
俺は「うる星やつら」世代だ。
そんな俺にとって、心に残るタイトルに「ラムのラブソング」がある。
気になる人は調べてほしい、そして特に歌詞に注目して欲しい。
「こんな羨ましい男が本当にいるのか!?」その頃学生だった俺は、子供心?にそう感じたものだ。
そうして、まあどちらかというと言葉少なで引っ込み思案な、自分の世界に浸りがちの男子だった俺は、そんな状況のまま、けっこう年を重ね、「学生という免罪符」を持たない世代へとなってしまっていた。
そして女性とまともに付き合ったことがなかった俺は、そのまま社会へと出ることになる。
それだけなら普通の事だと思うが、社会へ出た俺は、何といわゆる「社長」という肩書になってしまったのである。
今でこそ様々な仕事があり、個人で勝負されている方は沢山おられる。だが俺が社会へ出た当時は、まだまだ旧態依然とした会社形態が多く、かく言う俺の会社も世の中によくある会社形態のひとつだった。
逆にそういう会社だからこそ、そこそこの社員をかかえていた。
そしてそんな人海戦術で勝ち抜いたことも効果を出し、まあまあ羽振りは良かったのである。
そうなると嫌でも様々な付き合いが生まれてくる。仕事の付き合いが自然と女性も交えた付き合いへとなってくる。・・・当時は足しげく祇園に通ったなぁ。
恋愛経験が少なかった(むしろ無かった?)俺にとって、祇園という場所は、まるでテレビドラマに自分が登場したかのような、そんな刺激のありすぎる世界だった。
ラウンジやクラブのお姉さん、祇園だけに舞妓さんや芸妓さんなど、様々な女性がいる世界で、建て前的には商談という名の、俺にとっては対女性免疫訓練が繰り広げられたのである。
いま思えば最初の頃は大変だったと思う。
本来そういう場所は、男性が喋り女性が相槌を打つ、男性がちょっと太ももにお触りをしてピシャンと可愛くはたかれたり、そんな男性を扇情し盛り上げさせる商い場だと思うが、そんな華やかな場所であっても俺は全然喋れなかった。
だがしかし、かと言って始終ムスッと黙っていたわけではなく、お酒を飲んでホロ酔いの俺は、いつも穏やかな笑顔で一緒に来た男性陣と女性たちの盛り上がりを眺めていた。
「お兄さん何でいっつも喋らはらへんのですか?」
「・・・賑やかなのを見てるのが楽しいねん」
「しかも私から離れようとしてるし」
「・・・近いと照れるから・・・」
けっこう見た目には気を遣っていたので、熱気を帯びた女性たちはガンガン身を寄せてくる。そんな女性の密着を躱しながら、いつもこんなやり取りが繰り広げられた。
それでもこれらの経験は、俺にとって「女性」という「好意はあるのに触れがたい存在」に対し、自分と女性との良い距離感スキルを学べる大切な場であった。
そして時を同じくして、俺にとっての戦場がもうひとつあった・・・「コンパ」である。
祇園の街がプロの女性たちとの出会いの場であったのに対し、コンパは常にガチンコだった。
プロの距離感はそこには存在せず、素人同士の距離感が俺を戸惑わせた。
そんななか俺以外の男性陣は、祇園と同じように、コンパでも女性たちを大いに楽しませたが、俺は相変わらずだった・・・いやいやコレどうすりゃ良いの?
そんな存在感の無さを発揮する、俺ひとり忍者のようなコンパも、祇園での経験値が上がるとともに、徐々に上手く距離感スキルを発揮できるようになった。
・・・たぶんコレ俺のユニークスキルです。
そんな忍者にも遂に出会いがやって来る。
それはコンパそのものではなく、コンパで仲良くなったメンバーが、更に輪を広げて集まった場でのこと。
俺はひとりの女性との距離感が近づいたような気がした。
マリ、それが彼女の名前だった。
京都ならではのはんなりした少したれ目の美人さん。
「いややわぁ なに言うてんのぉ?」・・・こんな台詞がよく似合う女性。
綺麗な女性(ひと)だったので男性陣からの人気も高く、着席の時は、男性たちの隣席の取り合いという静かな戦いが繰り広げられていた。
もちろん席替えもあったり、立食もあったりと、同じ場所にずっといる訳ではないので、マリの話し相手は、適度に入れ替わっていった。
俺はそんな強気なアクションは起こせず、立ち回ることもなく、最初と同じ場所で、みんなをそしてマリを眺めながら穏やかに笑顔を作っていた。
「この女性(ひと)・・・距離感スキル使ってるやんか」
俺は気づいた・・・マリは言い寄る男たちを、けっして不快にさせず、触れさせず、適度な距離感をもってあしらっていた。
今思っても何故マリのところへ行けたのか分からない。
お酒の力も借りたとは思うが、マリの空間から、ふと人がいなくなったのを見計らって隣の席へ座った。
もう何年も前のこと、大昔のことなので、何を話したか全く覚えてないが、二人で穏やかに言葉を交わしたことは覚えている。
お互い相手の聞くタイプのキャラクター同士だった。
そして俺たちは、お互い距離感スキルを出しながら、小鳥が啄ばむようなキスをするように、距離感を縮めていったのだと思う。
「今度ふたりで会おっか?」
「・・・うん」
そこからは、本当に楽しい日々だった。
お互いの距離感に満足しながら、ふたりでいろんな所に出かけた。
・・・でもそれはデートではなく、何だろう?異性的な感覚が希薄だったような気がする。
手も繋がず、それでいて食事での間接キスは普通にあったし、身を寄せ合う距離感は心が擽られた。
実際そうではないのだけれど、いつも一緒にいた感覚がある。
深夜の上賀茂神社でふたり語り明かした夜は最高だったな。
きっと何度となく大人の男女として身体を重ねるタイミングはあったんだと思う。
もしかして何らかのサインが出されていたのかもしれない。
ただその時の俺には、一線を越える為の、その距離感が分からなかった。
そんな時がしばらく続き、何度目かの真夜中の上賀茂神社・・・帰り際、俺は決心して彼女に伝えた。
「・・・付き合って欲しい」
「・・・考えさせて」
その後のことはあまり覚えていない・・・結局その時は付き合えないような答えをもらったように思う。
俺のそわそわする距離感に終わりが告げられたのだった。
今なつかしく思い返す・・・たぶんその先も俺が頑張れば、穏やかな気持ちで再開すれば、マリとは付き合えていたような気がする。
でもその数日後、出会った女性と俺は結婚し、子供にも恵まれ、今に至る。
冒頭で話した「ラムのラブソング」その歌では男性の幾つもの愛が述べられている。
ずいぶんオジサンになってしまった今でも、この歌を聞くたびに、そうだよなぁと思う。
以上、少し昔の恋愛?体験はこんな感じで幕を閉じる。
いまだに女性には距離感をもって接する俺だけど、そんな自分は嫌いじゃない。
おしまい。
追伸、この数年後、なんとマリと再会するのであるが、それはまた別のお話。
そわそわした距離感 三上 山歩 @mikamiyama
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