第118話 秘密は少ない方がいい

「……ねぇ、何してるの?」


 彩音あやねの声に、莉斗りとは体をビクッとさせた。しかし、すぐに汐音しのんに撫でられて落ち着きを取り戻す。

 彼が今いる場所は布団の中、咄嗟に彼女の足元に押し込まれたのだ。


「アヤちゃん、お姉ちゃんちょっと疲れてるみたい」

「大丈夫? 薬もってこようか?」

「ううん、病気じゃないから大丈夫。でも、しばらく寝かせて欲しいかも」

「わかった、静かにするね」


 彩音は辛そうな演技をする汐音を本気で心配して、そっとハグをしてから部屋を出ていく。

 その音を聞いた莉斗は深いため息をつくと、少しずつ取り戻してきた正常な判断に従って布団をめくった。


「汐音さん、やっぱりもう終わりにしません?」

「今更やめるんだ?」

「彩音さんに申し訳ないですよ……」


 やはり彼女も姉なのだろう。妹の名前を出すと「それもそうだけど……」と躊躇いの表情が垣間見える。

 そんな瞬間を好機と認識した彼は「汐音さん、お願いします!」と追い討ちで頭を下げた。


「っ……私だって女の子だよ?」

「だからこそ、こんなことを続けて欲しくないです」

「でも……でも……」

「彩音さんのためなんです」


 一度は踏み外した道ではあるが、真っ直ぐな気持ちが届いてくれたのだろう。

 彼女は諦めたように視線を下げると、何も言わずにベッドに横になってしまった。


「汐音さん、あまり落ち込まないで下さい」

「莉斗くんの耳が好きだったのに……」

「そう言われましても……」


 どれだけ悲しそうな顔をされても、この耳は今のところ彩音とミクのもの。情と欲に流されてしまったが、今ならまだなかったことにすれば何とかなる。

 どんな嘘も真実さえ知られなければ、嘘を真に塗り替えることだって容易いのだ。


「じゃあ、最後にひとつだけお願いを聞いて」

「……可能な範囲なら」

「えへへ、ありがと♪」


 汐音は笑いながらベッドの上で仰向けになると、無防備に両手両足をだらんとさせながらこちらを見つめてくる。

 そして、その最後のお願いを口にした。


「私を襲ってよ。フリだけでいいから」

「で、でも……」

「忘れるために、唯斗くんを嫌いになりたいの」

「……」


 最後だと言うのに、自分の嫌なことをしてもらう。その矛盾がチクチクと胸に刺さって、これを断るなんてことは彼には到底出来そうになかった。


「わかりました、最後ですから」


 莉斗は小さく頷くと、ゆっくりと深呼吸をしてから彼女の上に跨る。

 そして両手首を掴んで押さえつけつつ、出来るだけ本気っぽい表情で「このまま襲いますよ?」と言って見せた。

 汐音は満足出来たのか「ありがとう」と小声で呟いて口元を緩める。が、すぐにそれが微笑みではなくニヤつきであると分かってしまう。だって。


「アヤちゃん、助けてぇぇぇぇぇぇ!」


 大声で嘘のSOSを叫ばれたから。

 その後、駆け付けた彩音に信じてもらえず、家には来るものの3日間口を聞いてくれなかったそうな。


「お姉さんを捨てる代償と思えば安いっしょ?」

「捨てるなんて人聞きの悪い……」

「まあ、我慢出来なくなったら襲いに行くから覚悟しといてね〜♪」

「絶対に来ないでください!」


 やっぱり、秘密を作るとろくなことが起こらないなと実感した莉斗であった。

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