第113話 成果に見合った報酬が支払われるとは限らない社会の闇

「お兄ちゃん、そんな格好しちゃって」

「み、美月みつきが着ろって言うから……」

「妹の言いなりなんだ?」

「っ……」


 莉斗りとが抵抗しなくなったのを見計らって、美月は彼を部屋へと連れ込んだ。

 そして以前のように女装をさせると、恥ずかしがる様子を眺めてニヤリと笑う。


「勝負に勝ったんだから、いつでもお兄ちゃんを襲っていいんだよ。でも、美月は優しいからチャンスをあげる」

「……チャンス?」

「そう。お兄ちゃんが可愛いポーズをして満足させてくれたら、今日は勘弁してあげないこともない」

「そんなの無理だよ、僕は男だもん!」

「襲われたいの?」

「が、頑張ります……」


 可愛いポーズなんて、したことも無ければしたいと思ったことも無い。

 それでも今は心を殺してやらなければ、美月のテリトリーであるこの部屋の中で恐ろしい目に遭わされる。

 莉斗は覚悟を決めると、大きく深呼吸をしてから妹を真っ直ぐに見つめてポーズを決めた。


「……」

「……」


 彼がしたのは、定番のぶりっ子ポーズ。しかし、美月はしばらく見つめてから「全然ダメ」と首を横に振って見せる。


「もっと可愛いのにして」

「えぇ……」

「文句言うんだ?」

「わ、わかったから!」


 覚悟が足りなかったのだ。莉斗は男としての自分を一度心の内に閉じ込めると、『可愛い女の子』になりきって連続でポーズをした。

 まずはおねだりするポーズ、次に上目遣い、そしていわゆるてへぺろ。それでもウォールミツキはビクともせず、「やり直し」と冷たくあしらう。


「美月、そもそもOK出す気ないんでしょ」

「そんなことないよ。可愛さが足りないだけ」

「僕に可愛さなんてあるわけないじゃん!」

「美月はお兄ちゃん可愛いと思うけど」

「なら許してよ!」

「それはダメ、もう決めたルールだから」


 頑なに首を縦に振らない彼女に限界を感じた莉斗は、ついに部屋から脱走しようと試みた。

 だが、美月の手を避けようとして本棚に脚をぶつけ、それはもう盛大に床に転んでしまう。


「お兄ちゃん……」

「み、美月……違うんだよ。今のは逃げようとした訳じゃなくて―――――――――――」


 ジリジリと迫ってくる妹に、彼は足を押さえたままブンブンと首を横に振った。

 反抗したと判断されてしまえば、きっと問答無用で襲われてしまうだろうから。……しかし。


「お兄ちゃん、それ可愛いよ!」

「……へ?」


 美月は興奮気味にそう言うと、「うへへぇ♪」と笑いながら莉斗の股下に目を向けた。

 彼もそこを確認してみると、スカートがめくれ上がってパンツが見えてしまっているではないか。それも女物の縞パンだ。


「人のパンツを見てしまうこの背徳感、お兄ちゃんたまらないよ!」

「美月にとっての可愛いの基準が分からない……」

「エロさは可愛さでしょ」

「初耳なんだけど?!」


 そんなツッコミを入れた後、慌ててパンツを隠せば「恥ずかしがってるのも可愛い」なんて言われてしまって。

 莉斗が顔を真っ赤にしながら「か、可愛いならもういいでしょ?」と聞くと、美月は首を傾げながら彼を床に押し倒した。


「あ、ちょっ?!」

「美月、可愛いお兄ちゃんを見てたら興奮してきちゃった。だから責任取って?」

「それってつまり、初めから許す気なんて……」

「あるわけないじゃん。せっかく好きに使えるんだよ、こんないい玩具で遊ばない手はないし」


 その後、耳元で「ね、負け犬」と囁いてきた彼女に莉斗がいじめられたことは言うまでもない。

 何とか一線を超えることは阻止したものの、その代わりにパンツを脱いで町内一周させられてしまった。


「うぅ、スースーするよ……」


 スカートの心許なさを実感すると同時に、新たな性癖の片鱗を見たような気がした莉斗であった。

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