第109話 単純じゃない恋愛感情

 ミクとの肝試しが終わり、最後である美月みつきの番が回ってきた。

 彼女は嬉しそうに飛びついてくると、「早く行こ?」と他の2人と違って自ら先導して引っ張ってくれる。


「美月、歩くの早いよ」

「お兄ちゃん怖いの?」

「そ、そんなわけ……」

「美月が守ってあげるから大丈夫だよ、安心して」

「っ……」


 妹にこんなことを言われるなんて、我ながら情けないお兄ちゃんだ。

 心の中でそう頭を抱えた莉斗りとは、「もう少しゆっくり歩いて」と言いながら胸を押える。

 ずっと歩き続けているせいなのか、それとも早く歩きすぎたせいなのか。鼓動がやけに騒がしいのだ。


「美月、待っ――――――――っ?!」


 次の一歩を踏み出した瞬間、彼の視界がグラッと揺らいで地面に崩れ落ちてしまう。

 やけに体が熱っぽくて、思考能力も低下している。おまけ立ち上がろうにも体に力が入らなかった。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「はぁ……はぁ……」


 答えようにも呼吸が辛くて言葉を発せない。体がふわふわとしているのに、何故か心配そうな美月の顔だけに焦点が合う。

 この感覚、体感している本人だからこそ熱ではないと分かる。これは―――――――――発情だ。


「ど、どうしちゃったの?」

「離れて……お願いだから今は触らないで!」

「なんでそんなこと言うの、美月は心配してるのに」

「ごめん、でも今はダメだから……」


 人間が生理現象として突然発情するとしたら、性癖に刺さる何かを見た時、思い浮かべた時くらいだろう。

 しかし、目の前には妹だけ。シスコンでは無いのでその線は思考から排除しても問題ない。

 なら、原因は一体何なのか。考えられるとすれば、部屋の冷蔵庫に入っているアレだろう。


「せ、精力増強剤……」

「……?」

「多分、女将さんから貰った飴に入ってたんだよ。噛み砕いた時、レモン以外の変な味がしたんだ」

「ってことは、もしかしてお兄ちゃんは今……」


 彼女の視線が顔から下半身へと移動する。この体の熱さに反応しているのは、もちろんソコも同じだ。

 旅行内での勝負として『莉斗を襲えば勝ち』と言うルールになっている美月にとって、これは最高のチャンスだろう。

 彼も抵抗できない身、もはや諦めて体を差し出すつもりだった。……が、いつまで経っても美月は何もしてこない。

 それどころかより一層心配そうに眉をひそめ、「戻ろ、助けてもらわないと」と自分よりも大きな体を持ち上げようとしてくれた。


「美月、襲わないの?」

「……はぁ、お兄ちゃんって馬鹿だよね」

「どういうこと?」

「美月はお兄ちゃんのことが好きだから襲うの。好きな人が苦しんでるのに、そこに着け込めるわけないじゃん」

「……美月」


 彼女は莉斗の腕を自分の肩にかけると、支えながら立ち上がらせる。

 そして来た道を戻ろうとするが、薬の効果が少し薄れてきたのを感じた彼は、進むべき方向へと体を向けた。


「妹だけをゴールさせれないなんて、そこまで情けないお兄ちゃんにはなりなくない」

「お兄ちゃん……」

「僕のわがままに付き合ってくれる?」

「ふふ、もちろん♪」


 にっこりと微笑んだ美月に支えられながら、2人は通常の5倍の時間をかけてようやくゴールすることが出来たのだった。

 その後、女将さんを問いつめてみたものの、「記憶にございません」の一点張りで諦めるしか無かったそうな。

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