第72話 銭湯は単に体を洗うだけの場では無い

 一方その頃。男湯にいた莉斗りとは少し仲良くなったおじいさんと一緒に、女湯から聞こえてくる艶っぽい声に耳を傾けていた。


「ふぅ、何しとるんじゃろうなぁ」

「何してるんでしょうねぇ」

「実の所はわからんが、ずっと聞いてられるのぉ」

「全く、その通りですねぇ」


 それから十数分後、銭湯の清掃員のおばちゃんによって、のぼせた4人の客が浴場から運び出されたそうな。


 ==================================


「また機会があったら話そう、若者よ」

「ぜひぜひ!」


 頭に氷水の入った袋を当てている莉斗は、帰っていくおじいさんの背中に手を振った。

 あの人はこの銭湯の常連でのぼせることがしょっちゅうあるらしく、もう慣れてしまっているんだとか。


「莉斗、あの人誰よ」

「変わった人みたいだったけど……」


 同じく氷水の入った袋を当てているミクと彩音あやねが不思議そうに聞いてくるので、彼は「同業者かな」と答えておいた。

 2人はそれでも首を傾げていたけれど、深く知られない方がいいからその方が助かる。


「ところで、莉斗君はどうしてのぼせてたの?」

「確かに。おじいさんの話が長かったとか?」

「ま、まあ、そんなところかな」


 彼の答えにミクは「それは大変だったわね」と気の毒そうな目で見た後、2人から溶けて水だけになった袋を受け取って捨てに行く。

 一方、彩音はミクが背中を向けた瞬間にニヤリと笑い、莉斗にピッタリと方をくっつけながら小声で囁いた。


「本当はミクちゃんの声でのぼせたんだよね?」

「ど、どうしてそれを……」

「筒抜けなの知ってたから。ミクちゃんは気付いてなかったみたいだけど♪」


 彼女が「私の声でも興奮してくれる?」なんて聞いてくるせいで、また顔が熱くなってくる。

 心の中で答えは決まっているのに、恥ずかしくて言葉にはできなかった。


「もう、人前で引っ付かないの。離れなさい」


 そこへ戻ってきたミクが強引に2人を引き離し、莉斗の手を引いて出口へ向かって歩き出す。

 それに対して不満そうな声を漏らした彩音は、小走りで反対の手を取って彼の顔を見上げた。


「ふふ、やっぱり莉斗君の右は彩音さんだよね♪」

「そうだね、安心するかもしれない」

鈴木すずきさんよりも私の方が安心させられるわよ、10年以上の付き合いなんだもの」

「えっと……それもそうかもしれない」


 相変わらず優柔不断な様子にやれやれと首を振る2人。しかし、彼女たちはやがてお互いに目線で会話をすると、莉斗の前に並んでにっこりと笑った。


「「私たちから提案があるんだけど……」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る