第99話<返事>

和平の使者を送り。

交渉を試みる獅獣王国を嘲笑う様に、人間側の返事は進攻だった。


戦地は国境の大森林。

其の大森林を人間側が抜けきれば、其処は獅獣王国。


抜けきれば其れは人間側の勝利であり。

塞ぎきれば獅獣王国の勝利となる。


当然。獅獣王国側も森林内に兵士を潜ませ警戒はしているので、攻め込まれた事は無い。


だが問答無用と攻め込んだのは、勝利を確信している人間側だった。


森に踏み入り我が物顔で大挙する人間達を、獣人達が見過ごす訳もなく。


局地的に交戦は始まり、其の戦いは大森林全体に広がっていく。


獣人達は不利な人数差を埋める為、洞穴や崖等を利用したゲリラ戦を展開。


混乱して指示系統の乱れる人間達は分散、其の数を減らす事には成功しているのだが。


戦線を保つには不向きな作戦であり、一部小数では在るが獅獣王国に近付く人間達も居て。


小数で獅獣王国に乗り込むか、挟撃する為に仲間を探しに戻るか。


抜けた二百名の兵士が選ぶ行動により、国外れに住む獣人の命運は握られる状況となっていた。


奇しくも其の国外れの地域は、グレンとサラが住む新居の近く。


危険な地域だとは知っているグレンも、無策という訳ではない。


家の付近には十体の骸骨兵を潜ませており、サラを守る様に指示していたのだった。


それほど心配しているにも拘わらず、グレンが今回の依頼を行く事に拘ったのには理由が在り。


其れはサラと結婚した時にはお金が足りず、購入する事が出来なかった指輪。


其の資金を密かに蓄え、今回の報酬で購入する計画だったのだ。


グレンは待たしてしまったという気持ちが強く、結婚して一年という記念日なのも重要だった。


グレンは騒がしいギルドで報酬を受け取り立ち去ると、足早に宝飾店に入り。


念願だった、目当ての指輪を購入する。


「ご購入ありがとうございます。戦争が起きた日に購入なんて意志がお強いのですね、きっと奥さまも喜びますよ」


店員は指輪の入れ物を丁寧に包みながら、グレンに声を掛ける。


「戦争が起きた日……!?」


我が耳を疑い、グレンは発し掛けた言葉を飲み込む。


きっと大丈夫だと言い聞かせても、ざわつく心。


店員から指輪の入った包みを受け取ると、人の目も気にせず走りだす。


止まる事無く勢いを増す鼓動が、息切れのせいか不安からなのか解らない。


街外れに住んでいるのは、自分達以外にも何件か存在する。


街を出て森に入ると、其の何件かの家からは火の手が上がっていて。


不安は確信に変わり、絶望がグレンを包む。


まだ人間の兵士とは遭遇していない、骸骨兵の守りも在る。


きっと大丈夫だ……。


躓き走りながら、何度も自分に言い聞かせる。


まるで呪文や祈りの様に、希望を求めて。


見える距離迄走り着いたグレンは、我が家に火の手が上がっていない事にほっとする。


だが暗がりに目を凝らすと、家の周りには砕けた骸骨兵が散乱していて。


室内に明りは点いているが、玄関は開いたまま。


「サラ……」


祈る様に外から呼び掛けるが、返事が返ってくる事はなかった。

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