第98話<噂>

「バレちゃ仕方ねえな……」


互いの人数は、馬車を護衛していた人間三人対コボルト警備部隊四人。


今にも飛び掛かりそうな空気に、緊張が走る。


先に攻撃したのは怒りに駆られた、コボルト警備部隊の方だった。


犬歯が剥き出しになる位に怒り狂ってはいるが、戦闘方法は至って冷静で。


後方から二人が弓を放ったと同時に、剣・槍を持った前衛二人が攻め上がっていく。


迫り来る矢をかわしながら人間達は剣を振り、コボルトとの距離を保ち。


向かい合うコボルトの位置を利用して、次射の弓を上手く遮っている。


そうなると前衛だけなら三対二で、コボルト側は不利となり。

形勢は人間側に傾く。


「手元が足りてないぜ、ワンちゃんよ」


剣を持ったコボルトが、今にも斬り倒されそうになった時。

獣人の隠された力、獣化が目覚める。


大きな咆哮を上げ。

硬く逆立つ毛並みに、膨れ上がる筋肉。


其の槍を持った獣人の一振りで、振りかぶっていた人間は打ち飛ばされ。


その圧倒的な力に、人間達の表情は驚きを隠せない。


傾きかけた形勢をひっくり返す、其れほどの変貌だった。


それでも人間達は降参せず闘い続けた為、生け捕りにする事は出来ず。


こうして黒幕が誰か解らないまま、獣人誘拐事件は幕を閉じる。


獣人側に死傷者が出なかった事で、噂は瞬く間に広まり。


獅獣王国に帰ったコボルト警備部隊は、街の英雄として。


獅獣王国お抱えの、コボルト調査部隊へと姿を変えるのだった。


当然この事件を獅獣王国は抗議したが、人間側の王国は調査をする事もなく言い掛かりだと反論。


それどころか報復だと宣い、獅獣王国を攻め込む理由に事件を利用したのだった。


数日後、人間側の王国が送り込んだ兵士の数は六千。


一方、迎え撃つ獅獣王国側の兵士は三千。


圧倒的な国力の差に、獅獣王国の敗北は明らかだった。



獅獣王国のギルドでは義勇兵を募り、貼り出していたのでギルド内でも騒ぎは例外ではなく。


「獅獣王国を愛する皆さん、今この国は侵略を企む人間達に脅かされています。獅獣王国を守る為に、どうか義勇兵の参加を宜しくお願いします」


獣人の受付嬢は切実な表情で、ギルド利用者に呼び掛け。


「本当に戦争するのか……?」


「国力差を考えると、負け戦だろ……」


「俺は参加するぞ、人間共の言いなりなんて死んだ方がマシだ」


ギルド内で依頼を探す獣人や、獅獣王国に移り住んで来た人間も騒然としていた。


幾ら獅獣王国の情勢に疎いとはいえ、グレンも今やサラと結婚して獣人の妻を持つ身。


生活基盤が獅獣王国のギルドで在る以上、決して他人事ではなく。


其の様子をグレンも目にはしていたが、よくある戦争の噂が過熱している位にしか思わず。


いつもの様に獅獣王国から離れた場所の依頼に、出向いてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る