第60話<チキンレース>


男にはどうしても負けられない戦いが在る、其れが今だ。




そんな大袈裟な決意を胸に抱き、俺はチキンレースに挑む。




会話が聞こえていないエミリは不思議そうな顔をしているが、気にする事はない。


直ぐに隣に行くのだから。




意外と真剣な表情のルドエルも、手加減する気は無さそうだ。




「……仕方ないね、スリーカウントでいくよ。3・2・1ゴー!!」




ルミニーの合図で俺とルドエルは前傾姿勢を取り、一気にクーガーは速度を上げて走りだす。




ウオォオ~。


やはり速ぇ-。


少しでも気を抜けば、振り落とされそうになる。




だが其れは横並びに走る、ルドエルの方も同じはずだ。




「乗ったばっかりなのにやるな! だが騎乗のスキルを持ってるオレに勝てるかな」




そう言って、ルドエルを乗せたクーガーは更に速度を上げていく。




バカンス野郎そんなスキル持ってやがったのか、なんて卑怯な野郎だ。




だが俺だって、無策で挑んだ訳ではない。




ポイズンスパイダーから得た、この<粘糸>スキルだ。




流石に開始早々アイツのクーガーに使う程、悪魔ではないが自分になら反則じゃないだろう。




こうしてクーガーの首もとに粘糸を巻き付ければ、例え両手を離しても落ちる事は無い。




死ぬつもりは無いが、負けるつもりも無いのだ。




お誂えむきに走っている場所も、段差の在る荒れ地に差し掛かってきた。




騎乗スキルとやらで、バカンス野郎が落ちないのか見物だ。




さあ行け、走れクーガー。


お前の本気を見せてやれ。




だが勝負はここからだと思っていた矢先に、身体が締め付けられ息苦しくなっていく。




此れはもしかして、走る振動で粘糸が絡まってしまっているのか。




マズイぞ。


とにかく粘糸を伸ばして、スペースを確保しなければ。




良し、何とか粘糸を伸ばし自由に動ける様になったぞ。




そう思ったと同時に、俺の身体は段差の反動で宙に飛ばされる。




あれっ? ウオォオ~オゥァ~。


止まれ。


止まりやがれ~。




粘糸~。


粘糸のせいで俺が引き摺られてるぅうぅぅ~。




こうして俺は気を失い、当然チキンレースに負けたのだった。




「魔王さん大丈夫ですか……? 」




眼が覚めると周りにはガルのメンバーが居て、俺はエミリに膝枕されていた。




とんでもない眼にあった。


殺された時よりも怖い体験だ。




気を失っている間に回復してくれたのか、痛くは無いが衣服の破れた背中がスースーする。




「アンタはいったい何がしたかったんだい? 」




ルミニーが冷たい言葉を浴びせかけてくるが、今は気にはならない。




自分のスキルで首が絞まり死にかけはしたが、結果的にはエミリの膝枕をゲットしたのだから。




ざまあみやがれ。


今にもルドエルの悔しげな歯ぎしりが、聞こえてきそうだ。




これぞ、試合に負けて勝負に勝つというヤツだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る