*閑話* 泡沫
タスクとイオの2人が、ナウリの村の結晶の神殿へ足を踏み入れようとしていた時。
遠く離れた地で、ミールとアルミスは神々の神殿での準備を進めていた。
神々の神殿の儀式の間の隅で、アルミスは目の前の光景を静かに見守る。
厳かな空気が満ちた部屋の中央では、僅かに光に包まれたミールが槍を片手に神経を集中させて立っていた。その足元ではミールを囲むように光の輪が浮かび上がり、ミールが集中力を上げる度に輪の周囲に光の文字の塊が一つまた一つと浮かび上がっている。声をかける事や近づくことも許されないような張り詰めた空気が部屋に満ちる中、不意にミールが何かを感じ取ったように宙を見上げた。
「イオ、タスク、聞こえますか?」
ミールが、ここから遠く離れたナウリの村にあるという結晶の神殿と話しができるように力を使っていることは事前に聞いているが、本当にできるのかアルミスは内心心配していた。そんな心配を他所にミールがもう一度宙に呼びかけると、何処からか返事があった。
『この声って』
『ミールなの?聞こえる?』
アルミスは思わず息を飲んだ。聞こえてきたのは少し前に会った年若い2人の声だった。目の前にはいないのに、まるで近くに立って話をしているかのように声が聞こえる。遠く離れた所にいる者と話しが出来る技術や、同じタイミングでその場所に居合わせたことにも驚きを隠せなかった。
アルミスの驚きとは関係なく3人の話しは進み、恵みの力の結晶を呼ぶ段階に入った。2人への説明を終えたミールは、小さく息を吐き集中力を上げたようだった。すると、ミールの周囲で浮かび上がっていた文字の中のいくつかが、僅かに光の強さを増したように見えた。そして暫くすると、ミールを囲む光の輪が強く光りミールの足元を照らした。アルミスが息を詰めるように見守っていると、輪の光の強さはすぐに元の状態に戻った。
少し間を置き、結晶の神殿で何か変化があった様子の2人の声が流れてきた。しかし、アルミスはそれよりも気になることがあった。光の輪の光が落ち着いた辺りから、ミールの肩が僅かに揺れてきたように見える。
ここまで相当な力を使っているはず。そろそろ疲れが溜まってきているのではないだろうか…
アルミスがそう心配をする中でも、ミールは全く疲れを感じさせずに話しを進めている。アルミスは思わず眉間に皺を寄せた。
光の神と闇の神との戦いが始まってから、ミールがまるで身を削るように行動している様子を見る度にアルミスは時々思う事があった。
どうして光の神は、闇の神を止めてくれなかったのか…
ミールから聞いた話では、彼女は幼い頃に光と闇の戦いが起こる可能性を知っていて、戦いを避けるもしくは被害を抑える為にできる事はないか模索し行動してきたようだった。ミールの小さい頃から親交があったアルミスは、小さい頃の彼女の姿に思い当たる節があり苦い溜め息を吐いたことを思い出す。
この国を治める王族である彼女が、民の幸せを願い行動することは当然であり責務であろう。しかし…
幼い頃からこの戦いの為に行動してきたミールの幸せは、誰が考えてくれるのだろう…
そう思うのと同時に、アルミスはミールを補助する以外何もできない自分に拳を握りしめていた。
神々の神殿、儀式の間の中央でミールは一つ息を吐くと床に下ろしていた槍の先を静かに一度突いた。
すると、周囲の床で光り浮かび上がっていたミールを囲む円やあちこちに点在する文字が静かに消えていった。
「ミール様、お加減はいかがですか?」
部屋の隅で控えていたアルミスが、静かにミールへ歩み寄る。
「大丈夫よ」
ミールは微笑むと、手にしていた槍を光の姿に変え一瞬で霧散させた。
「少し、休憩をしましょう」
アルミスは、以前にミールから説明された事を思い出していた。
床に広がる文字は神殿の機能の一つひとつであり、浮かび上がった文字の数だけ機能が稼働している証である。神殿の機能を使うには祷力が必要であり、その数が増えるほど利用者の負担が増えることになる。先ほど、一度にいくつもの機能を行使していたミールにはそれなりの負担があったはずだ。
「私はそれほど、柔ではありませんよ」
ミールは苦笑いしながら傍に立つアルミスを見上げる。
「休める時に休んでおくのは大事なことです。行きましょう」
アルミスは自然な流れで手を取ると、ミールを促すように歩き出した。
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