1章

1 始まり






もし


願いが


叶うのなら…


命の光の行く末を


憂えることのない世界を……








ここはコウサジエの国の、王族が住む城の一室の前。

城の警備をする警備隊の隊員であるアルミスは、今晩の警備の担当として壁を背にして立っていた。


護衛対象は王の一人娘である王女だ。


時刻は夕食の時間も過ぎそろそろ休んでもいい時間なのだが、彼の仕える王女はここ半年ほど少しでも時間が空けば調べ物をしている。

調べている内容は国の歴史のようで、王室の貴重な文献や極秘資料なども調べている。地方にあり城に取り寄せられない資料は、わざわざ現地にまで足を運び調べている。臣下に調べさせればいいようにも思うが、よほど重要なことなのか自ら調べることを止める気配はない。むしろ最近は、何か焦りのようなものも感じるが、アルミスの気のせいだと言われればそれまでだった。


すると、部屋の内側から扉が開き中から王女が出てきてアルミスに顔を向けた。


「これから、西の庭園に向かいます」


「…畏まりました。お供いたします」


俄かに緊張感を漂わせた様子に束の間言葉を詰まらせるアルミスだったが、すぐに王女の後に続き歩き出す。

西の庭園は木々や花々が整えられ、王族の憩いの場となっている庭園である。

息抜きに行くとしても、早足で歩く王女はどこか急いでいるようで目的が違うように思えた。この時間の庭園に一体何の用事だろうかとアルミスは内心首をひねる。




西の庭園に着くと、今日は曇っているのか建物のわずかな明かり以外に光はなく庭園は暗闇に沈み静寂に包まれていた。

庭園に入る手前で足を止めた王女は、後ろのアルミスを振り返る。


「アルミスは、ここで待機していてください。それと…何が起こっても指示があるまでは動かないように」


「…畏まりました。しかし」


警護の任を放り出す訳にもいかないと言葉を続けようとしたアルミスに、王女は薄明かりの中でふと笑みを浮かべた。


「大丈夫です。心配はいりません」


どこか達観したようなその姿は、王女が年下であることなど全く感じさせず、まるで諭されているような気分になる。


王女はアルミスの返事を待たずに、そのまま庭園の中程まで足を進めていった。足元も見えないような暗闇の中だがそこはよく知る庭園、花々の間を難なく抜けると王女は中央の開けた芝地になっているところまで進み空を見上げた。


暗闇に紛れて、アルミスからは王女の様子がわからなくなってしまった。王女の行動にため息をついたアルミスは、ふと暗い空を見上げた。


「ん?」


一面真っ暗な空の中に、一箇所だけおかしなところがあった。

アルミスは意識的に瞬きをし、周囲の空を見回してみる。

しかし、その一箇所のおかしな空は変わらない。


「何だ、あれは…」


一面真っ暗な空の中、一箇所だけ何かが蠢くように鈍い光を発していた。

それは丸い月のような形をしているのだか、月のように白い色ではなく黒い色をしている。黒い色をしているのだか、その存在を主張するように周りの暗闇から浮き出たように輝きを放ち見て取ることができた。


目の錯覚のようにも思ったが、その黒い光は次第に大きくなってきているようで存在感が増してきている。


すぐに見つけた時よりも倍以上大きくなり、胸の中でざわざわと不安が湧き出したアルミスは王女の方へ目を向けた。しかし、暗闇の中で王女の様子はわからない。

再び空へ目を戻すと、黒い光はさらに大きくなっている。不安が危機感へと変わり、命令に背くことになるが王女の下に向かおうかと考え始めた。しかし、こちらへ向かってくると思ったそれは、次第に向きを変え彗星のように城を超え、遥か遠くへ飛んでいった。


「一体、なんだったんだ」


思わず呟いたアルミスの周りは、何事もなかったかのように再び静寂に包まれている。

王女が戻って来るかもしれないと思い庭園の奥を見てみるが、王女が現れる気配はない。すると、急に辺りが仄かに明るくなった。

空を見上げると、一面を覆っていた雲が晴れ、丸く大きな月が輝きを放っていた。しかし、満月とは言え、その月は異常な程白い光を放っていた。先程は全く見えなかった王女の姿も庭園奥に見て取ることができ、庭園全体の様子もはっきりとわかる。木々や花々の影も、今ではくっきりと浮かび上がっていた。

その様子に驚いたアルミスがもう一度空を見上げると、月の下で何かが蠢くのが映った。

疑問に思い注意深く見ると、それは丸く月の分身のように白い光を発していた。初めは月の光に紛れていたそれは、次第に大きくなってきているようで、あっという間に月と同じくらいの大きさになりこちらへ向かって来ているように見える。


「またか?」


アルミスが呟いた途端、光が半分に割れ、その片方は違う方へと向かっていく。

だかもう片方は依然としてこちらに向かってきている。そして、先程の黒い光よりも大きくなり近づいてきているようだった。


「殿下!」


アルミスは思わず、王女に向かって身を乗り出すように呼びかけていた。

その声に反応した王女は、空を見上げていた顔をアルミスの方へ向けた。王女は駆け出そうとしているアルミスの姿を見ると、それを制するように片手を挙げる。


「心配いりません」


状況に反して全く慌てた様子のない王女の姿に、アルミスは勢いを削がれたように動きを止めた。しかし、改めて白い光の方を見るとアルミスの心臓は大きく飛び上がる。

白い光は近づくにつれて大きさが小さくなっていたのか、距離感が狂ってしまい思った以上に近くまで迫ってきていた。人間の大人ほどの大きさになった白い光は、既に城のすぐ上まで来ている。アルミスが王女へ目を向けると白い光に照らされながらも、静かに待ち受けるかのように佇む姿があった。


「ミール様!」


アルミスは考えるよりも先に走りだしていた。

視界に王女と迫る白い光が映った途端、辺り一面に白い光が広がり、アルミスは光の中に飲み込まれた。





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