地球が終わる日

鹿島 茜

第1話 あと一日で

 今年もあと一日で終わりだ。今年だけではない。この世は、この地球は、あと一日で終わりだ。

 12月31日の深夜0時のニュースで、「残された時間を、どうぞ有効にお使いください」とアナウンサーは淡々と述べていた。地球に巨大隕石が衝突して爆発する、なんて出来事は、SF映画や小説の中だけの話だと思い込んでいた。本当に現実のことになるとは、世界中の誰しもが考えなかったに違いない。しかもそれが、折しも「日本時間の元日深夜0時0分」になるとは。他の国では時間帯が異なるのだろうが、いずれにしても年末年始だ。

 2年前にこのニュースが世界中を駆け巡ったとき、人々のほとんどは信じなかった。わずかな人々が暴動を起こし、わずかな人々が怪しい新宗教を作り、多くの人々はいつもと同じ様子だった。僕も信じなかった。信じなかったが、好都合だとわくわくした。なぜならもう、生きるのが嫌だったからだ。自力で死ぬことすら面倒だと思っていたので、世界が終わってくれたらこれ以上楽なことはない。

 残った時間は23時間と数十分。何をしようかと悩んでみるが、やりたいことなど何もない。23時間ワープして、さっさと終わりの瞬間が来ればいいなと感じる。会いたい人もいなければ、食べたいものもない。酒も飲みたくないし、煙草も吸いたくない。セックスもしたくない。いざ残り時間をカウントダウンされると、かえって気持ちが醒めていくものなのだ。僕の両親は終わりゆく世をはかなんで、半年前にさっさと心中してしまった。そういう人たちも少しばかり存在した。もうこの先、墓参りも法事もできないので、簡単な葬式を済ますだけにしてしまった。どうせ地球が壊れるのだから、墓も壊れてしまう。立派な墓など意味はない。

 ベッドの上でぼんやりと横たわって天井の染みを眺めていると、玄関のチャイムが鳴った。もうすぐ深夜1時になるというのに、誰が来たのだろうか。僕はのろのろと起き上がって、ドアに向かった。開いてみると、会ったことのない女性がこちらを見ていた。

「えーと、どなた?」

「私」

「私って、誰」

由紀ゆき

「えっ、由紀かよ、顔が違う」

 由紀は4年前に別れた恋人だった。しかし目の前にいる女性は由紀ではない。長かった髪はショートになり、細面の輪郭はふくよかに丸くなっていた。が、確かに背の高さはこの程度だったと思う。声もこんな声だったような気がする。

「私、整形手術したの。地球が終わるから」

「この世の終わりには整形するものなのか」

「私はね」

「金の無駄じゃないのかよ」

「丸顔になりたかったの。それだけ。寒いから入れてよ」

部屋に入れるよう要求され、僕は思わず身体をよけた。由紀はまるで今つきあっている恋人のように、さくさくと玄関で靴を脱いで上がってくる。

「こんな時間になんだよ。てか、今さらなに?」

「会いたくなっただけ」

「もう別れたのに」

「あ、彼女いたっけ」

「いないけど」

「ならいいでしょ。最後は直人なおとと一緒がいいかなと思ったのよ」

「最後とは」

「あと一日で地球終わるし。忘れたの?」

そうだった。突然の昔の恋人の来訪で忘れていた。もうすぐ地球は終わるのだった。


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