Episode3-44 強者と弱者
きっとルーガ先輩やリオン団長ならばペース配分を考えたり、戦いの中でも思考する余裕があるのだろう。
練習でも実力差はヒシヒシと感じていたけど、改めて実感する。
「ぐっ……あぁぁぁぁっ!!」
「おいおい、その程度かぁ!?」
図体からは想像できない俊敏な動きと斧捌き。
厄介なのは一撃が重い。
考えて、動いていたら間違いなく死んでいる。
ここまで生き延びているのも日ごろの鍛錬のおかげで体が勝手に反応しているからだ。
それだけじゃない。
「【
「また気持ち悪いやつ……!」
【加護】を発動して、無理やり距離を作る。
詰められ続ければやがて防御が間に合わなくなり、一刀両断されてしまう。
それに私との間にスペースを作ってあげれば。
「――
「んぐっ!? ちょこまかと……!」
【透明化】によって身を潜めていたミツリさんが横腹を叩く。
ブルルガンクの足がわずかに浮き、バランスを崩すほどの衝撃。
「はぁぁぁぁぁっ!」
その隙を縫って、私も攻撃に参加して厚い脂肪に緑の一線を刻み込んだ。
ぱっくりと開いた傷から血がだらだらと流れて、確かにダメージを与える。
けれど、そこまで。
「大回転斬り!」
ブルルガンクは傷をものともせずに自身の身体を
遠心力がかかったことで厚い脂肪がさらに固くなり、まともに攻撃を通すことさえ難しくなる攻防一体の技。
巨大ゆえにリーチが長い斧のせいで私たちは追撃が難しく、距離を作るしかない。
「【
あちらこちらに散らばった瓦礫をぶつけるも減速する気配はない。
奴にとっては石ころを投げつけられているようなものか。
「面倒くさいなぁ、あのデブ」
「さっきから思っていたんですが……あの魔物、自然回復していませんか?」
「あはは、気づいた? やばいよね。どう考えてもこっちがジリ貧じゃん」
私たちが攻撃の手を止めたと判断したブルルガンクも回転をやめて、ニタリと嗤う。
ポンポンと見せつけるように叩く腹。さっき私がつけた傷は跡すら残さずに消え失せていた。
「俺は馬鹿だからよぉ、兄者みたいに魔法をうまく使えねぇ。
昔はよくいじめられたもんだぜ? いじめてきた奴をぶっ殺してぇと毎日思ってた。
そしたらさぁ、目覚めたんだよ、この異常体質にさぁ」
要は回復するための時間稼ぎも兼ねている。
一つで三つの意味を持つ攻撃だったというわけか。
「俺にはこの回復能力は最高だ。殴られても、斬られても、殴り返したら俺の勝ちなんだからな」
最後に立っていた者が勝者。
確かに勝負とは突き詰めれば究極の答えはそうなる。
途中まで優勢だったとか。本調子じゃなかったとか。
そんなものは勝負にすべてをささげていなかった愚者の弁。
「覚悟しろよ? 痛めつけられた分、きっちり倍にして返してやるからさぁ……!」
「くっ……」
私たちは最初から全力で応対してきた。
長期戦は望ましくない。
それはあいつもわかっている。
きっと今までもこうやって焦りを生ませて、数多の聖騎士たちを殺してきたのだろう。
今、私は岐路に立たされている。
積み上げられた屍の一部となるか。
ルーガ先輩と甘美な夜を迎えるか。
「――裸で添い寝一択!」
「えっ、どうしたの急に」
「気合を入れ直しました。ミツリさん、短期決戦で行きましょう」
「どう考えても気合を入れる言葉じゃなかったんだけど……その決断には賛成かな」
手甲刀を鳴らして、構えをとるミツリさん。
今の私に怖いものはなかった。
隣に頼りになる仲間がいる。
勝ったご褒美も用意されている。
これ以上に私を奮い立たせるシチュエーションは存在しない。
「私に合わせてください」
「オッケー。策があるんだね?」
「最後の一撃は必ず息の根を止められる瞬間に」
「大役だ。……うん、期待に応えるよ」
「絶対に諦めないでください。私を信じて」
「死んだら末代まで恨むから」
「ええ、もちろん。……行きます!」
初めて私が先行する形で攻撃に出る。
それから一呼吸おいてミツリさんが続く。
その途中で透明となり、姿を消すことで彼女へと意識を向けさせる。
「
また大回転斬りの構えをとるブルルガンク。
それをさせないために私は剣を振りかぶって投げた。
「【
「ぐぁっ!?」
【加護】によって加速した剣は奴が始動する前に腹へと突き刺さる。
懐に入り込んだ私は切り上げるように剣を引き抜いた。
「ふっ……!」
「うがっ!?」
ミツリさんの飛び上段蹴りがクリーンヒットする。
防御態勢に入る前に次いで私が足を斬る。
異常な回復速度といえどいくつも傷が絶え間なく続けば間に合わない。
いける。このまま主導権を渡さなければ勝てる。
魔法軍幹部を倒せる――
「身の程をわきまえろ、雑魚」
恐ろしく冷たい声。
斧で防御され、あっけなく折れた刃が宙を舞う。
そこからは全てがスローモーションに映って。
この拳は痛いんだろうなとか。起き上がれるかなとか。
反射的に腕が意識だけは刈り取られないように顔をガードしていた。
「弱いんだわ、お前ら」
刹那、伝播する衝撃。
曲がってはいけない方向に折れる腕。
認識と同時に迸る激痛。
痛い。耐えろ。痛い。耐えろ。痛い。耐えろ……!
まだミツリさんが残って……!
「隠れてるつもりか? 丸わかりだぜ」
「あっ……」
「がはっ……!」
振り向きざまにミツリさんにも振り下ろされた拳が彼女の拳とぶつかり合う。
歪んだのはミツリさんの華奢な腕の方で、ブルルガンクが下卑た笑みを浮かべる。
だけど、私が見たかったのはそれじゃない。
流れ出る血の向こう側。
ミツリさんの目はまだ死んでいないのを確認した私は――
「うぁぁぁぁぁああああ!!」
――
すでに勝負が喫したと判断したブルルガンクは残心も取らず、無様に背中を晒している。
己の殺意衝動を満たそうとミツリさんに次撃を放とうとしている。
ありがとう、強者でいてくれて。
お礼に教えましょう、敗北の味を。
「なっ!? てめぇ、まだ悪あがきを……!?」
「――残念」
トンとブルルガンクの背に手を当てる。
ミツリさんに攻撃を打ち放った奴に抵抗する術はない。
私たちの勝利のロードを突き進む、その名を声にした。
「【
折れた刃がブルルガンクの胸を私の掌ごと貫いて固定する。
こうしてしまえば奴の異常回復も意味がない。
ずっと剣が体内に埋まったままだから。
絶対に逃がさない!
「て、てめぇ……!」
「……どう? 弱者の悪あがきは?」
「死にぞこないの癖にジタバタとよぉ……! 奴の骨は折った。次撃はねぇ! お前を捻り殺せば――」
「――ねぇ」
さっきのブルルガンクがとても幼稚に聞こえるほど、腹の底から震えてしまうような冷たい声が。
「
空から降った。
「聖拳演舞・激拳」
「――大蛇砕撃」
振り下ろされた強烈な暴力がブルルガンクを襲う。
鼓膜を突き破るような爆裂音。
頭上から押しつぶされて、体中の骨という骨が折れる音が響き渡る。
するりと私の手から剣が抜け落ちて、視線の先には。
「ぁ……ぇ……ぴゃ……」
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