Episode3-34 ボクの勝ち

 ボクは入学直後から注目されていた。


 平均よりも小さな体で女子。それでも体の大きな男子から勝ちをもぎ取っていく。


 男子に交じってそん色ない成績を残していたボクは周りから可愛がられて、いま思えば天狗になっていたんだと思う。


 そんな時に耳に挟んだのがルーガ・アルディカ……先輩の噂だった。


 一学年上にやばい奴がいる。上級生をも苦にしない実力の持ち主。学園長が直に稽古をつけている。


 そんな嘘か本当かわからない噂を聞いて、調子に乗っていたボクは考えた。


「じゃあ、その先輩に勝てたらボクが最強じゃん」


 そう考えたボクは放課後、剣を振るっているという先輩のもとへ訪れて――ずっと眺めていた。


 話しかけるでもなく、その場を去るでもなく、ただ剣を振る姿を見ていただけ。


 それほどに実直で美しく、強さを内包した剣筋。


 一目見ただけで自分が切り殺されるイメージが鮮明に浮かぶような、そんな一振りにボクは魅了されたのだ。


「ふぅ……今日はこれで終わり……ん? 君、俺に何か用か?」


「ルーガ・アルディカ、先輩」


「ああ、それなら俺で間違いないけど……」


「ボクを強くしてください!!」


「……え?」


 この出会いがミツリ・ファリカボクの人生を大きく変える。


 徒手空拳のスタイルに切り替えたのは先輩のアドバイスだった。


 実際、ボクは剣を振り回される面もあったし、この特殊な手甲に変えてから勝率は一気に上がった。


「ミツリはつい剣の時の癖で一気に決着を付けようと背後を取りがちだな」


「あ~、そうかも。今のスタイルならもっとかく乱してもいいかな?」


「スタミナも十分にあるんだし、もっと立体的な動きは増やしていい。もっと余裕を持って臨むようにしたらどうだ?」


「うん! 次から意識してみるよ!」


 足りない箇所は戦略で補うタイプだったボクは先輩との会話が好きだった。


 同級生との会話は『凄い!』『十分強いよ!』なんかの称賛で終わってしまう。


 もちろん純粋に褒めてくれているのは嬉しい。


 けど、ボクはそれだけじゃあ満足できなくなってしまった。


 もっともっとすごい景色ものを見てしまったから。


 ――先輩は一度だけ『聖剣十式』という技について説明してくれたことがある。


 あの先輩でも【加護】を使わなければ再現できない動き。


 それだけ奥義の威力は凄いのだろう。


 ボクは予感ではなく確信を得ていた。


 先輩は間違いなく聖騎士隊でも活躍して、遠くへと駆け抜けてしまう。


 じゃあ、ボクが先輩に追いつくにはどうすればいいのだろう。


 考えて出した結論は、ボクも『聖剣十式』を手に入れる。


 だけど、ボクの【加護】には身体能力を強化する効果はない。


 どんなに鍛えても、きっと先輩の奥義ほどの破壊力は出ないのはわかっていた。

 代替品を用意しなければならない。


 そこで思いついたのが体に流れる魔力だ。


 人間にも魔力は流れている。じゃないと魔法を使えない。


 ならば、その魔力を自由に操って身体能力強化に転化させれば凄い技が完成するかもしれない。


 その日からボクは先輩に隠れて研究を始めた。


 先輩が卒業してからも学園長に相談したり、数少ない文献を読み漁ったり、実験に実験を重ねて……ついに完成した。


「やった……できた……」


 崩れることなく真ん中だけえぐりぬかれた大岩が示すのは、完璧に魔力の流れを掌握した事実。


「これが……ボクだけの奥義」


 名前は決めていた。


 憧れの人の『聖剣十式』をもじって、先輩が振るう剣のように人を魅了する拳の舞。




「――【聖拳演舞】」




「激拳・大蛇砕撃」




 腕を鞭のようにしならせて床へたたきつける。


 インパクトの瞬間、腕に魔力を送り込むことで強烈な衝撃を与える。


 爆発音が歓声を飲み込む。


「うぉっ!?」


 大地を揺らし、相手の軸をズラす。


 本来なら相手に直接打ち込む技だけど、学生相手には危険すぎると学園長に言われたからこういう使い方をする。


 体勢を崩した相手に接近するのは容易だった。


 下から突き上げの掌底。体が浮いたところを回し蹴り。


 身体がくの字に折れ曲がり、倒れ込んでせき込む相手の首元に刀を添えれば――これで試合終了だ。


「ボクの勝ち」


 試合終了の声から一拍遅れて、大きな拍手と観客たちからのコールが沸きあがった。


 もちろん嬉しい。喜びもある。


 だけど、いまボクがいちばん欲しいのは。


 観客席の中央。特別に区切られた観覧席へと腕を振る。


 どうですか、先輩。


 ここまで来ました。先輩のライバルとして、少しは認識してもらえましたか。


 上からボクを見つめる先輩の口端がわずかに吊り上がる。


 満足したボクは笑った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ミツリさんの優勝は間違いありませんね」


 いい人材を見つけた聖女様はホクホク顔で断言する。


 ミツリの優勝は間違いない。


 俺が驚いたのは彼女があのレベルまで技を仕上げてきたところだ。


「……嬉しそうですね、ルーガ先輩」


「ああ。強い奴が増えるのは大歓迎だよ」


「むぅ……」


「マドカももっともっと強くなれる。一緒に頑張ろう」


「……っ! はいっ!」


 マドカはよく俺の教えを自分なりに噛み砕いて、力にしようとしている。


 ミツリに比べて我流の時期が長かったから今は遅れているが、そう遠くない未来に一段階……いや、二段階は上へと上がれる。


 そのためにもライバルがいるのはいい刺激になるだろう。俺も根回しをしておこう。


「聖女様。彼女はぜひ自分たちのところに」


「わかっていますよ。なによりミツリさんはルーガ副団長がいる場所を希望しそうですし、首席卒業で叶うでしょうから」


「ありがとうございます」


「でも、あなたは渡しませんけどね」


「もちろん自分はミツリ一人に時間を割く愚行は犯しません。聖騎士としてふさわしい振る舞いを心掛けていきます」


 さりげなく清純な聖騎士アピールを入れておく。


 こういう細かな配慮が将来的な査定に響くのだ。


【剣聖】に任命する決定権を持つ聖女様にいい印象を与えるのは当然。


「ええ、あなたは私の騎士ですから」


【聖女近衛騎士】として、ということだろう。


「さて、ミツリさんには手厚いお迎えをしてあげなければなりませんね。ルーガ副団長。祝杯というには寂しいかもしれませんが紅茶を淹れてください」


「かしこまりました」


「マドカさんもお茶菓子の用意を」


「承知いたしました」


 他人からすればたかが一勝で大げさなと思うかもしれないが、明日に俺たち全員が生きている保証はない。


 なぜならば、今この時も襲撃の気配がないから。


 それはつまり、明日が襲撃を受ける大本命というわけだ。


 それからも緊張感を解けさせることなく、時間を消化していく。


 そして、今日もまた襲撃は起きなかった。


 いよいよ明日が【剣舞祭】の最終日だ。


 間違いなく明日に奴は仕掛けてくる。


 俺たちの戦いに決着がつく。


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